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アメリカのお気に入りは、ひたすら甘く、あくまでも軟らかい

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 アメリカのスーパー・マーケットで買物をするたびに、ふと思うことがひとつある。それはなにかというと、現在のアメリカのスーパー・マーケットで買える食品のすべてを一点ずつ買いこみ、カラー写真に撮り、詳しく研究し、『アメリカのスーパー・マーケットで売っている食品の大図鑑』といった本をつくったらきっと面白いにちがいない、ということだ。

 ほんとうは、スーパー・マーケットで売っている商品すべての図鑑をつくるといいのだが、なにしろすさまじい数の商品があるはずだから、まず最初のとっかかりとして、食品だけを対象にするのだ。食品だけでも、ものすごい点数になるはずだ。肉とかパンからはじまって、缶詰、飲料、お菓子など、とにかく人が口に入れるものはすべて対象にとりあげると、分厚い図鑑ができるにちがいない。

 出版に興味を持っている友人に話をしたらその友人はすっかり乗り気になってしまい、仕事でアメリカへいったついでに、パサディナのウールワースでチューイングガムを一点ずつぜんぶ買いこみ、モーテルへ持ってかえり、フロアにシーツを広げ、カラー・ポジティヴで撮影してぼくのところに送ってくれた。

 外観とかパッケージを開いたところとか、包装紙のアップとか、とても丁寧に撮ってあり、何カットもあるのをスライドで見ていくと二時間以上かかり、面白かった。

 こんどはスープに挑戦する、とその友人は言っていたのだが、チューイングガムでかなりこたえたらしく、スープ類への挑戦は意志だけで中断したままだ。

 まことにアメリカらしいスーパー・マーケットを一軒みつけ、そこで買える食品すべてをカラー写真と大研究の文章でカヴァーした図鑑くらい、アメリカ人みずからつくってくれるとアメリカ人自身にとっても反省の材料になっていいと思うのだが、いまのところそのような図鑑はまだ出ていないようだ。しかし、それにやや近い図鑑を一冊みつけて手に入れてきたのでその本を紹介することにしよう。タイトルは、『アメリカのお気に入り』という。

 アメリカにたくさんあるスーパー・マーケット的食品のなかから、昔から存在してすでにアメリカ的生活のなかで定番みたいになっている食品を選び出し、カラー写真と研究とで、カタログ的にまとめた本だ。ひと目、ぱっと見ただけで、アメリカン・ライフのぜんたいが連想されてしまうような、なじみ深くてポピュラーな、そしてそれ故にうんざりするような気持ちも同時におこってくる商品ばかりならんでいて、とても面白い。

 縦が二十八センチ、横が二十一センチという大きなページの、白いきれいな紙に、商品が一点ずつカラー写真で再現してある。「どの商品も一種の芸術作品として扱うように心がけた」と、まえがきにのべてあるとおり、写真の撮り方や印刷など、リプロダクションはわりあいに丁寧だ。美しい仕上がりになっている。

 ぜんぶで七十五点の有名食品が、とりあげてある。どれもみな、アメリカではたいへんにポピュラーなブランドであり、商品である。

 たいへんにポピュラーであるからには広告によって人々の目に触れる機会も非常に多く、消費される量も、想像をたやすくこえている。何世代にもわたってアメリカ人に親しまれてきたものばかりだから、まさにアメリカそのものと言っていい。

 日本にもアメリカの有名ブランドはたくさん流れこんできているが、フリトスのコーン・チップとかハイアーズのルートビア、ヒゲ剃りクリームのように缶から噴き出てくるハンツのインスタント・ホイップド・クリーム、ホステス印のトゥインキーズ、グッド・ユーモア印のヴァニラ・アイスクリーム・サンドイッチ、バズーカのバブル・ガム、ワンダー・ホワイトの食パン、トゥートシー・ロールなど、知らないものはまだたくさんあるはずだ。

 収録されている七十五点の有名ノスタルジック食品をひとつひとつじっくりとながめつつ、その味やかつて食べたときの状況を思いかえしてみると、自覚しなおして確認できることがいくつかある。

 たとえば、七十五点の商品の大部分が、ものすごく甘い、ということ。塩からいのはポテト・チップスくらいで、あとはみんな、いやになるほどに甘い。それから、どれもみな、軟らかい。一生懸命に嚙まなくてはいけないようなものは、ひとつもない。どの食品も、嚙む手間なんかほとんどかけずに、とても簡単に食べることができる。口あたりは圧倒的にソフトなのだ。

 ソフトで甘い。これは、アメリカの食品の、一大特徴だ。スーパー・マーケットで買ってきて、調理の手間もゼロに近い状態ですぐに食べることのできるコンヴィーニエンス・フードなど、全部、どれもみな、甘くて軟らかい、と言い切ってさしつかえないようだ。カリカリッとした歯ごたえの、たとえばチップスとかクッキーのようなものも、軟らかさから派生した一種のヴァリエーションのような気がする。

 手間をかけずにすぐ食べることができ、しかも甘くて軟らかいものばかりを、アメリカ人は食べている。調理の手間を必要とせず、箱や袋あるいは缶をあけたりするだけですぐに食べられるから、三度の食事の食卓以外のところでも、のべつまくなしに口へ入れる。

 口あたりは軟らかくて甘く、軽度の中毒症状のような習慣性のある、手っとり早い快感だ。口であじわうこの快感は、いっとき人をなぐさめてくれるから、なにかつらいことがあったりいらいらしたり、欲求不満がおこったりすると、すぐに反射的に、こういったコンヴィーニエンス・フードに手を出す。

 調理に手間はかからないかわりに、パッケージされた商品としてスーパー・マーケットの棚にならぶまでには、信じがたいほどの加工と変形がほどこされている。地球の歴史はじまって以来、もっともへんなかたちでものを食べているのは、近代から現代にかけてのアメリカ人であり、その次が日本人ではないだろうか。

 写真にそえてある文章をよく読んでいくとお勉強にもなるようだ。

 ブラウニーという菓子パンのようなものがどのようなきっかけで生まれてきたかとか、バドワイザーはアメリカで最初に全国的に販売された瓶入りのビールであるとか、マクドナルドの大チェーンの土台になったのはハンバーガーでもフレンチ・フライでもなく、ミルクシェイクであったとか、アメリカ大好き少年たちには欠かせない知識もたくさんつまっている。

 ポテト・チップスやコーン・チップス、あるいは細くスティックのようになったパン、さらには生野菜などにつけて食べると非常においしくて、これだけはぼくも目がないというカリフォルニア・ディップも、おしまいのほうに出てくる。

 このカリフォルニア・ディップもそうだが、ブラウニーとかマカロニ・アンド・チーズ、クリーム・チーズなど、あまりにもポピュラーでブランドをひとつに限定できないものは、ブランドなしでその食品だけが、カラー写真でのせてある。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 一九九五年

今日の一枚|ピグリー・ウィグリー(1918年)

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1916年9月6日、アメリカのテネシー州メンフィスで、スーパーマーケットの元祖とされる「ピグリー・ウィグリー」が開店した。写真は1918年のピグリー・ウィグリー。(Wikimedia Commonsより


『ブックストアで待ちあわせ』 アメリカ 図鑑 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2017年9月6日 00:00
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