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「グレーテスト・ヒッツ」

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 昨年の夏、真夏日の夕方、僕はひとりで新宿を歩いていた。新宿駅の南口から道を渡り、サザン・デッキとかいう通路をその奥に向かいながら、僕の頭のなかには、とりとめなくいろんなことが浮かんでは、消えていた。前後の脈などまったくなしに、トゥルーマン・カポーティの短篇小説すべてを一冊にまとめたペーパーバックがあるといいのに、という願望が頭の片隅に小さく浮かんだ。

 サザン・デッキの西側の通路を僕は歩いていた。JRの線路を越える陸橋の向こうに、紀伊国屋書店があるのを、僕の頭の別の片隅が、なんとなく認識した。ついでだからその書店の洋書売り場へ寄ってみようか、と僕は思った。そしてそこへいった僕は、『トゥルーマン・カポーティの全短編集』というペーパーバックを見つけた。探したらあったのではなく、棚の前に立ってふと見たら、それがそこにあったのだ。もちろん僕はそれを買った。

 その夏の遅い終わりのある日、まだ半袖シャツで街を歩いていた僕は、スティーヴン・キングが文章読本のような本を書いたなら、それはきっと面白いものになるのではないか、と思った。ふとそんなアイディアが頭のなかを走り抜けたのだ。洋書売り場のある書店がすぐ近くにあることに気づいた僕は、その売り場へエスカレーターで上がってみた。冷房が心地良かった。見るともなく棚を見ていくと、『スティーヴン・キング・オン・ライティング』という題名のペーパーバックがあるではないか。同姓同名の別の人かと思ったが、そうではなく、僕が思っていたあのスティーヴン・キングだった。もちろんこれも買ったが、二〇〇〇年に刊行されたものだとは知らなかった。

 もう二十年以上も前から、僕は『アロハ・ホテル』という題名の小説を書こうと思ってきた。ハワイのどこだかはまだきめていないが、太平洋戦争が終わってすぐの頃に建てられた、木造二階建て全十八室に食堂と玉突きラウンジがあるという、小さな古いホテルだ。ここにいろんな人が集まっては散っていき、ハワイならではのひとときのなかにそれぞれの人生がある、というような渋い作品にしたい、などと思っている。

 思っているだけでまだなにも手をつけていないのだが、題名は『ホテル・ホノルル』に変更することにした。ホノルルのどこかに、いま書いたようなホテルがある、という設定だ。どこにするかは、相当に難問だ。ホノルルでその全域にわたって、ロケーション・ハンティングをしなくてはいけないだろう。渋いだけではなく、明らかにつらい話にしたいが、どの人のつらさもそこはかとなくハワイふうである、という長編になるといい、などと思っている。

 昨年の秋たけなわの頃、ふと寄ってみた大きな書店の洋書売り場で、『ホテル・ホノルル』という小説を僕は見つけた。作者はポール・セルーだ。紀行作家として世界的に知られた人で、小説も書く。二〇〇一年に刊行された作品だという。これには驚いた。僕が思いついたのとまったくおなじ『ホテル・ホノルル』という題名で、ポール・セルーが小説を書いているとは。

 その秋も深まり、シャツはコーデュロイあるいはフランネルでいいとして、その上にはおるジャケットは、毎年のあのツイードしか持ってないねというある日、新宿南口からサザン・デッキへと入った僕の頭に、なんの前触れもなく、短編集のアイディアがひとつ、閃いた。殺し屋や暗殺者が、請け負った仕事をなしとげること、あるいはなしとげようとすることなどを総称して、わかりやすい英語ではヒットと言っている。殺し屋や暗殺者のヒットをさまざまに主題とした、上出来な短編ばかりを編んで一冊にし、ヒットは当然のこととして複数になるから、『グレーテスト・ヒッツ』というタイトルをつける。そんな短編集があったらいいなあ、と思いながら紀伊国屋書店の洋書売り場でペーパーバックの棚の前に立ったら、『グレーテスト・ヒッツ』という題名の本があるではないか。「暗殺者、ヒット・メン、そして雇われ拳銃たちの、書き下ろし短編」と、副題がついている。こんなことがあってもいいものだろうか、と思いながら僕はその本を手に取り、かなり深い感銘に、身も心もしばしひたした。僕は感銘のおひたしとなった。

 そして僕は『グレーテスト・ヒッツ』を読み始めた。十五篇の「ヒット」短編が収録してある。再録がひとつあるほかは、すべてオリジナルだ。短編集を読み始めるとき、根性なしの僕はいちばん短い作品から読み始める。子供の頃からそうだ。習慣を越えてもはや習性となっている。いちばん短いのはリー・チャイルドの作品だった。面白そうだから読んでみようかな、と思って買った彼の長編がいくつか手もとにある。

 殺しを依頼された殺し屋さんが、前払いの代金を受け取ったその足で、「ヒット」の標的である殺すべき相手のところへいき、あなたを殺してくれと言っている人がいますが、どうしますか、と交渉する。ではそいつを殺してくれ、と依頼されたら殺しの代金を受け取り、ついでに殺して、一石二鳥。早くも記憶違いがあるかもしれないが、こんな話だった。あまりに短いと、アイディアにもその展開にも、そして書きかたにも、いろいろと無理がかかる、というのが僕の感想だ。

 ジェフリー・ディーヴァーの作品は、警察が保護して警備している重要証言者を、証言されてはひどく不都合になる地下組織が、いかに巧妙にカモフラージュしてヒット・マンをさし向け、所期の目的を達するか、という話だ。その「ヒット」がいつどのようにおこなわれるか、地下組織から警察に密告がある。その密告が謎々のようなメッセージになっているから、警察はまずその謎を解かなくてはいけない、という遊びが「ヒット」とうまく重ねてあって楽しい。

 この短編集の編者であるロバート・J・ランディシも作品を寄せている。殺し屋を廃業したかつてのヒット・マンが、昔の仲間に狙われ、正当防衛とはいかないまでも、自己防衛として、二度とおこなわないと自らに誓った「ヒット」を、いまのところもう一度だけ試みて成功する、というストーリーだ。エド・ゴーマンの『故郷への旅』という作品は、妻とそのあいだにもうけた息子を善人の弟に押しつけ、故郷を捨てて殺し屋稼業となった男が、善人の弟に正当な報復としての「ヒット」へと立ち向かわせる話だ。ある種の殺し屋として、弟は「ヒット」をなしとげるが、その手口が、善人による報復そのものであるところが、あと味の重さとなっている。

 ジェニー・サイラーという女性作家の作品は、所期の目的に向けての思考とアクションが、時間どおりに進行していくという、僕の好みのスタイルと文体で書かれている。ふと弱みを見せた殺し屋が、その弱みゆえに、標的の女性に逆に殺されてしまう話だ。短い順に読んでいるだけなのだが、読み進むほどに話は重みを増していく。ジェイムズ・W・ホールの作品は、なるほど、そういう事情なら殺してもいい、と倫理的に納得させてくれれば殺しを引き受ける、という初老の殺し屋の話だ。依頼者と殺し屋との会話を柱にして成り立っていて、重い緊迫感はなかなかいい。

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出典:『Free&Easy』2007年3月号


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2018年2月7日 00:00
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