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『妻』

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戦後の日本はやがて崩壊する仕組みのなかにあった。
一九五三年の映画がそのことを静かに教えてくれる。

 一九五三年(昭和二十八年)の四月に公開された『妻』は、林芙美子の『茶色の目』という小説を原作としている。例によって例のごとき小説を、脚本家はかなり忠実に脚色したようだ。撮影は玉井正夫、そして美術が中古智、という名前をクレディットに見るのは、僕にとってはうれしいことだ。

 中川十一と美種子みねこ(旧姓・新村)の夫妻(上原謙・高峰三枝子)は結婚して十年になる。子供はいない。おたがいに気持ちは離れている。いつのまにこうなったのか。修復へのきざしはどこにもない。修復に向けた努力をふたりは揃って放棄しているように見える。いつのまにかこうなったのではなく、やがてかならずこうなる、という夫婦なのだろう。

 うだつの上がらない安月給、と妻に言われている中川は、銀座通りからいくつか橋を渡ったあたりにある、日本なんとか株式会社という小さな会社に勤めている。オフィスのドア・ガラスに社名が書いてあるのだが、画面に見えるのはほんの一瞬なので、僕には読み取れない。社内を見渡せる窓を背にした位置に彼の机はある。部下が持って来た書類に印鑑を押したりしているから、課長あるいはそれに近いポジションにいるのではないか。

 特になにが出来る人にも見えないけれど、得意先との話のもっていきかた、話のまとめかたなど、思いのほか巧みなのかもしれない、などと僕は思う。上原謙が演じているから二枚目かもしれないが、この時代ですでに古さのようなものを感じさせる二枚目だ。そろそろ四十歳だろうか。のれんに腕押しの人、と美種子は言っている。ぜんたいに覇気がなく、なにをどうしたい、こうもしてみたい、というようなことをなにひとつ持っていないようだ。なにもせずにただ流れにまかせる、というタイプの典型だろうか。妻の美種子はそんな彼の専業主婦で、年齢は三十なかばだろう。

 ふたりの不仲は、もうどうにもならない状態に達している。二階建ての一軒家に住んでいる。部屋を人に貸している。一階の奥にある小さな部屋にいるのは、谷村という若い画学生だ。三國連太郎が演じている。物語のなかの役割はごく軽度の狂言まわしだ。二階には中北千枝子が演じる栄子という女性とその夫、そして栄子の母親の三人が住んでいる。こういう住宅事情が一九五三年の東京では、珍しくもなんともないごく当たり前のことだった。場所はどこなのか特定されていない。推測する楽しさはあるけれど、手がかりは少ない。

 この一軒家のセット、そしてもちろんそれ以外のものも、美術を担当した中古智の作品だ。特にセットの内部を成瀬監督は縦横に使いきるから、セット内部での採光の問題は重要だ。採光に注意がいきとどいているから、ぜんたいとして内部は明るい印象になる。明るさとともに開放性も感じる。縁側とそのガラス戸、そしてその外の小さな庭など、内部から外へとつながったひとつの空間として、果たす役割は大きい。ただし、けっして明るくはない閉塞感の必要な場面、たとえば美種子が丸いちゃぶ台を前に、つまらなさそうに、不機嫌そうにしている場面では、そこに暗さは充分に漂う。

 家の外にある道、その両側の家なみ、そして十字路を越えた先の奥行きなど、これもすべてセットなのだろう。ここだけは現実の場所で、家だけがスタジオのなかに作られたセットだった、という可能性はなくはない。画面の手前から十字路を越えてその奥へとのびていく道は、いい雰囲気だ。いまもどこかにこんな道があれば、僕はそれを夢中で写真に撮る。手前から歩いてきて画面のなかばまでいき、そこで四つ角を左へ曲がる。曲がるとすぐ左に板塀があり、その板塀の引き戸を開けて入ると、目の前に玄関の引き戸があるはずだ。つまり中川夫妻の住む家は、四つ角の手前の左角にある、という設定だと思っていいのだが、玄関や板塀の引き戸などを外からとらえたショットは一度もない。玄関の引き戸を開けて入ってくる人を、家のなかからとらえたショットはあるのだが。家の外にある道は、おなじ角度で撮影されて何度も画面にあらわれる。夜の場面もある。成瀬作品のなかにこうして何度もあらわれるこの道は、物語にとって重要な場所ないしは場面なのだ。

 中川夫妻の関係は悪化するのみだ。その様子を表現する上原謙と高峰三枝子は、どちらもそれなりにきちんとした演技をするのだが、少なくとも僕にとっては説得力はあまりない。現在の彼らがかかえている問題は、当然のことながら過去までさかのぼる。ふたりにとって、結婚とはなにだったのか。おたがいにとって、相手とはなになのか。ふたりはおそらく見合いをし、主たる条件は釣り合っていたのだろう。会社に勤めている月給取りの中川にとっては、そろそろ身を固める、というような意味で妻が必要となった。月給取りの日々を無難に成り立たせるための要件のひとつとしての、結婚だったのではないか。ふたりの演技は及第点だし、ドラマはシリアスなものなのだが、僕にはどこかコメディに見える。

 中川の勤める会社には若い女性の社員が何人かいる。そのなかのひとり、相良さがら房子(丹阿弥谷津子)という人は、なにかと中川に親切だ。お昼に中川は自分で急須を使ってお茶をいれる。美種子が作った弁当を開く。目刺しが三匹、ご飯のわきに押し込んである。彼は弁当に入っているもの以外にも、おかずを食べるのだろう、あるいは、弁当に入っているのはまずいからか、房子におかずを買って来てもらう。みじん切りのキャベツにコロッケのようなものが二つ三つ、皿に盛ってある。皿は会社に置いてあるのを持って外の店へいき、その皿に盛ってもらうのだろう。紙ナプキンやハンカチのようなものをかぶせて、房子はそれを会社へと持って帰る。房子は自分で作った弁当を広げる。凝った弁当だ。朝は食べないのでお昼には楽しみたくて、と彼女は言う。朝は時間がないから食べないという、いまにつながる働く女性のはしりだ。

 らんぶる、という喫茶店でふたりは退社後に会うようになる。絵の展覧会の切符を中川は彼女からもらう。あなたはちゃんと生活をエンジョイしておられる、と中川は言う。エンジョイという言葉はこの頃すでに一般的に使われていたのだ。中川は急速に房子に惹かれていく。展覧会にはいっしょにいきたい、と彼は言う。房子も以前から中川に興味があったようだ。展覧会へいく日、おそらく土曜か日曜、ふたりは鶯谷駅の前で待ち合わせる。そこから上野の美術館まで歩く。

 ふたりは不倫の仲となるようだ。あからさまに描写されたり説明されたりするわけではなく、曖昧にぼかしてある。しかし一九五三年なりにはっきりはさせてあるはずで、それが僕には読み取れないから、不倫の仲となるようだ、としか書けない。房子の夫は亡くなったという。四歳の男の子がひとりいて、大阪の両親に預けてあるという。関西弁を使うわけではないけれど、房子は大阪の人であるようだ。子供を両親にまかせて自分は東京でひとり、小さな会社の事務をして暮らす。そんなことをしてどうなるのか、と多くの人は思うだろう。しかもその社内で中川のような男を相手にしている。ほんのちょっとした遊びのつもりだろうか。うぶそうな中川にうまくちょっかいを出し、本気にさせて楽しむ。そんなことを観客に思わせもする、房子の表情そして喋りかただ。ふたりの関係は深化していく。順を追っていろいろと描かれるけれど、つまらないのでここでは省略する。

 悪妻ぶり、と言っていい美種子の状態も、高まっていく。高峰の演技はけっして悪くないが、僕にはなぜかコメディにしか見えない。笑わない演技だ。楽しく笑うような状況がないから、そうならざるを得ない。寝坊して、あるいはふて寝をしてお昼すぎに起き出し、寝巻にしている浴衣姿で布団を押し入れに入れるしぐさが、もっとも魅力的だ。

 ふたりの不仲を聞きつけ、節子という友人が調停しようとしてあらわれる。美種子とは学校の頃の友人だろう。節子は大きな比目魚ひらめを持ってくる。片身は刺身にし、もういっぽうの片身については、「バター焼きはどう? レモンを持ってきたの」という台詞がある。節子は台所に立つが、そこは乱雑できたない。包丁は菜切りと出刃しかなく、どちらもひどく錆びて切れない。刺身包丁もないこんなきたない台所で、いつもどんな料理を作ってるの、と節子に言われた中川は、まずい料理だよ、と答える。

「砥石、ないの?」と節子は言う。砥石とは包丁を研ぐための石だ。この当時の家庭には、ひとつやふたつは砥石があった。着物姿の中川が砥石をどこからか取り出して小さな庭の井戸端へと持っていき、そこで包丁を研ぐシークエンスを上原謙が演じる。節子と美種子は喧嘩となり、あなたとはもう二度と会わないと宣言して、怒った節子は帰っていく。

 美種子はどうしてこうなったのか。良美という妹がいて、両親は都内に健在だ。美種子は東京の人のようだ。実家のことを美種子は里と言っている。良美は会社勤めだ。給料が五千円だなんて嫌になるからなにか商売でも始めたい、などと言っている。この良美を演じるのが新珠三千代だ。一家四人が自宅に揃っている場面があるが、その前に父親の新村さんが中川の会社へ面会に来る。入口のドアの前、廊下の向かい側に、なかば物置のような応接用のスペースがある。そこで中川と差し向かいとなった新村さんは、きみは美種子をどうするつもりだ、今夜遅くてもいいから私の家へ来てくれ、よく話し合おう、と中川に言う。新村さんはたいへんまっとうな人だ。中川はこの約束を房子とのデートですっぽかす。

 父親はまともな人、母親はいい母のようだ、そして妹はしっかりしている。なぜ長女の美種子はこうなのか。いつのまにかそうなった、としか言いようがないが、ではなぜそうなったかと言うと、鈍さのせいではないか。美種子は鈍い。頭が悪い、と言ってもいい。なぜ頭が悪いか。自前で考えないからだ。考えないからじつはろくになにもせずにここまで来た。このことはそのまま中川にも当てはまる。

 相良房子は大阪へ戻ることになる。中川には都合のいいことに専務と同行する大阪への出張がある。大阪で彼は房子と会う。房子は子供を連れてくる。大阪弁で育つのにまことにふさわしい顔だちの男の子だ。こういうのも配役の妙のうちだろうか。夫と房子の関係について美種子はすべてを知ることになる。大阪から届いた大阪城の絵葉書の、短いけれども親密な文面。ふたりがデートした小料理屋のマッチ。房子が大阪で使っている、四隅を丸くした小さな名刺。すべて中川の上着の内ポケットにあった。美種子は夫を問いつめる。まともな返事は返ってこない。大阪の房子に美種子は手紙を出す。美種子なりの対決だ。

 房子は上京してくる。なにかの用事があったのだろう、そして中川とも会っておきたかったに違いない。「高円寺の友だちのところに泊まっています」と房子は言う。そして高円寺が画面にあらわれる。当時の街なみそのものではなく、中央線がその上を走る高く土手のようになった高架の下を、こちら側から向う側へと抜けていく、コンクリート製の短いトンネルだ。高円寺という固有名詞を出したからには、まったく違う場所でロケーション撮影をしてそれを高円寺だとすることは、成瀬監督にはめったにない。どこか近くで撮る。このトンネルの場面をプリント・アウトし、高円寺とその近辺で中央線の高架下を歩きながら、このトンネルだろうか、それともここかと、プリント・アウトとつき合わせることをしてみたい。トンネルそのものはいまでもあるのではないか。

 歩きながら対決するふたりは軽食堂に入る。美種子が紅茶をふたつ注文する。この軽食堂はもちろんセットだが、なぜか高円寺を感じる。僕が知るはずもない一九五三年の高円寺だ。この店は高架下にあるという設定だ。頭上とも言うべきところを走っていく中央線の音と影が画面に重なる。「別れてください。おわかりになって。私がこうしてお目にかかるのは、よくよくのことよ。二度とお目にかかりたくないわ」と迫る美種子に、「ずいぶん古風なこと」などと言い返して房子は平然としている。房子に僕は魅力を感じないが、自前の自信なら、美種子とはくらべものにならないほどにあるのだろう。

 中川とは喫茶店らんぶるで待ち合わせの約束をしている。その時間に中川がそこにあらわれると、女性の店員が席へ来て、「さきほどご婦人のかたがお見えになって、これを」と、封書を手渡す。「その人は?」「すぐお帰りになりました」房子からの別れの手紙だ。中川はそれを読む。房子の声で文面が語られる。おなじようなナレーションは中川と美種子にもある。三人の胸のうちをそれぞれのナレーションであらわにしておくほかに、やりようがないからこうなる。『めし』における三千代のナレーションとよく似ている。例によって例のごとしの林芙美子の小説、と冒頭に僕は書いた。そこにはこのような意味も含まれる。

 展望はなにもないままに美種子は里から自宅へ帰る。「やっぱり別れるしか道はないのかもしれない」「黙って身を引くべきか。私はどこへいけばいいんだろう」「女とは、妻とは、こんなものなのだろうか」といった内容の、美種子のナレーションが重なる。映画の冒頭には中川のナレーションがある。「十年の結婚生活でなにを得たのか。失ったものだけが大きいのではないか」というようなことを彼は言っている。原作の小説ではふたりは離婚するそうだが、離婚しかないだろうな、と誰もが思う状況でこの映画は終わる。

 中川や美種子はもちろん、房子にも僕は魅力を感じない。中川に手を出して本気にさせ、奥さんには生きるの死ぬのと言わせた、それで充分、という確信犯のような雰囲気が房子にはある。この房子の台詞のなかに、たいへんに興味深い部分がひとつだけある。大阪で友人とふたりで協力しスカートとシャツだけの店を出そうと計画している、と中川に言うところだ。それに対して中川は、「スカート? そんなものが売れるの?」という反応をする。さすがに中川だ、と言うほかない。「大阪にも働く女性は多いのです」と、房子は答える。そうか、やはりそうだったか、と僕は思う。スカートとシャツに特化した店。働く女性のファッションではないか。それは五十年後の現在まで、脈々とつながっている。働く女性のファッションの必要性に房子は気づき、そこに目をつけた。働く女性とは言っても、会社に勤めてそこで事務をとるだけだが。

 中川はただのサラリーマンだ。地味なスーツにフェドーラ帽の男だ。日本では中折れ帽と言っていた。当時はまだ多くの勤め人がこの帽子を被っていたようだ。美種子はいまで言う専業主婦だ。いつも身につけている着物、そして髪のまとめかたなどには、冴えない、という演出の意図があるはずだ。そしてこのふたりの周辺にいる女性たちが、すべて働く女性であることには、注目していい。働くとは、どういうことなのか。一定の時間を労働のために取り分け、そのことに対して月給のようなかたちで報酬を手にする、ということとは別に、自立や自活といったことが深く関係してくる。自分の頭で考えて自分で行動し、自前の日々を送ってそれを人生にしていく。結婚というかたちで男に頼らなくてもすむし、結婚という枠から解放されていれば、そこにあるのは自己だけだから、自己が邪魔されずに機能する様子には、満足や充足がそれなりにあるはずだ。

 房子は働く女だろう。中川と美種子の不仲の調停にあらわれる節子も、擬態語で言うなら、働く女としてバリバリのチャキチャキだ。一九五三年という時代に合わせて洋装という言葉を使うなら、節子の洋装は自立している女性として、当時の最先端のものだ。服だけではない。髪、化粧、喋りかた、ものの考えかた、問題のさばきかた、世界観、価値観など、月給で雇われている会社での仕事という枠内の出来事ではあるにせよ、節子に可能なかぎりの自立はしている。

 美種子の妹の良美はすでにどこかに勤めているようだ。すでに書いたとおり、月給が五千円では嫌になるからなにか商売でも始めようかしら、などと言っている。美種子よりは見込みがあると言っていい。二階に母親と住む栄子は、田舎教員にしか見えないと美種子は言い、かつては代用教員をしていたという設定だが、いまは銀座のバーないしはクラブのようなところで、ホステスとして働いている。彼女を演じるのは中北千枝子だ。体を張って働く日々は、いまのところうまくいっている。だから彼女も、それにふさわしい最先端のいでたちだ。松山という夫がいるが、妻に頼りきりの駄目男で、栄子は彼に手切れ金を渡して別れる。

 栄子とその母が引っ越していったあとに、バーに勤めるみわ子という女性が入る。月に二度、パトロンが泊まりに来るという。家具製作の仕事をしているこのパトロンという中年男性の妻が美種子の前にあらわれ、みわ子という女のせいで私はひどい目にあっています、などと言ったりする場面まである。中川と美種子の周辺にいろんな男女関係があるが、あくまでも傍系のエピソードとして列挙され羅列されていく原作小説から、この話も面白いじゃないですか、という程度の理由で映画のなかに拾い上げてあるが、まったく必要ではないと僕は考える。ついでに書いておくと、美種子と良美の姉妹にとって、ふたりが妙子ねえさんと呼ぶ女性がいる。新村家の長女は美種子ではなく、この妙子なのかもしれない。妙子さんも画面に登場する。彼女はすでに嫁いでいるが、主として経済が大変であるらしく、そのことで美種子に愚痴をこぼす。結婚している女性はなにかと大変である、ということを言うために、妙子も原作から拾い上げたのだろう。

 美種子は当然のこととして夫に頼っている。夫である中川は会社に勤めている。彼がもらってくる月給の上に、彼らふたりの生活のすべてが成り立っている。これまでの十年間がまさにそうだったし、いま、そしてこれからも、こういう生活が彼らふたりの生活であるはずだが、そのような見通しに関してふたりはなんら内省力を持っていない。このような生活こそ、じつは結婚生活を成り立ちにくくさせ、ついには成り立たなくさせる、最大の原因なのではないか。

 圧倒的に多数の人たちが会社に雇用されて月給をもらうことによって、戦後の日本は成立してきた。単なる成立ではなく、途方もない拡大もそれが可能にした。初等教育から高等教育まで徹底した一貫性のもとに、会社に人材を供給するために機能したのだから、絶対会社制のような立国ぶりを否定することは誰にも出来ない。会社に勤めて初めて成立する生活は、じつは、結婚にとって障害が多く、結婚の開始や維持を困難にし、さらには結婚を壊したりする方向へと、力を発揮するようだ。結婚を成立させたり維持したりしなければならない理由が、よく探すとどこにも見当たらない、というあたりにそのような力の根源が潜んでいる。子供がいればそれを育てる日々が重なる。大変な苦労をともなう日々だが、そこにやりがいや達成を見るなら、それによって結婚生活はかろうじて維持される。子供がいないと、結婚を成り立たせる要素がどこにもない様子が、はっきりと見えてしまう。

『妻』のような映画にいま見出すべき価値はこれだろう。会社に勤務する人たちに晩婚の傾向はすでに明らかすぎるほどに定着している。結婚しなければならない理由が、じつはないからだ。結婚生活という私的な側面は、会社と両立しない。結婚しないから独身のままでいる。会社が強くなるに比例して、生活がそれに依存する度合いも増した。だから会社への依存は強くなるいっぽうだが、それにふたたび比例して、会社が結婚を阻害する様子も、強くはっきりしていく。「うだつのあがらない安月給」の人たちによって支えられている部分の日本は、崩壊する仕組みのなかにあった。子供の数が少なくなることなどは、このような崩壊の過程の一部分にすぎない。現在を現在の目でいくら検討しても埒は明かない。おなじその目を前方に向けても、見えるべきものは見えてこない。一九五三年まで後方へさかのぼると、以上のようなことすべてを、一編の映画が静かに教えてくれる。

底本:『映画の中の昭和30年代』草思社 二〇〇七年

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2017年8月28日 00:00
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