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彼とぼくと彼女たち 1-(3)

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(2)からのつづき》

 食事をおえていっしょに食堂を出たぼくたちは、駐車場でさらにすこし話をした。そして、いっしょに走ることになった。走る方向は、ふたりともぴたりとおなじだった。

 ぼくたちは、午後の国道を、西にむけて走った。

 このツーリングでのぼくにとってのいちばん大きな目的は、東京から西へ五〇〇キロほどの地方都市にある、とあるコーヒー・ショップでコーヒーを飲むことだった。

 町のなかにある、ごく平凡なコーヒー・ショップだ。一年ほどまえにやはりオートバイでその町をとおったとき、そのコーヒー・ショップでぼくはコーヒーを飲んだ。アルバイトでウエイトレスをやっていた女性と友だちになり、ときたま彼女から手紙をもらい、それに返事を書いたりしているうちに一年たち、一年ぶりに彼女に会いにいくことにしたのだ。

 食堂で知り合った彼といっしょに夕方まで走って、その町に着いた。

「ぼくはこれから、この町のコーヒー・ショップで一年ぶりにコーヒーを飲むのです」

 と彼に言うと、

「俺もそこへいっしょにいく」

 と、彼は言った。

 だから、ぼくたちは、いっしょにコーヒー・ショップまでいった。

 店について、オートバイをとめていると、店のドアが開き、エプロンをした女性がひとり、外に出て来た。

 一年ぶりに見る彼女だった。一年まえはまだ可愛らしい女性だったのだが、一年後のいまはひとまわり成長し、美しいひと、のようになっていた。

 ぼくたちふたりを見て、彼女はびっくりした顔をしていた。ぼくたちのところまで歩いてきて、

「お友だちなの?」

 と、彼女は、うれしそうに、大きな声で、きいた。

「ついさっき知り合ったばかりだよ。おなじオートバイに乗ってるんだ」

 と、ぼくが、こたえた。

「ほんとに?」

 と、彼女は、おどろいていた。

 じつは、彼女が説明してくれたところによると、ぼくが食堂で知り合ってここまでいっしょに走って来た彼は、以前に何度かこのコーヒー・ショップに旅の途中で立ちよったことがあり、ぼくと知り合うさらに一年まえから、彼とは友だちなのだという。

 こんどは、ぼくがおどろく番だった。

「あの食堂の駐車場で、おたがいの行くさきがまったくおなじだと知ったとき、ピーンときたんだ」

 と、彼が言った。そして、

「この町について、コーヒー・ショップへコーヒーを飲みにいくときかされて、ああ、これはもうぜったいにこの店だなと、直感したね」

 と、つけ加えた。

「黙ってひとりで楽しんでいたのですね」

 ぼくが笑いながらそう言うと、彼は、面白そうにうなずいていた。

「東京からわざわざオートバイでここまでコーヒーを飲みにくる男が、この俺以外にもいるのだと知って、うれしかったよ」

 と、彼は言った。

 彼が言うとおり、ぼくはわざわざこの町のこのコーヒー・ショップで彼女に会ってコーヒーを飲むことを目的にしてオートバイを走らせてきた。彼は旅の途中でたちよるつもりでいたところを、偶然にもぼくと知り合ったのだ。

 ぼくたちは、店に入った。コーヒーを飲んだ。

 そして、夕食は、彼女と三人で、楽しく食べた。

 明くる日もぼくは彼と行動をともにし、三日目に、わかれた。おたがいに電話番号や住所を交換しあい、再会を約束した。ぼくは東京にむけてひきかえし、彼は風まかせの旅をさらにつづけた。

 彼の旅のしかたは、独特だ。自分がいつもどんなふうにオートバイで旅をしているかについて、彼はあまり多くを語ってくれない。なぜだか妙に照れたりして、彼の旅の具体的なこまかなことに関して彼自身から聞き出すことはなかなかできない。

 東京で彼と共同生活をしていたぼくの家にオートバイ仲間が集まり、酒を飲みつつ夜を徹して楽しく語り合ったとき、バーボンが気持よくまわっていたせいか、珍しく彼は自分の旅のしかたの一部分を、披露してくれた。

 彼は、おなじオートバイを何台も乗りついでいる。年式はちがっても、モデルはいつもおなじなのだ。ビッグ・ツインらしさを色濃く残したビッグ・ツインで、熱烈な支持者や愛好者がいまでも全国にたくさんいる。

 このオートバイがたいそう好きだからこそ何台もおなじものを乗りついでいるわけだが、彼ほどになってくると、そのオートバイに関してはライディングにしろメインテナンスにしろ、たいへんに精通してしまう。これは、いろんな意味で、有利だ。

 おなじオートバイを愛する友人が、いつのまにか、数多く、全国的な広がりにおいて、できてしまう。彼らをとおして、パーツなどすぐに集まってしまうし、一台を乗りつぶして次のに乗りかえるときなどでも、仲間の口こみで極上品がすぐに手に入ってしまう。

 長距離・長期間のツーリングをするにあたっても、便利だ。たとえば、このオートバイの愛好者たちで組織しているツーリング・クラブやライダーズ・クラブのような個人的な団体が全国にいくつもある。このような団体に所属しているライダーたちの数が日本全国で何人になるかちょっとわからないが、この人たち全員が、彼にとってはオートバイによる旅のための潜在的な資金源なのだ。

「二十台、三十台と、おなじバイクをつらねて走ってる人たちに、よく会うよ。三十台も集まると、排気音だけでも、ちょっとしたものだね」

 と、バーボンの入ったグラスをかかげて見ながら、彼は言っていた。

「前方から三十台が二列になってつながって走ってくるので、俺は左によってとまるのさ。敬意を表して見ていると、三十台が三十台、全員すれちがいながら俺にピース・サインを出してくれるんだ。すれちがった三十台を見送って、俺はUターンして、あとについていくわけよ。ドライブ・インで小休止があったりすると、その団体の頭の人が出てきて、みんなに紹介してくれて、たちまち全員と友人さ」

 コーヒーやサンドウィッチをおごってもらって小休止をおえると、ツーリング・クラブの人たちは目的地にむけて再び走りはじめる。

「俺は、うしろについていくんだよ。俺の旅はほんとうに風まかせだから、こういうときは便利なんだ。どこへいったっていいわけだから」

 うしろについて走っていき、夕方には目的地の宿につく。これもなにかのご縁ですからぜひ我々と食事をしてください、と彼は誘われる。彼は、遠慮なく、その申し出をうける。

 部屋にあがって風呂に入り、浴衣ゆかたに着替え、全員といっしょに宴会に参加する。こういう世界にたちまちのうちに溶けこむ才能を彼は持っている。

 グループの全員とおなじオートバイによる旅の体験は豊かだから、おたがいに面白い話はつきない。

 宴会が終るころには一〇年来の友人のようになってしまい、ついでに泊っていけと誘われ、泊っていく。

 明くる朝は朝風呂に入り、朝食をおごってもらう。そして、出発だ。グループの全員から名刺をもらい、再会を約して別れる。

 そのツーリング・グループの人たちが居住している町を半年後とか一年後とかに旅の途中でとおりかかると、彼は、グループの会長とかあるいは最年長の人とかに電話で連絡をとり、再会する。

 グループの人たちほとんどが集まってきて、その町の一流の料亭で宴会になることもあるし、連絡や都合のついた数人だけで焼き鳥にビールということもある。泊るところをまだきめていないのだと言えば、グループの誰かが必ず泊めてくれる。

「こんなふうに、人を頼って旅をしようと思えば、それはそれなりに、じつに快適な旅ができるんだよ」

 と、彼は言っていた。他人にたかるわけではない。オートバイおよびその世界をおたがいに楽しんでいるのだ。

 もちろん、誰にも頼らず、まったく自前でする旅も多い。彼が得意なのは、むしろこっちのほうだ。

 ぼくとの共同生活の家へたまに帰って来ても、広い庭にテントを張り、そこに寝ることが多かった。彼に言わせると、家のなかというものはたいへんに不便なのだそうだ。ある年など、一年のうち二五〇日もオートバイで旅に出っぱなしだった彼のことだから、たまに人家のなかに寝泊りすると、たしかに違和感は強いのだろう。

 庭に張ったAフレームのテントのなかで彼とさしむかいになり、バーボンを飲む。夜もふけてくると、彼の言うとおり、野外のほうがはるかに快適だ。

 地図を広げてたまにはいっしょに旅に出ようと話し合い、プランを立てる。ああだ、こうだと談じあっていくと、時間は快適に後方へ飛び去っていく。

 バーボンの瓶が、空になる。瓶のなかにほんの数滴だけ残っている酒を、すくなくとも十数滴くらいには増やす方法を、彼はいつだったか教えてくれた。

 栓をはずしたそのガラスの瓶の口を上にむけて斜めに寝かせ、そこへ熱湯を注ぐのだ。お湯の出る洗面台でやるといい。

 しばらく熱湯をかけていると、たしかに、瓶の底の数滴のバーボンは、十数滴に増えていく。瓶の内側に薄い膜となって付着しているバーボンが、湯の熱で離脱するからだ。

 そのバーボンをグラスに注いでていねいに飲みほし、その素晴らしい夜はそこでおしまいだ。ぼくも庭にテントを張り、早くも地面を伝わって漂ってくる夜明けの香りを楽しみつつ、すやすやと眠ってしまう。

《了》

底本:『彼とぼくと彼女たち』新潮文庫 一九八六年

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2017年10月12日 00:00