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「ヨコタ・オフィサーズ・クラブ」

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 アメリカの軍事力を、攻撃力のきわめて高い数多くの基地という、もっとも端的なかたちで国内に持ちながら、戦後の日本は独立し、国際社会へ復帰した。その戦後日本の憲法にうたわれている、戦争の放棄という条項のかわりに、同盟国であるアメリカの軍事力を、リアリズムそのものとして、日本は自国の内部に持ったわけだ。

 世界史上にも類例のない、とんでもないと言うならそのとおりのありかたが、すでに半世紀を越えて続いている。

 日本国内にあるいくつもの米軍基地。アメリカの軍隊によるさまざまな活動がそこでおこなわれ、総計すると何百万という数のアメリカ軍人そしてその家族たちが、日本のあちこちへ来てはそこに住み、去っていった。それはいまでも続いている。米軍基地とそこでの米軍の活動は、日本との文化的な交流など、目的にしてはいない。文化交流をたまにはしたほうがいい、とアメリカのミリタリーが判断したなら、交流は軍事活動の一端として特別に計画され、とりおこなわれる。

 だから国内の基地とその周辺における、日本の一般市民とアメリカのミリタリーとの交流は、文化的であろうとなかろうと、基本的には成立しない。ということはわかってはいても、それでもなお、小説の一冊くらい、生まれてもよさそうなものではないか、と僕はかねてより思っていた。日本のどこかにあるアメリカ軍基地に赴任したアメリカン・ミリタリーと、その基地の近くに住む日本の人たちとを登場人物たちとした、文学として読むに耐える長編小説が、一冊くらいあってもおかしくはない。しかし、僕の知るかぎりでは、そのような小説は一冊も書かれなかった。

 アメリカン・ミリタリーはひとまずおくとして、それと重ねて小説に描き得るほどに、日本のシヴィリアン・ライフを知るには、軍人たちとその家族の一般的な赴任期間は、短かすぎるのだろうか、などと僕は思ったりもした。短くても濃密な交流はあり得るとするなら、やはり交流それじたいが、ミリタリーの原則として存在しないもの、つまり禁止されているものなのだ、とも僕は思う。

 作家としてすでに高い評価を獲得しているサラ・バードの、五作目の長編小説の題名は、『ヨコタ・オフィサーズ・クラブ』という。ヨコタはいっそのことヨコータと表記すべきか。米軍のヨコタ・エア・ベースの、あの横田だ。コピー・ライトは二〇〇一年となっている。まずハードカヴァーで刊行され、それを僕は知らずにいたまま、二〇〇二年にペーパーバックとなったものを、二〇〇五年になって手に入れて、この春先に読んだ。二十一世紀になってようやく、ついに一冊、日本の米軍基地を舞台にした長編小説が、あらわれた。出来ばえは最上級、しかも題名は、ヨコタという固有名詞をそのなかに持った、『ヨコタ・オフィサーズ・クラブ』であるとは。

 日本の基地に赴任している米軍の兵士が、日本そして日本の人と多少とも交流する場所や状況があるとするなら、それは基地周辺にある米兵相手の歓楽街の夜であり、そこで酒を飲んで騒いで日本人のバー・ガールを相手にする、というようなことだろう。こんな状況のなかにも、小説の材料はあり得ると僕は思うが、もしなければ、あるいは見つからないなら、日本にある基地は単なる背景として機能するだけで、物語られる小説の内容は完全にアメリカの人たちのものでもいい。とにかくなんらかのかたちで、日本にある米軍基地が、物語の本質に深く関係している、アメリカの作家による小説を読みたい、と願ってきた僕の思いは、ようやくひとつ、『ヨコタ・オフィサーズ・クラブ』で実現した。

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 ドワイト・アイゼンハワー元帥が大統領だった頃、ヨコタ・エア・ベースへ赴任して来た空軍の飛行士とその家族は、一九五六年から一九六十年までの四年間を、基地の外である福生の街に存在した、日本語で言うところの米軍ハウスで生活する。そのあとその家族は、アメリカ国内のいくつかの基地を一年単位という短い期間で転々としたあと、リンドン・ジョンソン大統領の頃、沖縄の嘉手納にある、カデナ・エア・ベースに赴任して来る。家族の長である父親は空軍の軍人のままだが飛行士ではなく、飛行機に乗る任務につくことはもはやあり得ず、いまではコミュニティ・リエイゾン・オフィサーをしている。地元沖縄といかに軋轢少なく友好的に、基地とその軍事活動を維持させていくか、という仕事だ。アメリカの統治下にあった頃の沖縄では、米軍の人たちの自動車のナンバー・プレートには、「太平洋のキー・ストーン(要石)」という文句が英語で添えてあった。いまでもこの言葉は現役だが、コミュニティ・リエイゾン・オフィサーのような仕事をする軍人にとっては、その沖縄は「太平洋のグレイヴヤード(墓場)」と呼ばれている。『ヨコタ・オフィサーズ・クラブ』は、このような家族をめぐる小説だ。

 アメリカ空軍に忠誠を誓った、完璧で優秀なフライアーである父親。その妻は美人で向こう意気の強さという正義感、そしてそれと表裏一体のユーモアを持ち、生まれついての歌手と言っていいほどに歌がうまい。十代の頃は軍の看護婦として第二次大戦の北アフリカ戦線に従軍し、そこでオーディ・マーフィーに会ったことを、いまでも自慢にしている。オーディ・マーフィーとは、第二次大戦でもっとも数多くの勲章を受けたアメリカ兵として有名になった人で、戦後はいい俳優となって主として西部劇で活躍した。北アフリカの野戦病院でオーディ・マーフィーと遭遇した、美人で歌のうまい米軍看護婦。これは素晴らしい設定だ。このお母さんにはバーナデットという長女がいて、その下には、生まれながらにして性的魅力と媚態を身につけた美人の妹、双子の弟たちなど、四人の子供がいる。両親を加えて一家六人の物語は、長女であるバーナデットの視点から、描かれている。

 このバーナデットが十歳くらいのとき、一家はプレジデント・ウィルソン号という船で横浜に到着し、福生の米軍ハウスに居住した。それから四年、一家はそこに滞在した。父親は偵察飛行での副操縦士を任務としていた。ひとつの場所に飛行士が四年間も留まるのは珍しい。時代は冷戦のさなかだ。基地は横田で任務は偵察飛行とくれば、その偵察がどのようなものだったか、空軍の人ならかなり正確に見当がつく。偵察する相手はソ連であり、偵察にもいろんなやりかたがある。横田から飛び立つ偵察機がおこなっていたのは、さまざまなかたちの挑発を試み、それに対してソ連空軍がどのように反応するかに関して、可能なかぎりの情報を収集するという、冷戦の最前線における、きわめて危険度の高い仕事だった。経験豊富な練達の飛行士たちにのみこなせる仕事であり、だからこそ、バーナデットの一家は四年も横田にいたのだ。

 実際の偵察飛行では副操縦士が、飛行に関するほとんどすべての作業を担う。彼は自分たちの任務について、あらゆることを知っている。しかしそれは軍の最高機密事項ばかりであり、任務についてはたとえ家族であっても、いっさい口外してはならない。家族が知っているのは、任務で飛び立つ日と、帰還する予定の日だけだ。かつてはこの任務についていた優秀な飛行士が、いまでは嘉手納ではるかに降格された内容の任務に甘んじている。それは、いったい、なぜなのか。

 バーナデットがその長女であるミリタリー一家の、深いと言うなら相当に深い謎が、そこにある。この謎を見えない中心軸のようにして、ヴェトナム戦争たけなわの頃の嘉手納に赴任している一家に、横田にいた一九五十年代の後半という時間が、入れ子になっている。腕力がなければなかなか出来ない技だが、作者のバードは気持ちの良いおおざっぱさのすぐ隣で、繊細なディテールによるニュアンスの微妙さを正確にきわめながら、ユーモア豊かに謎解きを物語る。

 その謎を体現しているひとりの人、と言っていい人物が、福生に住んでいた頃の一家にとってのハウス・メイドだった、フミコ・タナグチという日本女性だ。ヒッピーの頃の西海岸で大学にかよい、しばらく家族から離れていたバーナデットが、初めての嘉手納へ来て、しばらくぶりに家族と合流するところから、存分な助走路を使いきって、謎解きはおもむろに始まっていく。これから読む人のために、あとは書かずにおくとしよう。

出典:『Free&Easy』2006年7月号


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2018年1月22日 00:00
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