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明日もたどる家路

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何点かの写真を連続させてひとつのフィクションを作ることが出来る。ここにある十六点の写真〔ページ末参〕は、1から16まで連続させることによって、家路というフィクションになっている。自宅の最寄り駅を出て駅周辺の商店街を抜けていき、やがて住宅地に入ってそこをさらに歩き、駅からの合計で徒歩十五分で自宅、というような設定だ。最後の場面は、自宅の部屋のなかで夜も更けていくところが現実の場面を使ってフィクションとして提示してある。

横置きの写真で統一して、全部で三百点、タイトルは『家路』という写真集は、かならずや成立するはずだ。三百点も連続すると、それはたいへんなフィクションだ。東京で生きる日々のなかで、誰もがそれぞれの場所でいつも見ていて、あまりにも見なれてしまったからもはや意識にはとまらないような家路のなかの光景の断片が、ページを繰れども繰れども、三百点連続する。誰もがどの光景にも見覚えを感じる。無意識の表層のすぐ下で眠っていた光景の記憶が、一ページごとに呼び覚まされていく。

現実のさまざまな場所で、写真によって拾い集めてきた断片的な光景を、三百点連続させて『家路』というフィクションを作る。それを見る人は、一ページごとに、忘れていた記憶を取り戻す。あるいは、いつも見ている現実の光景が、写真によって裏書きされるのを体験する。どこの誰もが、いつかどこかで見たはずの、あるいはいつもいたるところで見ている、しかし見てはいても、もはや見えてはいない、家路という現実を写真に教えてもらう。愉快な体験ではないかもしれない。家路こそ悪夢の最たるものではないかという思いが、頭のどこかに棲みついたりもするのだから。

家路01
家路2
家路4
家路03
家路5
家路6
家路7
家路8
家路9
家路10
家路11
家路13
家路12
家路14
家路15
家路16

(2017年4月12日掲載、『東京22章──東京は被写体の宝庫だ。』朝日出版社、2000年所収)

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2000年 『東京22章』 写真 東京
2017年4月12日 05:30
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