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『女が階段を上る時』

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一九六〇年の日本でバーが全盛期を迎えた。
会社勤めの男たちがもっとも安心して寛げる場所だった。

『女が階段を上る時』という作品に関して、書きたいことはさほどない。このような映画を僕は苦手としている。つまらないから、というのは理由のひとつに挙げていい。一九六〇年(昭和三十五年)、日本の映画は明らかに下降をたどっていた。その下り坂に敷きつめられた、無数と言っていいほどに大量の作品のひとつが、このような映画だったのだろう。観ていると気が滅入ってくる、というのも苦手とする理由のひとつだ。なぜ、気が滅入るのか。世間というものが凝縮された世界が、物語の舞台になっているからだろう。世間はもともと人の気を滅入らせるものだ。楽しいものではない。それが二時間近い映画のなかに凝縮されている。映画は楽しくなければいけない、とは言わない。楽しくなくてもいいのだが、最後まで観る行為と引き換えに手にするものがほとんどないのは、観客としてはつらいことだ。

 題名にある「女」とは、三十歳で独身の矢代圭子(高峰秀子)という女性だ。銀座のバーで雇われマダムをしている。佃島に実家があり父親はすでに他界しているが、魚河岸に店を出していた頃がいちばん良かった、という母親の台詞がある。景気も良かったのだろう、父親は圭子をわざわざ山の手の女学校へ通わせたという。実家には母親と兄がいる。兄には幼い子供がひとりいるが、その子供を置いて妻は逃げた。もう帰る気はないということだ。そして「階段」とは、二階にあるバーへと上がっていく階段だ。ああ、今日も酒を仲介にして客との応対かと思いながら夕方に銀座へ来て店への階段を上がるときは、自分にとっていちばん嫌になるときだ、と圭子はナレーションのなかで言っている。嫌になるとはいえ、思いなおしてしっかり生きようと決意したなら、それなりに元気に上がっていく階段でもあるのだから、階段とは要するに世間の片隅で送り迎える人生の日々の象徴でもある。

 一九六〇年の銀座にあったバーの雇われマダムの日々とは、どのようなものなのか。パリ祭の頃までは圭子の店で働いていた天才的に客あしらいのうまいユリという人気ホステスが、自分の店を持った。自分についていた客をごっそりと、その店へ持っていってしまった。下降ぎみだった売り上げは大幅に落ちた。二十八歳のマネジャー、小松謙一とともに経営者に呼び出された圭子は、さらに売り上げが下がるようならマダムを他の女性に替える、などと叱責される。

 小松謙一を仲代達矢が演じている。最初の台詞をひとつ聞いただけで、たいへんな逸材だということがわかる。マネジャーのいちばんの仕事は、売り上げや売り掛けの帳簿をつけ、期日が来たら根気よく集金にまわることだ。外国製のウイスキーが闇のルートで入ってくる、というようなことがこの時代にはまだあったようだ。だからマネジャーは闇屋の相手もする。何枚かの新聞紙でくるんだウイスキーを二本買う。それぞれ新聞紙を開いて瓶を確認する動作を、若い仲代がやっている。このところ取り締まりが厳しい、と闇屋は言う。二度目に画面にあらわれるときには、今度つかまったら体刑を受けるから闇屋はもうやめる、などとホステスに言う。

「養老院へいくおかねだけは貯めとかなくちゃ。日掛けの貯金を今日から百円増やそう」という若いホステスの台詞がある。日掛けとは、なにだろうか。日掛け屋と呼ばれている初老の男が店へあらわれる場面がある。帳面を出して、さち子さんが百円、清美さんが二百円、などと彼は言う。貯金の集金だろうか。日掛けと言うからには、日掛け屋は毎日、こうして集金に来るのだろうか。

 圭子は店を変わる。前の店はおそらく解雇されたのだろう。小松もいっしょにその別の店へ移る。中年の女性が経営者だ。店は変わっても前の店での未収の売掛金はついてまわる。前の店からまとめて催促があるから、経営者は立て替えて払っておく。その全額が圭子にとっては借金同然のものとなる。小松が巧みに集金するとしても、払ってもらえるのは半分くらいではないか。

 店へ来てかねを使う男たちは誰もが圭子を狙っている。明日は伊豆で泊まりがけのゴルフだからつきあってくれ。明日の夕方ふたりで天麩羅を食べないか。男たちはいろんなことを言う。さらには、かねは俺が出すから店を持たないか、と大阪の実業家から持ちかけられる。仕事で東京へ出てきたとき、旅館の広い部屋でひとり寝なくてもすむ、というような端的な目的が、その提案には貼りついている。

 ユリというホステスが開店させた店には客がたくさん来ている。景気は良さそうだ。ユリは自動車を買ったという。中古のガソリン食い、とユリは言う。中古のことを、ちゅうぶる、と言っている。この言いかたを久しぶりに聞いた。中古のアメリカ車でも買ったのだろうか。店は賑やかで景気は良さそうに見えても、じつはかなりの借金をしての開店だった。借金の返済に収入が追いつかない。厳しい取り立てからの緊急避難として、ユリは狂言自殺を企てる。借金取りもしばらくは手を休めるだろうという計算だったが、ブランデーとともに飲んだ睡眠薬の量を誤り、彼女は死んでしまう。

 借金をしなければ自分で店を持つのもいいのではないか、と圭子は考える。小松も賛成する。奉加帳ほうがちょうをまわせば百万円くらいは集まる、と圭子は言う。店へ来たときの飲み代の差し引きで返却していけばいい。店の物件をふたりで見てまわる。銀座二丁目、信託ビルの裏側、三坪半の居抜きで権利金が七十万円、毎月の賃貸科が五万円。一階は客の多い十円寿司の店で、その二階だ。「雪隠せっちんが十円寿司と共同なんですが」と、不動産屋が言う。十円寿司とは、回転はしないが、いまの百円寿司に相当するものだ。

 圭子の店のホステスのひとりを中北千枝子が演じている。店にかかってきた電話の受け答えをする場面がある。電話の着信ベルの音が一九六〇年の日本のものだ。このなんとも言いがたい音を僕は忘れかけていた。電話器のなかに金属製の小さなベルがあり、それをおなじく金属製の小さなハンマーが叩いて着信音を鳴らしていた。受け答えをする中北は横からとらえられている。つけまつげが分厚くてかなり目立つ。電話の相手と喋る言葉に同調して彼女の視線が変化する。視線の動きは眼球の動きだから、視線が変化すればつけ睫もそれに合わせて動く。女性が電話で喋る場面の演出に、つけ睫の動きを横からとらえる、という方法が一九六〇年にはすでにこうして試みられていた。

 圭子は胃潰瘍になって店で血を吐く。アパートの部屋には店の若いホステスが留守番がわりに寝泊まりし、圭子は佃島の実家で寝ている。ひと月、店を休む。佃島の渡船場が実写で画面にあらわれる。店の経営者の女性が見舞いに来る。見舞いに来るとは、もうそろそろ店へ出ろ、という意味だ。佃島には初めて来たけれど昔の東京の名残みたいなものがあるわね、と経営者の女性が言っている。

 圭子は店に出る。前の店からの常連客のひとり、関根(加東大介)という男が圭子に優しい。働き者の朴訥で誠実そうな男に見える。三十人ほどの工員をかかえてプレス工場を営んでいるという。気づかいは細やかで、独身だということだ。この男が圭子に結婚を申し込む。それを圭子は受け入れる。プレス工場を経営する人の奥さんになるなんて夢にも思わなかった、などと圭子は言い、気持ちは結婚へと大きく切り替わる。

 ところが関根には妻子がいた。関根の妻から圭子のところに電話があり、すべては関根の虚言だったと判明する。プレス工場を経営しているというのは本当だったが、その工場は千住にあり工員は四、五人だという。そこへ圭子は出向いて関根の妻と対面する。工場は掘っ建て小屋をつらねたような粗末なもので、そのかたわらにおなじく小屋のような住居がある。夫の虚言癖、女癖の悪さ、虚言をまず自分が現実だと思い込む性癖、常習と言っていい結婚詐欺などについて、圭子は関根の妻から聞かされる。

 その圭子の背後に、千住の四本煙突、とシナリオには書かれている煙突が見える。東京電力の火力発電所にあった四本の煙突だ。見る角度によって四本は重なり合い、四本、三本、二本、一本と本数が減っていき、その逆をも見ることが出来たところから、お化け煙突と呼ばれた。『女が階段を上る時』には当時の銀座で実写された景色がいくつか出てくるが、実写のなかではこの千住の場面がいちばんいい。

 銀行の支店長をしている藤崎(森雅之)という男も、以前の店からの常連客のひとりだ。彼も圭子を好いている。圭子も彼には惹かれるものを感じている。ある夜、酔った圭子は彼とはしご酒をし、ほとんど酔いつぶれて藤崎にアパートの部屋まで送り届けてもらう。彼はその部屋に泊まる。そしてふたりは男と女の関係となる。次の朝、以前から言おうと思っていたのだが、と藤崎は自分が転勤になることを圭子に告げる。妻子をともなって名古屋へ。いま売れば十万円にはなる、なにかに役立ててくれと、どこかの会社の株券を彼は圭子に差し出す。朝になってシャツを着てネクタイをしめたら、たちまち手切れ金だ。

 転勤する藤崎が妻子とともに汽車で東京を去る日、圭子は駅まで見送りにいく。窓ごしに圭子は株券の入った封筒を藤崎に返す。にこやかに、しとやかに、圭子は藤崎を送り、彼の奥さんに挨拶する。汽車は発車する。バーの人には見えないわね、ちゃんとした奥さんみたい、と藤崎の妻は圭子を評する。圭子の部屋に泊まった藤崎が帰っていくところを、マネジャーの小松が目撃する。小松はバーのボーイから叩き上げて十年、そのうしろ半分は圭子と行動をともにしてきた。喫茶店でレジを打っていた圭子をスカウトして銀座の女にしたのは小松だ。小松は圭子に惚れている。しかし手は出さずにきた。理由がひとつ、彼なりにある。

 圭子はかつて結婚していた。女学校を出たばかりの頃、十歳年上の優しい男と夫婦になった。その夫は進駐軍のトラックにはねられて死亡した、とシナリオにはある。映画では、交通事故よ、と圭子が言っている。細かく具体的に明らかにすることは避ける、という成瀬監督の基本方針がこんなところにもある。亡き夫に宛てて、あらためて思いのたけを書いた恋文に自分の写真を添えて、圭子はそれを納骨のときに住職に頼んで骨壺に入れたという。ずっと以前、酔ったときに、このことを圭子はふと口にした。小松としては気になるエピソードだ。いつだったか読んだ小説のなかの話よ、とはぐらかす圭子に納得しなかった小松は、その寺へいき住職に確認した。骨壺の話は本当だとわかった。それ以来、小松にとって圭子は偶像のような存在となった。部屋代が二万円の圭子のアパートに仏壇があり、その引き出しのなかに亡夫の写真が入っている。

 男はこの夫だけ、という禁を圭子は藤崎で破った。見損なった、と小松は圭子をなじり、プロに徹しろと私に説教したのは誰よ、と圭子は言い返す。ふたりは喧嘩別れをする。そして今夜も、雇われマダムの圭子は銀座の店に出る。前の年の冬の初めから、次の年の冬の終わりにかけての、ほぼ一年間の物語だ。冬には葉を落としていた鈴懸の樹が新しい芽をつけ始めている。私も気をとりなおし、元気に明るく、しっかり生きていこう、と圭子はナレーションで言う。そしてそのとおりの足どりで、階段を店へと上がっていく。

『女が階段を上る時』が公開された一九六〇年の日本では、バーが全盛期を迎えていた。東京のいたるところに、まるで社会システムとして用意されたものであるかのように、たくさんのバーがあった。銀座には七百軒のバーがある、と小松は言っている。一万五千から一万六千人の女性がそこで働いている、と圭子がナレーションで言う。一九五〇年代なかばにはすでに始まっていた日本の高度経済成長は、一九六〇年にはすでに確定的となっていた。右肩上がりの急坂を日本は猛然と駆け上がっていた。会社の時代だ。サラリーマンの時代だ。

 銀座のバーは社用族たちの場だった。社の内外を問わず、同業どうしあるいは異業の得意先などと、円滑なコミュニケーションや意思の疎通を図るなどと称し、常に群れてくり出してはホステスたちを肴に酒を飲むところだ。銀座は日常とは一線を画された高級な場所であるという、いま思えば馬鹿げたとしか言いようのないイメージに支えられ、銀座で飲むことはバー遊びの頂点に位置づけられていた。

 あの時代のサラリーマンたちは、バーでなにをしていたのか。世間というものの飽きることのない再生産を、そうとはほとんど意識しないままに、営々とおこない続けた。もともと世間にしか生きることの出来ない人たちでありながら、勤めている会社だけが世界であり、その外にはなにもなかった。会社の外でつるむ場所として、心理的にもっとも安心して寛げたのが、バーだった。人と自分との境界が、あるいは人と人とのあいだを区別する壁や垣根などが、ほとんどないと言っていいほどに限度いっぱいまで低くなるバーという空間は、彼らにとって世間というものが最も好ましいかたちに凝縮された、世間の再生産装置だった。

 高度経済成長以前、つまり日本の経済がひとつのはっきりした方向をまだ見つけていなかった時代には、当然のこととして会社はまだ充分に弱い存在だった。単に経済的に弱いだけではなく、たとえば社員をその内部に囲い込んで外の社会と隔絶させる力も、強力ではなかった。したがって会社とその外を隔てる壁は低く、隔てる力も弱く、その結果として、会社の外にある周囲との接触の機会は、多少にせよ常にあった。会社と社会が厳密に画然と区別され、おたがいに接触はまったくないということは、少なくとも常態ではなかった。そしてそのような時代には、会社に勤めている人たちも一日の仕事を終えてその外に出るなら、自宅のある場所を中心とした近所あるいは界隈といった、会社とは関係のない個人的な生活圏が、社会へと広がりつながっていく世界、つまり世間として、まだ存在していた。

 日本の経済が進むべき方向を見つけ、その方向に向けて強力に前進していくにつれて、日本経済は強さを増していった。経済の推進機関である会社は、当然の結果として強力なものとなり、社員を囲い込む力、外の社会と隔絶していく壁の力などが途方もなく強くなり、会社に依存して生きる人たちにとって世界は会社のなかだけとなり、そのことがさらに彼らを会社の内部へと追い立てては、会社への依存を強めさせた。

 出退勤の途上にある駅や電車を中心とした行動のルートや範囲、そしてTVの画面に見るともなく見て、新聞の活字で読むともなく読み、同僚たちとの世間話でなんとなく確認する事柄が、あるかなきかの希薄さでぼんやりと、会社の内部という彼らにとっては唯一の世界を縁取るようになった。世界とは自分の勤めている会社であり、その外にはなにもある必要はないと思い込めるまでに、会社は強くなった。戦後の日本がたどった絶対会社制とも言うべきシステムの、これが頂点だったと言っていい。社内という唯一の世界に生きる人たちが、人と人とのあいだの壁や垣根を可能なかぎり低く目の粗いものとし、ホステスという女性を肴に酒と馬鹿話に興じることの出来る場所を、会社の力によって会社の外に作ってもらったものの典型が、バーだったと僕はとらえる。

底本:『映画の中の昭和30年代』草思社 二〇〇七年


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2017年8月27日 00:00
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