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あのときの日本といまのこの日本

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 もっとも効果的な戦いかたは、日本軍の本土である日本を直接に爆撃することではないか。日本を相手におこなっていた戦争の初期に、アメリカはこう思った。アイディアがひとつ、閃いたわけだ。そしてそれは、単なる優れたアイディアではなく、アメリカという国の神髄を体現してあまりある、自分たちにとってもっとも高い位置の、したがってそれを具体化していくにあたっては、いかなる犠牲をもいとわず前進するに値する、アメリカそのものと言っていい、ひとつの観念だった。

 観念はすぐさま実行に移された。通称をミッチェル・ボマーというB-25爆撃機を、確か二十五機だったと記憶しているが、甲板にぎっちりと満載した、当時のホーネットという航空母艦が日本へと向かった。サンフランシスコから出向したこの航空母艦は、日本語では金門橋と呼ばれている、あのゴールデン・ゲート・ブリッジをくぐった。

「ああ、これは日本を爆撃しにいくんだな、とそのとき私は思ったよ。いっしょにいた友人もおなじ意見で、これから日本はえらい目に会うね、と言い合ったものさ。甲板ぜんたいに爆撃機を乗せた航空母艦があの橋の下をゆっくとくぐり抜けていく光景は、ちょっと異様なものだったけれど、その異様ささえ気にしなければ、なんということもない、ごく平凡な光景だったね」

 出港していくホーネットを目撃した人から、昔語りのひとつとして、かつて僕は以上のような台詞を受けとめた。爆撃機を積載して日本へ向かう航空母艦は、機密事項ではあったはずだ。しかし、たまたま橋の上からそれを見る人がいるなら、それはそれでしょうがない、というようなことだったのだろう。ホーネットは日本のすぐ近くまでいき、そこから爆撃機は全機が発進し、東京を爆撃した。本土を爆撃された日本の軍部はたいそう狼狽したということだが、爆撃そのものがあたえた被害は軽微なものだった。手間と犠牲が大きいわりに効率は悪いと学習したアメリカは、おなじ観念を次の段階へと進化させた。

 もっと大きな、したがって爆弾を大量に積むことの出来る、航続距離の長い最新鋭の爆撃機が大量に必要である、という観念だ。この爆撃機を、出撃基地として整備され、恒常的に使用することの可能な南の島の空港から飛び立たせ、日本を爆撃したのちその基地へ帰還させる、という観念が現実にあてはめられた。当時の技術の粋を集めて、B-29という爆撃機の開発が始まった。きわめて短い期間のなかで実戦投入機が大量に生産されていくまでの物語は、それだけをたどると、たいそう感動的な大プロジェクトだ。敵の本土を爆撃するという観念が、用意周到な科学性にあてはめられて、B-29という現実へと見事に転換されていった。

 南の島からB-29は何度となく出撃した。そして日本本土を徹底的に爆撃した。本土爆撃が現実のものとなると、爆撃機から落とす爆弾が観念のさらなる体現を引き受けた。敵は全滅させるにかぎる、という観念だ。木と紙の家が密集している東京は、火の海にするのがもっとも効果的だという戦争のリアリズムにもとづいて、焼夷弾が開発された。そして東京は現実に火の海となった。

 かなりの規模の都市を一発で全滅させることの出来る爆弾、という観念の現実化として原爆が開発され、広島と長崎への投下というかたちで、現実へとあてはめられた。観念を現実にあてはめることをとおして、その現実を決定的に変質させてしまう。達成目標を設定すると、それに向けてあらゆる力を投入して努力し、目標を達成する。すかさず次の目標を立て、こんどはそれの達成に向けて前進していく。達成がなしとげられたあとの地平には、自由と民主があまねく広まる。これがアメリカの物語だ。

 敗戦の日本を占領したアメリカは日本の改革を始めた。自由と民主による改革だ。このときの日本にはいろんな考えかたの人がいたが、たいていの人はアメリカが試みようとするこの改革に賛成した。選択の問題として眼前に突きつけられたなら、選ぶのは自由と民主のほうだった。戦時国家としての日本の運営のされかたが、それほどまでに魅力を欠いていた、ということにほかならない。この場合の魅力とは、明日からの生活を支えるさまざまな現実のなかの、もっとも好ましいもの、というほどの意味だ。

 占領を終えたアメリカと軍事同盟を結んだ日本は、地理的には冷戦の最前線に位置していた。その日本に、技術力が支える経済の国として、一定以上の強さを持つことをアメリカは期待した。そしてその期待がそのまま、戦後の日本の進む方向となった。吉田首相がはっきりと国民に示した、軽い軍備と経済的な発展、という方向だ。それ以後の日本については、さほど言葉数を必要としない。経済復興、高度経済成長、経済大国、バブルとその崩壊、そしてそのあとに経過した、失われた十年。敗戦から間もなく六十年になろうとするこの期間のなかの、およそ五十年ほどは、冷戦を背景としていた。この冷戦は核の抑止力のもとに進行した。核の破壊力はすでに証明ずみだ。その破壊力を、相手が持つなら自分も持つ。相手が核を使ったなら、ただちに自分も相手に対して核を使用する。そしておたがいに同時に壊滅する。したがって、核こちら側における存在が、相手側における核の使用を抑制する、というドラマだ。

 冷戦を背景に朝鮮戦争、キューバ危機、ヴェトナム戦争などがあった。朝鮮戦争はヴェトナム戦争の予行演習だ。アメリカが掲げる観念は不変のものであり、しかもそれひとつで他のものは認めないから、たとえばその観念に抵触する共産主義は、徹底して敵そのものであり、そうであるならそれは全滅させるほかないという観念が、多大な犠牲とともに現実にあてはめられ、三十八度線という停戦をなんとか達成した。

 ケネディ大統領の深い見識とその上に立つ力量に、フルシチョフ首相が感じ入るという古典的なスタイルによって、キューバ危機という文字どおり一触即発の事態は回避された。しかしそのケネディも、観念を現実にあてはめずにはおかないというアメリカの持病の発作を、抑えることは出来なかった。このアメリカの持病は、時間を置いてはまったくおなじ発作を繰り返す。

 観念じたいは不変だから、それを現実へとあてはめる営みの成否は、相手にまわした現実を自分たちがどれだけ知っているかにかかってくる。ヴェトナムという土地も、そしてそこに生きる人たちもまったく知らないままに、アメリカはそこで戦争をした。戦況がはかばかしくないと、戦力のさらなる投入が実行され、エスカレーションは流行語になった。あのジャングルに上空から、今日はこのあたりと勝手にきめて、いくら爆弾を投下しても効果はない。ジャングルの熱帯樹とそれに生い茂る強靭な葉が邪魔だ、という観念が現実へとあてはめられた悲惨な例が、アメリカ軍が散布した枯れ葉剤だ。観念が現実を大きく逸脱し、なんとも言いがたい独特なアンリアル感を帯びていく様子は、この頃から顕著になった。そしてアメリカがヴェトナム戦争から学んだのは、報道を厳重に規制して、国内での反戦・厭戦の感情を抑える、ということだけだった。

 ロシアがまだソ連だった頃、当時のアメリカのレーガン大統領は、ソ連を悪の帝国と呼んだ。アメリカとソ連は冷戦を均衡させているふたつの大きなパワーだった。悪であろうとなかろうと、その相手を帝国と呼ぶなら、自分のほうもじつは帝国だったのではないか。自分たちにとって重大な関心や利益のある部分については、それが世界のどこであれ、自分たちの意のままにするのだという意味において、アメリカはこのあたりからすでに帝国だった。

 自分たちが持っていたSDIという計画にとって、その存在や遂行にかかわるもっとも確かな後ろ楯は、SDIにとって最大の敵国として想定されていたソ連を、可能なかぎりの悪、つまり自分たちとはまったく対極にある存在として固定した上で、その悪者ぶりを誇張し続けることだった。その敵を遠くからミサイルで正確に攻撃する、そして敵が放つミサイルは、それが飛んで来る途中で撃墜する、という計画がSDIだった。スター・ウォーズだ、子供の喜ぶSFだなどと言われたが、このような計画に関してアメリカはいまでも本気だ。高度な進歩を遂げる軍事技術のもっともリアルな最先端は、いまのところこれであるからだ。

 中東の石油資源は自分のものとして確保したいけれど、そこにある民主的ではない王政とそのシステムや人脈の複雑さ、正体の見えにくさなど、特にサウディアラビアが、アメリカは気にくわない。絶対に確保したいものとどうでもいいものとが、やっかいに混在してその上に宗教が乗っている。この状態を強引に平らにならして民主化し、アメリカによるほぼ百パーセントの制御が可能な状態にするのがいちばんいいという観念を現実にあてはめようとする試みが、今回の湾岸戦争2だ。あてはめようとする観念の、現実からの逸脱のスケールは、かつて例を見ないほどのものであり、そこがいまの政権の最大の特徴だ。

 この湾岸戦争2の前段となったアフガニスタンへのアメリカによる武力攻撃をめぐって、「ショーザ・フラッグ」というアメリカからの言葉を、日本は受けとめることになった。旗の出ていない船は正体不明で困るから、きちんと旗を掲げてほしいという、海賊船が横行した時代の言葉だ。日本はアメリカ側なのかどうかはっきりさせろということだが、日本ほどアメリカの味方で、日本ほどアメリカの軍事展開力に貢献している国は、ほかにない。朝鮮戦争からヴェトナム、そして湾岸戦争1にいたるまで、日本の基地なしではアメリカの第七艦隊その他、満足には機能出来ないほどの貢献ぶりだ。

 自分たちの観念に賛同するかしないかの区分けにアメリカが強く執着するのは、自分たちに異をとなえる存在に対してアメリカが発揮する、すさまじい排除力ゆえにである、と理解するといい。そのすさまじい排除力は、世界一へと突出した、途方もない軍事攻撃力と表裏一体のものだ。

 基地とその予算の提供。同盟国としての負担はこれで充分であり、味方だからこそだよ、これ以上の貢献は日本の側にはあり得ないんだよと、ことあるごとにおなじことを何度でも言っておくという蓄積が、ぜひとも必要だ。これをしないでいると、相手はたちまち疑心暗気におちいるという、つきあいかたの問題が生じる。つきあいかたの歴史さえ正しく蓄積されていれば、言わなくてはいけないことはいつだって言える。イラクへの侵攻によって生まれる無数の、しかも無用の悲劇の側に日本は立つから、したがってこの段階での戦争は支持出来ないという日本の考えを、相手は受けとめざるを得ない。正しく蓄積されたつきあいかたのなかでの、日本の考えなのだから。

 アメリカとイギリスの軍隊によるイラクへの戦争行為を、日本の内閣総理大臣は支持すると表明した。大量破壊兵器は国際社会にとっての威嚇である、という紋切り型で最後の最後まで持たせ、追い込まれたどんづまりのところで、この戦争を支持すると彼は言った。「考えに考えた結論ではないよ、ずっと前からきまってたことだよ」と彼は言ったという。「支持かどうかは、その場の雰囲気できめる」とも言ったそうだ。こうした問題に関する歴史感覚と深く正確な知識を、自分がいっさい持ち合わせていない事実を、どちらの言葉もこの上なく正直に告白している。世論に従うと間違うことがある、とこの総理大臣は言うけれど、日本がアメリカを支持することについてどう思いますかというアンケート調査に対して、半数を越える人たちが、わからない、と回答した。考えたことがないからわからないのであり、世論と総理大臣はぴったり重なっておなじ程度のところにいる。これがいまのこの日本だ。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


1960年代 1990年代 2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 アメリカ ジョン・F・ケネディ ベトナム戦争 戦争 戦後 日本 東京 湾岸戦争
2016年3月10日 05:30
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