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彼の後輪が滑った──(9)

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 峠道を登りつくし、道路が平坦になったところで、ぼくは転倒した。見ている人は、いなかった。ほかにオートバイも自動車も、いなかった。ぼくは、いつも、ひとりで転倒する。記憶しているほとんどの場合、転倒するのはひとりのときだ。

 そのときのオートバイは、たいへん気にいっていた。転倒した地点のカーヴは、ぼくの大好きな300Rの左だった。きりかえしの瞬間、あらゆるタイミングが狂うのを、ぼくは自覚した。後輪は簡単に滑り、その滑りを回復させることはそのときのぼくには出来ず、ぼくのオートバイは転倒した。

 道路の縁にむけて、ぼくは投げ出された。何度か転がることによって、ぼくは道路の外に出ていき、夏のはじめの草が生えている地面に到達した。そこで、転がるぼくの体は停止した。

 ぼくは草の上に横転した。草を仲介にした大地の感触は、すさまじく分厚い。とてもではないが、この分厚さにはかなわない。そして、その分厚さが作り出す固さにも。転倒してほうり出された自分の体が、道路の外へ転がっていき、草の上に停止したその瞬間、ぼくはそんなことを感じていた。

 横倒しのぼくは、たったいままでオートバイで走っていた道路を見た。ぼくのオートバイは、シートをぼくのほうにむけ、道路の上を滑っていきつつあった。後輪のショック・アブソーバーあたりから、火花があがっていた。

 かぶったままのヘルメットと、そのヘルメットにくるまれたぼく自身の頭を、ものすごく奇妙なものとして、ぼくは意識した。シールドは、はずれてどこかへ飛んでしまっていた。横に長い長方形の視界の下部は、いまぼくの目が焦点を結んでいない草によって、端から端まで縁どられている。その草は、ぼんやりとぼやけた緑色だ。

 斜めにかしいでいるその視界のなかで、滑っていくぼくのオートバイは、いきなり立ちあがった。そのときはじめて見る不気味な生き物のようだった。路面を滑っているあいだは意志を放棄していたのだが、突然その意志をとりもどし、立ちあがった、という印象があった。自分のオートバイにそのような意志があったことに、ぼくは驚いた。転倒も、ひょっとしたらその意志の一部によるものかもしれない。

 おもむろに、ぐらりと立ちあがったぼくのオートバイは、そのときは道路のこちら側にいた。そのまま、まっすぐ斜めに道路を横切っていき、道路の外に出た。そして、草のなかへ突っこんでいった。草に前後のタイアをからめとられるようにして速度を失い、左へ倒れた。ぼくになにかを伝えようとしているような倒れかただった。ざまあみろ、馬鹿やろう、倒れるときはこう倒れるんだ、とでも言っているかのような。

 ぼくの体は、無事であるようだった。部分的にすこしずつ確認していき、やがてその確認はぜんたいにおよんだ。あたりは、とても静かだった。横倒しになったまま、シールドのはずれたヘルメットごしに、視界のぜんたいをまんべんなくぼくは見た。ぼくの目の焦点は、すこしずつ手まえにむけて移動していった。顔のすぐまえまでその焦点が戻ってきて、ぼくの目はひとつの小さな花をとらえた。

 ほっそりとした淡いグリーンの茎に支えられて、その小さな赤い花は、風に揺れていた。風は、シールドのないヘルメットのなかにも、入ってきた。眼球に、その風をぼくは受けとめた。そしてぼくは思った。この小さな花も、この気持ちのいい風も、ぼくとはなんの関係もなくここにあるのだ、と。

(初出・底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

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