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彼とぼくと彼女たち 1-(2)

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(1)からのつづき》

 彼は、女性にもてた。そして、つきあう女性は、ほぼ六カ月の周期で、定期的に入れかわった。

 オートバイで旅に出たっきりいつまでも帰って来ないことはしばしばで、半年に一度しか会わないこともよくあった。そんなときには、会うたびに、彼のつれている女性はちがっていた。

 いつも旅に出てばかりいるから、東京都内のアパートに借りてある部屋は、部屋代はきちんと払うものの、ほとんど利用しない。わずかばかりの持物が、うっすらとほこりをかむって静かにしているだけなのだ。

 これでは部屋代がまったく無駄だとぼくたちは語り合い、その結果として、彼はぼくの家へ引越して来た。

 当時、ぼくは、寝室が四つある、完璧なアメリカン・スタイルの一軒家に住んでいた。

 ひとり暮らしには充分すぎる広さがあったので、彼と共同生活をすることにしたのだ。

 そうなっても、彼はめったに家にいなかった。

 共同生活をはじめて半年くらいたったある日のこと、ぼくが外出から帰ってみると、前庭にオートバイが一台、とまっていた。彼のビッグ・ツインだ。長いさすらいの旅からたったいま帰って来たという雰囲気が、車体のあらゆるところに濃厚に漂っていて、かんろく充分だった。

 彼が帰って来たのだなと思いつつ家に入ると、彼のブーツが玄関に脱いであり、そのとなりに、見るからに華奢きゃしゃで美しい女性用のハイヒール・サンダルが、きちんとそろえて脱いであった。

 居間に入ると、彼がいた。彼はぼくをキチンへつれていった。美しいハイヒール・サンダルの持主が、キチンにいた。

 美しい女性だった。苦労を知らずに、きちんとした家庭のなかですんなりと育ったような、頭のいい、人好きのする、明るい女性だった。

 彼は、彼女をぼくに紹介してくれた。彼女は、ぼくたち三人の夕食を、キチンでつくってくれているのだった。エプロンが、じつによく彼女に似合っていた。

 彼女がつくってくれた夕食は、とてもおいしかった。夕食のあと、ぼくたち三人は居間でくつろぎ、話をした。

 彼が親しくなる女性は、いつも美しい人ばかりなのだ。今度のこの女性とはどんなふうにして知り合ったのか興味をおぼえたぼくは、彼女とのなれそめというやつを彼にきいてみた。

 バーボンのグラスを、指の太い大きな手に持ってにこにこしている彼は、彼女と知り合った場所しか教えてくれなかった。

 こういう話題になるとついはしゃいでしまうのは女性のほうであり、彼と知り合うことにいたったいきさつは彼女が語ってくれた。

 オートバイで旅をしている途中、彼は、とある小さな地方都市をとおりかかった。すでに夜だったからその町で一泊することにきめ、テントを張る場所を見つけるよりもさきに、とおりかかった銭湯に入った。

 銭湯から出てきて、ちかくの酒屋の自動販売機で缶ビールを二本買い、銭湯のまえにとめたオートバイのシートに腰をおろし、ビールを飲んだ。飲みはじめるとすぐに、銭湯の女湯から、彼女が出て来た。なぜだか目が合ってしまい、おたがいににこっと会釈し、彼はまだあけていないほうの缶ビールを、彼女にすすめたのだ。

「ものすごく自然で、しかもとってもいい感じだったので、その缶ビールをもらってそこで飲むのがごく当然のことのように思えたの。だから、そばのガードレールにふたりで腰かけて、湯上がりのビールを飲んだの」

 と、彼女は言っていた。

 意気投合すると同時にすっかり彼の魅力のとりこになってしまった彼女は、明くる日の夜は彼のテントでいっしょに夕食をつくって食べ、三日目には、ひとり暮らしの自分の部屋に彼を招待してしまっていた。

 ぼくと彼との共同生活の一軒家に、彼女は一泊だけしていった。そして数日後には、彼は再びオートバイに乗って、いなくなってしまった。

 三カ月ちかく帰ってこなかったが、その間ずっと、彼は、彼女の住む地方都市で彼女の部屋に居候いそうろうし、そこを拠点にあちこち気ままにオートバイで出歩いていたのだ。

 その後、彼女から、何度か電話があった。電話のたびに、彼女は、

「いま彼がどこにいるか、ご存知ないかしら」

 と、ぼくにきいていた。

 まるっきりかけはなれた別の地方都市で、ほかの女性といっしょにいるということがはっきりわかっているときにそんな電話をうけるのは、すこしつらかった。

 ぼくが彼と知り合ったきっかけも、じつは、ひとりの女性だった。

 オートバイで数日間ツーリングに出たぼくは、その途中、ある町の町はずれ、街道沿いに面して建っている食堂で、おそめの昼食をとった。

 長距離トラックのドライバーたちが好んで食事をとる食堂らしく、街道に面して広い駐車場があり、その奥に食堂の建物が建っていた。

 駐車場の片隅にぼくはオートバイをとめたのだが、そのぼくのオートバイとおなじモデルのオートバイが、駐車場の反対側にとまっていることに、ぼくは気づいた。

 食堂へ入るまえに、ぼくは、そのオートバイに歩みよってみた。

 ぼくのより年式は二年か三年古く、そのためぼくのオートバイよりもさらに余計なものがすくなく、質実剛健という雰囲気はよりいっそう濃厚だった。

 長距離のツーリングの大好きな、そしてこのオートバイを非常に強く愛している、たいへん好ましいタイプのライダーのオートバイだということは、ぜんたいの雰囲気、そして細部のよく手入れのいきとどいたありさまを見れば、すぐにわかった。ぼくは、食堂に入った。

 普通の食事の時間をすこしはずれていたせいか、お客の数はすくなかった。広い食堂に数人の客が散らばっているだけだった。

 外の駐車場にとめてあるオートバイの持主は、すぐにわかった。ひとりで、トンカツ・ライスの大盛りを食べていた。ミソ汁のかわりに、豚汁を飲んでいた。

 食堂に入って来て、さてどこの席にしようかと店内を見渡しているぼくを、その男は見た。

 なるほど、こいつか、というような表情をうかべて、男はぼくを見た。豚汁をすすり、トンカツ・ライスの大盛りをかきこみながら、ぼくのオートバイが駐車場に入って来てとまるまで、彼はぼくの排気音を聞いていたにちがいない。

 自分のオートバイとおなじオートバイに乗った男が来たなということはすぐにわかるはずだから、男は期待して待っていたわけだ。

 ぼくも、その男を見た。おたがいの視線が、さりげなく結ばれた。男はごく軽くうなずき、会釈してみせた。

 その会釈に、ぼくは、おなじく軽い微笑で、こたえた。

 男は、左手で、自分のさしむかいの席を示してくれた。ぼくは、その席にすわった。

「外にとまってるオートバイを見ましたよ。ずいぶん乗りこんでますね」

 と、ぼくが言った。

 男はうなずいた。そして、

「音を聞いてたんだよ。どんな奴が入って来るのかと思って、楽しみにしてた」

 と、こたえた。

 ぼくは、右手の親指を立て、自分の胸を示した。

「こういう奴です」

 と、ぼくは言った。

 右手に持っていた割りばしをていねいに置き、彼はテーブルごしに右手をさしのべた。ぼくたちは、握手をかわした。

 以上のような状況で、ぼくは彼と知り合った。

《(3)へつづく》

底本:『彼とぼくと彼女たち』新潮文庫 一九八六年

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『彼とぼくと彼女たち』 オートバイ 彼女
2017年10月11日 00:00