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短編小説はどうなっているのか

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 O・ヘンリーというアメリカの作家は、かつては日本ですら知らない人はいなかったほどに、著名な存在だった。独特なひねりの効いた、読みやすくわかりやすい短編小説で名をなした人だ。『最後の一葉』や『賢者の贈り物』といった短編をよく知っている人は、いまでは圧倒的に少ないだろう。本名をウィリアム・シドニー・ポーターといい、一八六二年に北カロライナ州グリーンズボロで生まれたようだ。子供の頃をそこで過ごし、思春期と青年時代をテキサスで、そして大人になってからの日々をニューヨーク市で送った。職業は新聞記者だった。酒をよく飲み、いつもなぜかふところが寂しく、しかし明るく人好きのする性格とユーモアは、多くの人に好かれたという。

 一九〇九年に他界してから八年後、一九一八年の四月に彼に敬意を表して開催されたディナー・パーティで、O・ヘンリーを長く記念するための活動がなにか出来ないものかと話は盛り上がり、その年の十二月、彼の名を冠した短編小説賞を設けることがきまった。英語で書かれてアメリカとカナダで発行された雑誌にその年に掲載された短編小説を、委員会が読んで二十編を選び出す。その二十編すべてが、その年の受賞作となるのだろう。シリーズ・エディターのほかに、小説によって著名な三人の作家が、それぞれにその二十編を読み、もっとも感心した作品についてエッセイを書く。この三人の作家たちが読む二十編は、誰が書いたのか、どの雑誌に発表されたものなのかなど、いっさいの情報がわからないかたちで、彼らの手に渡るという。

 一年ごとの受賞作の二十編が、年鑑のように毎年、一冊の本にまとめられてきた。そしてそれはいまでも続いている。一九一九年からだから、その蓄積がいかに大変なものであるか、僕などは想像しただけで気が遠くなる。ハードカヴァーとペイパーバックが同時に刊行されていた時代もあったのだが、一九九七年からはアンカー・ブックスという出版社から、ペイパーバックだけが刊行されている。写真に写っているのは、一九八八年から二〇〇八年までのあいだで、僕が買った六冊だ。ずいぶんとあいだが抜けている。多忙によりうっかり買いそこねた、そのうっかりぶりが、写真にあらわれているといいのだが。

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 委員会宛てに一年分を送った雑誌のリストが巻末にある。ショッピング・モールの雑誌売り場でも買うことの出来るものとしては、『アトランティック・マンスリー』『グッド・ハウスキーピング』『ハーパーズ・マガジン』そして『ニューヨーカー』くらいのものだ。あとはすべてリトル・マガジンだから、普通に手に入れるのはかなり難しいのではないか。短編小説を書いて生計を立てる、ということはとうてい不可能だから、生計とはまったく無関係のところで、いまのアメリカの短編小説は創作されていると思っていい。

 一九八八年、八九年の『プライズ・ストーリーズ』年鑑の目次を見ると、レイモンド・カーヴァー、アリス・アダムズ、ジョイス・キャロル・オーツ、ボビー・アン・メイスン、アン・ビィーティ、ジョン・アップダイク、スーザン・マイノットといった名前を、まったく知らない多くの名前のなかに見ることが出来る。僕でも知っているこうした人たちは、文筆の世界ですでによく知られていて、何冊も本を出し、そのうちのいくつかを僕は買って読んでいたからだ。

 ザ・グレイト・アメリカン・ノヴェルと称される、かなりの分量の長編小説が、時代ごとに登場しては多くの人たちに読まれてきた。そのような長編小説とはまったく別の世界に、短編小説の世界がある。長編も短編も、ともにアメリカ特有のものとしてとらえている人たちは、アメリカの読書人にも多いだろう。『プライズ・ストーリーズ』を年を追って読んでいくと、アメリカでいま短編小説がどのようなことになっているのか、よくわかるはずだ。

 僕が持っている六冊だけでも、一九八八年と二〇〇八年とのあいだには、二十年のへだたりがある。一九八八年の『プライズ・ストーリーズ』と二〇〇八年の『プライズ・ストーリーズ』とを、短編ひとつずつ交互に読んでいくと、その二十年間におけるアメリカの短編小説作法の変化が、見えてくるのではないか。二〇〇八年の短編小説について僕の感想を述べるなら、それぞれの書き手がその人なりに持っている短編小説づくりの能力の範囲内に、思いついた話、ふと見つけた話などをあてはめて作った短編小説ばかりではないか、というあたりに感想は焦点を結ぶ。

 短編はこう書く、という技法や作法などが、かなりのところまで固定されたものとして書き手に意識されていて、どの書き手もその固定された意識を作動させるだけで手いっぱいのようだ、と僕は感じる。二十編のうち半分くらいまでは、おなじ人が書いたもののように思えるのは、面白いと言うならたいそう面白いことではあるのだろう。話をどの視点からどうとらえ、それをどんなふうに綴っていくか、その書きかたの段取りが、そしてそこで使う言葉が、よく似ている。

 生計を立てることとはまったく無関係なところで短編小説は書かれている、とさきほど僕は書いた。ほぼおなじような生活の次元で、おなじような質のなかを生きる人たちが、短編小説を書くという知的な試みに手を染める。似てくるのは当然だろう、と僕は思う。さまざまなリトル・マガジンに発表された短編小説を、生活のなかの知的な習慣のようにして読んでいる人たちの社会的な層も、ひどく近似しているのではないか。そして『プライズ・ストーリーズ』という年鑑は、短編小説の書きかたの教科書のように機能している、と僕は推測する。

 人が書いた短編小説をいくつも読み、そのどれに関しても文句を言っていると、自分が書く短編小説について、虚心坦懐に思いをめぐらさざるを得なくなる。僕の場合、短編小説は、どのように書いているのか。答えはじつに簡単だ。この話は小説にすることが出来る、と確信したらそれを小説にするほかないわけだから、その話にとってもっとも有効な書きかたで、初めから最後まで書いていく。充分に書ききったところで、そうか、やはりこのくらいの分量で収まったか、というかたちで短編小説がひとつ生まれる。話を書こうとしているのだから、その話にもっともふさわしい書きかたを採用すればいい。それ以外に方法はない。書いてみたら三万字の短編になった、という書きかたをしてきた僕が、よし、短編というものを短編の書きかたで書くぞ、と計画してそのとおりに書いていく、ということは果して可能だろうか。

 かなりのところまでそれは可能だろうと思う。短編小説というものを短編小説の書きかたで書くための、それにふさわしい話を見つければいい。そのような話さえ見つくろうことが出来れば、あとに残るのは書きかたの問題だけだ。書きかたのお手本は日本の場合はないと言っていいのだから、書きかたを自分で工夫しなくてはいけない。その工夫のしかたに一定の形式や方式のようなものが出来れば、短編にふさわしい話はすべてそのようなテンプレートのなかに流し込めばいい。

『プライズ・ストーリーズ』で読んだ最近のアメリカのいくつもの短編小説には失望が大きかったが、時代を過去に向けてたどっていくと、少なくとも二十年さかのぼれば、そこにはいまとはまるで異なった質の書きかたによる、その結果として出来上がりのまったく異質な短編小説を、いくつも発見することが出来るのではないか。

出典:『Free&Easy』2008年8月号


『Free&Easy』 本を読め 短編小説 O・ヘンリー
2018年3月16日 00:00
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