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ピアノを弾く人

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 ピアノを弾く女性が、好きだ。ひとりの女性の生き身が、ピアノというたいへんに構造的な楽器にたちむかうありさまが、いろんなかたちでぼくの興味をそそるからだ。何人もの女性の友人たちが、ピアノを非常に達者に弾きこなす。それぞれの女性をそれぞれにぼくは好いている。そして、その何人かの女性のうちのひとりに関して、いまぼくは書こうとしている。

 その女性は、いま二十五歳だ。顔だちや姿かたちは、たいへんいい。気だても、ぼくの知るかぎり、とてもいい。上品に育ったお嬢さん、という雰囲気がごく自然に身についていて、喋り方や身のこなし、表情など、きわめて女性らしい。いわゆる女性らしさというものを非常にいいかたちでひとりの女性に具現させたらきっとこうなるにちがいない、というような、素敵な人だ。

 この女性が、ピアノを弾く。甘いお嬢さん芸のようなピアノを想像しがちだが、そうではない。めりはりのきいた、男まさりで骨太の、思いきりのいい、ブルースの気持ちの充満した弾き方で、ジャズのスタンダードを弾く。ピアノをとおして出てくるそういう音楽と彼女自身との取り合わせの妙に、以前からぼくは強くひかれてきた。

 いろんな状況のなかで彼女のピアノを楽しんできたが、そのつど、その状況のなかには何人もの人たちがいた。ぼくひとりで、彼女と一対一で、ピアノを楽しみたいと思いはじめたぼくは、それが可能となるような状況をつくり出そうと、いろいろ考えた。そして、最終的にひとつ選び出したのは、都心のちゃんとしたホテルのグランド・ピアノの置いてあるスイート・ルームを一泊でいいから借り、そこに食事とシャワーつきで、もちろん送り迎えつきで、彼女を招待して、ぼくだけのためにピアノを弾いてもらうというやり方だった。

 彼女にそれを提案したら、彼女は仰天していた。そんな恥ずかしいこと、とてもできない、と彼女は言うのだ。しかし、説得の果てに、このアイディアはめでたく実現をみた。そのホテルのプールで泳ぐのだと言って持ってきた水着を着てピアノを弾いてくれることまで彼女はやってのけた。このとき彼女がまず最初に弾いてくれたのは、当日が九月一日の雨降りだったので、『セプテンバー・イン・ザ・レイン』だった。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 1996年

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2017年9月1日 00:00
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