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ラハイナ

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 深いブルーの空からショッピング・センターのコンクリートの駐車場にむかって、強い陽射しが明るく照りつけている。その駐車場に面して、カフェテリアがあった。建物の片隅を、ふと思いついてカフェテリアにしたような、小さな店だ。店の内部には、せまい調理場と、出来あがった料理を客に手渡すカウンターとがあるだけで、食べるためのテーブルやベンチは、店の外にあった。厚い木材を使って無骨につくったテーブルとベンチが、店の前に張り出している簡単な屋根の下に、ならんでいた。

 ぼくがそのカフェテリアでおそい昼食をとったとき、お客はひとりもいなかった。昼食の時間をすぎてしまったあとの、ひまな時間だったのだろう、ひとりだけいる日系のおばさんの調理人は、カウンターのなかで椅子にすわり、新聞を読んでいた。

 壁のメニューのなかから適当に選んだぼくは、おばさんに注文を告げた。目尻のあがった眼鏡をかけたそのおばさんは、料理をつくりはじめた。外のベンチにすわって、ぼくは待った。やがて、おばさんがぼくを呼んだ。店へいくと、料理はすべて出来ていた。紙の皿に盛ったテリヤキのプレート・ランチやマカロニ・サラダをぼくは外のテーブルに持って出た。プラモデルの部品のようなナイフとフォークとで、ぼくは昼食を食べた。

 食べながら、ぼくはふと気づいた。陽射しのむこうにあるスーパー・マーケットの建物の入口ちかくにひとりの男性が静かに立ち、ぼくのほうをじっと見ている。黒いスラックスに白い半袖シャツを着た、背の高い日系の老人だ。現役をとっくに引退し、ひまな時間をもてあましている人だ。ハワイの田舎町には、このような人がたくさんいる。

 やがてランチを食べおえたぼくは、店のおばさんにコーヒーのおかわりをもらいにいった。スーパー・マーケットの入口に立ってぼくのほうを見ていた日系の老人は、カフェテリアの入口ちかくに立っていた。紙コップにコーヒーを注ぎ足してもらって店を出て来たぼくに、その老人は、ふっと軽く漂うように歩み寄った。そして、

「あんたは、カタオカさんとこの、ナンバー・ワン・ボーイかね」

 と、日系の人の日本語で、ぼくにきいた。

 いきなり名前を言い当てられてすくなからずおどろいたぼくは、彼といっしょにベンチにすわり、彼の話を聞いた。

 聞いてわかったのは、彼はぼくのことをぼくの父親と混同している、ということだった。その田舎町は、ぼくの父親が生まれ、十代のなかばまで育った町だ。父親はその町から十代のなかばにホノルルへ出ていき、さらにそこからカリフォルニアへ渡り、そこで青年となった。故郷の田舎町には、それっきり長いあいだもどっていない。

 ぼくの父親の少年のころをよく知っているその日系の老人は、ぼくのことを十代のなかばにその町を出たぼくの父親と見まちがったのだ。その日系老人は昔のことをよく覚えていて、ぼくの祖父や父親についても、正確に詳しく知っていた。彼が言うところによると、ぼくは父親にまるっきりそっくりなのだという。あまりにもそっくりなので、時間の幅をとびこえ、ぼくをぼくの父親とまちがえた、と彼は楽しそうに笑いながら言っていた。

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 一九九五年)

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2017年6月18日 00:00