アイキャッチ画像

頭のなかが日本語のままの英語

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」
に収録されたものです。

 クリントン大統領と会談するため、一九九三年四月、アメリカを訪れた日本の首相は、ABC–TVの『ジス・ウィーク デイヴィッド・ブリンクリーとともに』というニュース解説番組にゲスト出演した。老練で枯淡の境地に達していながら鋭さとユーモアを保ち続けている、ひと筋縄ではいかないブリンクリーのわきに、ジョージ・ウィルとサム・ドナルドスンがいて、後半ではさらにクキー・ロバーツが加わり、時局のさまざまな問題に関して何人かの専門家に意見を述べてもらいながら議論していくという、どちらかと言えば程度は高いほうの番組だ。首相が出演したときのその番組を僕は見た。

 外国の首相がこのような番組にいきなり出演するのは、かならずしも賢明なことではないと僕は思う。こちらの考えを忌憚(きたん)なく述べる機会を作っていただけるということならばそれはもう喜んで受けさせていただきます、というような判断にもとづいた出演だったのだろうか。画面に登場し、紹介されて最初の質問を受け、語り始めて三十秒以内に、たいへんに強く肯定的で前向きな印象をあたえることの出来る人、あるいはそのような用意の出来ている人なら、出演してもいいと僕は思う。

 クリントン大統領によって司法長官に任命されてすぐに、ジャネット・リーノがこの番組にワシントンのスタジオで出演した。リーノを前にして開口一番、「なんてお呼びすればいいですかね。肩書はアトゥーニー・ジェネラルというわけですから、ジェネラルとでもお呼びしますか」と、ブリンクリーはリーノに冗談を言った。この冗談はかなりきつい。「ジャネットでもミズ・リーノでも、あるいは、ヘイ・ユーでもいいですよ」と、リーノは笑顔で答えていた。こういう気の強いユーモアのある、修羅場を充分に踏んだ結果の当意即妙の人なら、アメリカでTV番組に出演してもいい。

 大統領でさえ、出演しないほうがいいときというものが、確実にある。たとえば一九九二年、ブッシュ大統領とブリンクリーとの談論が、おなじ番組のなかで放映された。やがて選挙があるとはいえ、大統領はなぜ出演するのだろうかと、僕は思った。これといって真剣に議論しなければならない問題はなにもなく、したがってただの談論に終始した。

 アメリカがかつて日本に原爆を投下したことに関してアメリカは日本に謝る必要はない、という意味の発言を大統領がおこなったのは、この談論のなかでだった。日本に原爆を投下したことに関して、アメリカは日本に謝るべきだとする意見がありますが大統領はどう思いますか、ときわめてさりげなく、内輪の世間話の一部のように、ブリンクリーはきいた。引っかかってくれるなら儲けもの、というつもりでブリンクリーはそう言ったのだが、すんなりとそれに引っかかった大統領は、日本に落とした原爆に関するアメリカのきまり文句を、ブッシュ調で真剣に述べていた。

 日本の首相は、この番組の常連四人と、ワシントンのいつものスタジオで、さしむかいとなった。出演しないほうが賢明である番組で、首相は最初から四対一だった。ブリンクリーはほとんど発言しなかったが、ほかの三人は待ちかまえていた。日本との貿易でアメリカは巨額の赤字となっている。日本はアメリカでは自由に製品を売ることが出来るのに、アメリカの製品を国内に入れようとはしない。日本の市場はアメリカ製品に対して閉ざされたままだ。これはいったいなぜですか、と首相は問い詰められた。あまりにも単純化されたこのような質問に、どんな反論が可能だろうか。それに、受けて立つ反論というものは、そもそもどこまで有効だろうか。

 いきなりこう問い詰められるまえに、あなたはクリントン大統領に関してアンコンフォタブルな思いをしていますか、と日本の首相は質問されてしまった。アンドリュース空軍基地に到着した首相に対して、アメリカ側のいわゆる政府高官はひとりも出迎えなかったこと。大統領との会談はふたりだけで二時間という約束が、のっけからあっさり破られたこと。「これまでの日米関係は終わった。アメリカは変革しようとしている。日本もそうすべきだ」という大統領の発言。そして円高を容認する発言。こういったことを踏まえて、あなたは大統領に関してアンコンフォタブルな思いをしていますか、と首相はきかれた。大統領に関してアンコンフォタブルとは、アメリカに対してアンコンフォタブルという意味だ。いいえ、そんなことはありません、と首相は答えた。大統領との友情関係、そしてアメリカとの友好関係は、両国にとってもっとも重要なものであり、その関係に私は信を置いています、と日本の首相は答えた。

 友情関係はもっとも重要と彼は言ったが、その彼にはすでに失点がいくつかある。大統領選挙中に感想を求められた彼は、ブッシュさんに頑張っていただきたい、と日本国内で発言した。クリントン候補にはすぐに伝わったはずだ。ミュンヘンに向かう途中だったと思うが、首相は次のようにも言った。アメリカはなにかとお困りの様子で日本も心配していますから、お助け出来るための努力ならなんでもいたします。これに対するクリントン候補の反応は記録に残っている。余計なお世話だという意味で、アメリカは自分の欲するものは自分で勝ち取る、とクリントン候補は言った。フレンドシップやグッド・リレーションシップがそれほどに最重要なら、そのための絶好のチャンスである大統領就任式に、なぜ首相は欠席したのだろうか。

 問い詰められるたびに、首相は反論した。反論というよりも、受けにまわって質問に答えることだけをした、と言ったほうが正確だ。そしてその言葉はまったく不充分で、したがって説得力はなかった。ひとつひとつ受けては答えていく首相の、意図や態度はそれなりに誠実なものだったと言っていい。しかしその誠実さは、もっとも重要で最終的な作用点である彼の言葉のなかに有効に現れて機能した種類のものではなく、余裕を見せてにこにこと柔和に、相手の気持ちや質問を先まわりして汲み取りながら、誠意と根気をもってことにあたり、申し上げることは申し上げてご理解をいただくという、日本国内仕様の接客態度でしかなかったから、良くて退屈のひと言、悪ければこれは得体が知れないと判断され、アメリカではそれでおしまいだろう。達成出来たイメージはゼロ以下だ。

 首相は英語など喋るべきではなかった、という意見が日本にはある。あの程度の英語なら日本語でとおし、通訳をつけたほうがはるかに有利になる、という意見も日本の出版物で僕は何度か目にした。アメリカ政府というやっかいな相手と、どこまでも互角に渡り合うことの出来る英語ではないとしても、聞いていてそれほどきまり悪くなるようなものではなかったし、相手の言うことはよく聞けていると僕は感じた。しかし、問題はあった。

 慣用的で定型的な言いまわしをかなりうまくつらね、そのいちばん外側のごく薄い表層の上を、つるり、すらりと滑っていくような不思議な英語は、学習していくさいに受けたアメリカからの影響が、はっきりとわかる喋りかただった。問題はこのような外側にではなく、言葉というものに関する自覚の質という、核心の部分にあった。

 彼の日本語が、日本の一般市民に対してどのように機能していくかに関しては、すでに一種の定評がある。おおげさな言いかたを出来るだけ避けつつ、言葉を慎重に選び、断じ切ることをけっしてせず、しかし自分は大所高所にとどまって人を諭すようなあの言葉づかいに、言葉というものに関する彼なりのある種の考えがこもっていることは、確かだろう。ひと言で言うなら、言葉を選んで慎重にということだが、そうすることがアメリカにおいてもなんらかの効果や機能となって発揮されるという思い込みは、当人ひとりだけに通用するごく浅い主観的な思い込みの域を出ないのではないか。国内ですらもはや通用しない、言葉づかいに関するこのような自覚を、首相はそのまま英語に持ち込んだ。しかもアメリカのTVで。

 彼の英語による説明を聞いていて、僕の頭のなかにもっとも強く残った印象は、いまの自分に考え得るありとあらゆることを考え抜き、万全に用意を整えてワシントンのそのスタジオに来た、という態度ないしは内容がほとんど感じられなかったことだ。考え抜くという作業は最終的には相互的であり、そこにおいてこそ知性は機能するはずだ。考え抜いてはいないということは、説明は一方的であるということでしかなく、当然のこととしてそこに存在する差は、彼の発するひと言ごとに露呈されていった。

 大統領とのフレンドシップが「モースト・インポータント」とは、どういうことだろうか。彼が言う友情とは、従来の日米関係となんら変わるところのない、あの相当に特殊な上下関係を意味しているのではないのか。日米関係の重要さを総論的に唱えるのは、日本の首相その他によってこれまでなされてきたことの反復だし、その関係のなかで日本はそれ相応の役目を果たし負担をしていきますと説くのも、従来からの方法をなぞったものだ。

 分野を経済だけに限定せず、もっと広く、つまり曖昧(あいまい)に、総論的に、首相はクリントン大統領と語り合い、あくまでもご挨拶的に一致点を得て、関係の確認をはかりたかったのではないのか。しかし、大統領は、つまりアメリカは、アメリカ製品の日本におけるシェアを、輸入目標数字を分野別に設定してそれを達成することをとおして確保する、というアプローチの話し合いだけを用意していた。

 それは管理貿易ですからとうてい賛成いたしかねます、と首相は答えていた。管理貿易に彼は「マネジド・トレード」という言葉をあてていた。たとえば半導体や自動車部品では、目標を設定してそれをほぼ達成してうまくいったではないかと反論されると、あの数字は努力目標であり、最初から具体的な確保枠を設定するのとは根本的に違います、そしてそれにはさきほど申し上げましたとおり反対です、と首相は繰り返していた。

 二百三十億ドルという新総合経済対策を、おみやげとして首相はたずさえた。これが日本のハイテクや建設産業のさらなる強化にまわるなら、日本の市場に閉鎖性を間違いなくあたえているいわゆる非関税障害の、さらなる強化につながるだけではないか、とアメリカは読んでいなかったか。相手からの問いに対して、自分の側の論理だけによる弁明的な説明は確かにあったが、自分のほうからの積極的な提案はなにもなかった。日本はこれとこれならこんなふうにも出来ます、だからここはこうしてみませんか、という提案のなさもまた、これまでとなんら変わっていなかった。ご理解をいただくという言いかたは、もっとも日本語らしい文脈のなかでは、相手の論理は無視するということだから、この点においても従来どおりの首相のありかただった。

底本:『日本語の外へ』角川文庫 2003年


『日本語の外へ』 アメリカを知っているのか?
2018年8月31日 00:00
サポータ募集中