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アメリカン・ノワールの傑作

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 前回の僕は写真について説明していない。本文とは関係のない、飾りとしての写真だったが、いちおう説明しておこう。『死を賭けて』を一九六二年に発表したあとのダン・J・マーロウは、個別の主人公を持つそれぞれ独立した作品を、一九六三年から発表していった。一九六七年まで、そのような作品が七作、続いた。

 そのなかの一冊、一九六四年の『二度は生きるな』という作品が、オリジナル、再版、別のエディションと、たまたま三冊手に入ったので、その三冊をならべて写真に撮ってみた。それが前回の写真だった。僕としては好みのとおりに撮れた、たいへんにうれしい写真だ。

 そして今回の写真は、一九六三年の『ストロングアーム』から一九六六年の『復讐男』にいたるまでの四冊を、発表された順に左からならべた光景だ。『二度は生きるな』が左から二冊目にある。いずれもゴールド・メダル・ブックスというペーパーバック叢書によるオリジナル・エディションだ。物体としては魅力的に出来ていると思うが、表紙絵の絵柄や雰囲気は、内容を的確に体現しているとは言いがたい。ペーパーバックのミステリーやサスペンス小説の表紙絵として、一九四十年代なかばから継続されてきた、煽情的なとしばしば言われる絵柄はそのままに、表紙ぜんたいとしては多少はデザイン的に洗練され始めた頃のペーパーバックだ。大衆が手を出す娯楽小説のペーパーバック・カヴァーは、この頃から大きく変化し始めた。昔から定石とて継承されてきた絵柄と、それをめぐる表紙デザインの変化が、ちょうど半々くらいに同居している、と僕は思う。

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『死を賭けて』の主人公はオリジナルではロイ・マーティンという名だったが、続編ではアール・ドレイクという名に変更された。続編と同時に『死を賭けて』の再版も出た。そこでも主人公の名はアール・ドレイクに変わった。ロイ・マーティンよりもアール・ドレイクのほうが、ラギッドな印象があるからだろう。さて、そのアール・ドレイクだが、アリゾナ州で銀行強盗を働き、十数万ドルの現金を強奪して、仲間のひとりとともにひとまずは逃走することに成功する。

 しかし逃げる際に銀行の守衛が射った銃弾を左腕に受ける。そこから先の手はずを打ち合わせたあと、仲間を先にいかせたドレイクは、開業医院で腕の傷の治療を受けたあと、地元のモーテルに潜伏する。傷が多少は癒えて不自由なく動けるようになった頃、先に逃げたバニーという仲間から、打ち合わせどおり、百ドル紙幣で千ドルずつ、アリゾナ州フィーニックス郵便局宛てに、ジェネラル・デリヴァリーで届く。二度まで届くが、三度目はない。そのかわりに、「トラブルあり、連絡を待て、電話する」という電報が届く。発信者名はバニーだが、偽装された電報であることは、ドレイクにはすぐにわかる。バニーという男はかつて声帯をナイフでやられ、いまは口がきけないから、「電話する」ということはあり得ない、したがってそんな電文を書くわけがない。バニー以外の人が打った、バニーを装って打った電報だということが、ドレイクにはただちに判明する。銀行から強奪した現金のほとんどを、バニーが持って逃げた。そのバニーに、なにかが起きたのだ。左腕の傷はまだ完治していないドレイクだが、電報の発信地であるフロリダ州のハドソンという町に向けて、ドレイクは出発する。

 アリゾナからフロリダまで、自動車による彼の走りぶりは驚嘆に値する、と前回の僕は書いた。これこそハードボイルドか、と思うほどにそれはすさまじい。途中で自動車を奪って乗り換えるし、アリゾナでの銀行強盗をドレイクのしわざだと嗅ぎつけ、彼が奪った現金を横取りしようとしてあらわれる犯罪世界の男を、巧みな動きで一瞬のうちに亡きものにするシークエンスなど、ハードボイルドと言うよりも僕としてはアメリカン・ノワールと呼びたい。ノワール(暗黒)小説がじつはアメリカにはたいそう豊富にある。ビザール(奇怪な、奇想天外な)、マカーバ(気味の悪い、背筋の凍る)、ウィアード(この世のものとも思えない数奇な)といった言葉でくくられている領域の小説に、風味としてハードボイルドを加えると、アメリカン・ノワールになるような気がする。リアリズムに徹したハードボイルドから、薄気味の悪いノワール小説へと、『死を賭けて』はその展開に沿って少しずつ変化していく。

 フロリダ州のハドソンはただの田舎町だ。郵便局はいまから四十年ほど前の日本の地方都市にあった、特定郵便局になぞらえることが出来るだろう。ルシールという影のある三十代の女性が局長を務めている。バニーはここから千ドルの現金を二度、アリゾナのドレイク宛に郵便で送った。田舎町の雑貨店で手に入れた封筒に、百ドル札を十枚、オイルスキン・ペーパーで包んで入れた。郵便の現場業務を多少とも経験したことのある人なら、現金つまり紙幣が何枚か入っている封筒は、手に取った瞬間にわかる。局長のルシールにもわかった。口のきけない、けっして堅気ではない雰囲気の男が、紙幣をおそらく十枚ずつ、二度にわたって自分の局から送ったことを、ルシールは情夫であるフランクリンという男に寝物語で聞かせる。ちょっと気にはなるけれど、なんでもない平凡な話題としてルシールは口にしたのだが、郡保安官の代理という職にあるフランクリンは嗅覚鋭く、犯罪にからんだ多額の現金というものを、ルシールの話のなかに察知する。

 バニーが現金を三度目に送りに局へあらわれたとき、ルシールはフランクリンに連絡する。フランクリンはバニーのあとをつけた。町をかなり出はずれた林のなかの、小さな小屋にバニーは潜んでいた。そこでフランクリンはバニーを襲い両手両足を小屋のフロアにくくりつけることに成功する。そして現金のありかを白状させようとするのだが、バニーは口を割らないままに何日かあとに絶命する。ハドソンへ来て郵便局を観察し、ルシールの怪しさに気づいたドレイクは、フランクリンという男の存在をも知ることになる。ルシールに巧みに接近し、バニーの小屋のありかを訊き出したドレイクは、フロアに手足をつながれたまま絶命しているバニーを発見する。現金は外の地面に埋めてある。どの位置に埋めるかは、バニーと打ち合わせをしておいた。そのとおりの位置に現金があることを確認したドレイクは、ルシールを亡きものにしたあと、フランクリンを相手にすることになる。フランクリンは警察を動員し、ドレイクは警官隊を相手に戦わざるを得ない状況となる。パトロール・カーにドレイクの自動車は激突して横転し、燃料タンクに火がつき、燃え盛るガソリンをドレイクは頭から浴びる。

『死を賭けて』はここで終わっている。このままでもいいのだが、著者としてはこれを前半として、後半を書きたくなったのだろう、七年後の一九六九年に、『ワン・エンドレス・アワー』をゴールド・メダル叢書から発表した。前半のハードボイルドな展開を残しつつ、後半は気味の悪いハードボイルド、つまり僕が言うところの、一九六十年代アメリカン・ノワールへと、急速に突入していく。前半と後半を合わせてひとつの物語として読みとおすと、読みごたえの充分にある、ノワール小説の傑作だということがよくわかる。

出典:『Free&Easy』2007年9月号


『Free&Easy』 ハードボイルド 本を読め
2018年2月21日 00:00
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