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ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。──(11)

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彼女「夜の虹を見たことがありますか」

彼「見たことない。夜の空に、虹が出るのかい」

彼女「そうよ。月の虹だわ。強い風の吹く、霧のある夜だったわ。霧は、細かい雨のようで、風に乗って縦横に夜のなかを舞ってました。八時三十分に、月が南中したの。子午線を東から西へ通過したということ。月は南西の空へまわっていき、反対側の北東の空に、虹が出ていたのよ。どんな色だと思う?」

彼「夜の空に見えるのだから、白いのかな」

彼女「ほんのりと白く見えていて、次第に濃くなっていったの。外側の上のほうは、はっきりと純白だったわ。そして、内側は、奇妙な淡いブルーなの。月はさらに西へ移動していき、虹は東へまわっていくの。SFのなかにいるような、不思議な光景だったわ」

彼「きみがひとりで見たのかい」

彼女「さきほどの、年上のダンサーの女性と、はじめていっしょにオートバイで走ったとき、彼女と見たの。その夜の宿へ、遅れぎみに到着する寸前に、ふたりだけで見たわ。彼女といっしょにオートバイで走っていると、ほとんどかならずと言っていいほどに、不思議なことが起きるわ」

彼「たとえば?」

彼女「知り合った次の年の夏には、彼女といっしょにオートバイで私が走ってるあいだに、母親が亡くなったのよ。私が高校生のときに、母親は離婚したの。実家のある町へ、母親は帰ったわ。そして、実家の商売を手伝いはじめたの。父親もどこかへいってしまい、私はそれまで住んでいた町に、ひとりでとどまったの。それから何年もあと、彼女とふたりでオートバイで走っていて、母親の実家がある町の近くを、私たちは通過したの。いま思うと、懐かしいようなせつないような、変な気持ちがしたの。母に会っていこうかな、などとも思ったのよ。でも、そのまま走り続けて、次の日の夜、宿から実家へ電話をかけてみたら、前日に母が亡くなったことを知らされて、私は驚いたわ。心臓麻痺だったの。いまのいままで生きていて、その次の瞬間には、もう死んでいたのですって。オートバイと年上の彼女を宿に残して、私は飛行機で帰ったわ。初七日には彼女が訪ねて来てくれて、二週間あとになって、私はひとりで宿までいって、オートバイを引き取ったの。彼女は来ることが出来なかったから、私はひとりで走ったわ。その日は、母が住んでいる町の近くを通過した日と、まったくおなじような、真夏のかんかん照りの日だったの。あの日、オートバイで走りながら、見るともなく見た景色の連続を、いまでも私ははっきりと覚えているわ」

彼「オートバイに乗ることをきみに教えてくれたのは、お母さんだったという話を、かつて僕はきみから聞いたことがある」

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

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2017年5月23日 00:00
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