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「ザ・コンプリート ピーナッツ」

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 チャールズ・M・シュルツがその生涯にわたって描き続けた『ピーナッツ』という新聞連載漫画の、コンプリート・コレクションがアメリカで刊行されつつある。

 ファンタグラフィックス・ブックスという出版社から、すでに四冊、出ている。五冊目がもう出ただろう。月曜日から土曜日までの平日の連載が始まったのは、一九五十年の十月二日のことだった。平日のよりも駒数の多い日曜日の連載は、一九五二年の一月六日から始まった。そして一九九九年いっぱいで引退するまで、あらゆる作業を自分ひとりでこなして、シュルツは『ピーナッツ』を描き続けた。平日の連載と日曜の連載とを合計すると、作品の数は一万七千八百九十七点になるという。

 コンプリート・コレクションと言うからには、これだけの数の作品が、すべて収録されるのだろう。一九五十年から一九五八年までで四冊にまたがっているから、全作品を最後まで収録すると、五十冊を越えるだろう。発表された時間順に配列してあるということだから、一九五十年十月二日の第一回から、チャーリー・ブラウンとその仲間たちの物語を、ひとつ残らず順番に読んでいくことが、おそらく可能になる。これはすごいことだ、なんとも言いがたく素晴らしい。コンプリート・コレクションをならべる専用の本棚を、いまから用意しておかなくてはいけない。棚が専用なら、コレクションを読むためのテーブルと椅子も、慎重に選んだ専用のものを、手に入れたい。そのテーブルには、チャーリー・ブラウンの良く出来たフィギュアを、ひとつだけ置きたい。読みながら思ったこと、感じたことなどをメモするためのノートブックは、なくてはならないものだろう。すでに四冊あるコンプリート・コレクションを、その第一巻から読み始める日を、いつにするか。

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 僕が『ピーナッツ』を知ってたちまち熱心なファンになったのは、高校の二年生あるいは三年生だった頃だ。アメリカの新聞に連載されていたのを読んで気に入り、毎日欠かさずに読むための努力を、二十歳をすぎるまで続けた。僕にしては珍しいことだった。切り抜いて取っておき、かなりの数がたまったなら、すでに読んだものをいっきにすべて読みとおし、新たな感銘と満足感を楽しむ、というようなことも試みた。二十代のなかばになると、ペーパーバックのシリーズで次々に刊行されるようになった。買いそびれないように気をつけては手に入れ、いつも持って歩いては喫茶店で何度も繰り返し読んだものだ。

 チャーリー・ブラウンへの支持と共感があまりにも強く高まった十七、八歳のある日、僕はチャーリー・ブラウンがいつも着ているシャツが欲しくてたまらなくなった。ごく普通の半袖のポロ・シャツだ。胴体にぐるっとひとまわり、かなり太い直線でジグザグの模様が入っている。米軍基地の売店で探しても売ってはいないから、自分で作ることにした。自宅のすぐ近くに住んでいた年上の美人のひとりに、文化服装学院で勉強している人がいた。彼女に『ピーナッツ』のチャーリー・ブラウンを見せ、彼のシャツとおなじものを作るにはどうしたらいいでしょうか、と僕は相談した。

 ニットの半袖ポロ・シャツを手に入れ、その胸まわりにぐるっと一周、鮮やかな反対色のニット生地をジグザグに切って、縫いつければいいのよ、とその人は言った。このジグザグ模様はなに色だろうか、と僕たちは語り合った。いろんな色があり得るけれど、まず最初の試みとしては赤で作るといいわねとその人は言い、僕としても赤いジグザグには賛成だった。

 僕は平凡な半袖のポロ・シャツを手に入れた。ジャンセンというブランドだった事実は、いまでも記憶から消えていない。淡いベージュ色だった。あら、いい色ね、と言う彼女にそれを託した初夏の日の午後、僕は彼女とふたりでジグザグ模様の型紙を作った。うしろから見たチャーリー・ブラウンの背中には、ジグザグの三角の突起が、上に向けて四つある。両脇の突起からジグザグが下へ向けて降りてきた直線が、ちょうど脇の下に入るようだ、などと僕たちは判断した。ポロ・シャツの胸まわりを彼女が計り、紙をおなじ大きさに切り、そこに色鉛筆でジグザグ模様を描いてみた。そのジグザグを切り抜き、僕が着たポロ・シャツの上からぐるっとひとまわり当てがってみると、うれしいことに僕はチャーリー・ブラウンその人のようだった。赤い色のニット生地は私が見つくろうと言う彼女に、そこから先の作業のすべてを僕はまかせた。

 チャーリー・ブラウンのシャツはすぐに出来上がった。ジャンセンの淡いベージュ色の半袖のポロ・シャツの胸まわりを、チャーリー・ブラウンのジグザグが取り巻いていた。そのジグザグは鮮やかな赤だった。赤すぎたかしら、と彼女は言い、僕もそう思ったけれど、僕はそのポロ・シャツを着て、下北沢や代田の周辺をいつものように歩いた。チャーリー・ブラウンの気持ちと視点は僕のなかで充分に高まったのだが、最初の洗濯でジグザグの赤い色が盛大に色落ちし、いっきょにやや濃いめのピンクとなり、そのことに比例して、ベージュの地色はぜんたいにわたって、ほんのりと紅をさしたかのように変化した。

 すまながった彼女は作り換えると言ったけれど、僕はそのポロ・シャツをそのまま着た。洗濯するたびにジグザグの赤が抜け落ち、ぜんたいへと広がり、それもやがて褪せていき、ジグザグはほとんど白になり、ピンクとベージュとをかけ合わせたような地色のなかに、思いがけない趣味の良さで落ち着いた。大学生になっても僕はこのチャーリー・シャツを好んで着ていた。

『ピーナッツ』のコンプリート・コレクションは、一九五十年から五十八年まで、すでに四冊ある。読み始めよう。作者のシュルツの進化と、チャーリーとその友人たちの造形の深化を、その最初から、時間順にたどりなおすという幸せは、赤いジグザグの幸せをはるかに越えている。『ピーナッツ』のチャーリー・ブラウンを初めて新聞で見たとき、たいそう新鮮な発見をしたような気持ちとなったのを、いまでも僕は覚えている。当時は連載コミックスの黄金時代で、新聞のコミックス・セクションには何種類ものコミックスやカトゥーンが掲載されていた。ロマンス、冒険、活劇、探偵、シチュエーション・コメディ、ギャグと、なんでもあったけれど、そこにチャーリー・ブラウンのような人は存在せず、したがってどのコミックスを読んでも、どことは言いがたいどこかが、退屈でつまらなかった。

 チャーリー・ブラウンの核心はやはりギャグだと僕は思うけれど、そのギャグはアイソレーションを基盤にしている。アイソレーションとは、英和辞典によると、隔離、分離、孤独、孤立といった意味だ。日常の現実のなかで、いろんな仲間と場面や状況ごとに関係はあるのだが、その場面や状況が終わると、次の場面や状況とのあいだに、アイソレーションの谷間がある。その谷間にあるときの気持ちが、ほどよく丸く穏やかに、しかし核心をはずすことなく、ギャグに仕立ててある。高校二、三年生の頃すでに、僕は僕なりのアイソレーションのなかにあった、ということだろう。

出典:『Free&Easy』2006年5月号


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2018年1月17日 00:00
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