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一九五七年の春をさまよう

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 知らない町を歩いていたら古書店があった。入ってみた。古書と呼び得る本と最近の本とが、半半にある店だった。よく探せば買いたい本は何冊かあるだろう。壁に沿った棚の前には平台があり、雑誌が積み上げられてならんでいた。そのいちばん奥は写真雑誌で、そのなかに一九五一年から五八年までのものが数冊あった。一冊が二百円。あるだけすべてを僕は買った。自宅の資料室の棚に押し込み、やがて忘れて三年ほどが経過した。ついさきほど、一冊を抜き出して窓辺のテーブルでべージを繰りながら、午後のコーヒーをひとりで飲んだ。一九五七年の四月号だった。

 雑誌、特に写真雑誌のような一般的なそれは、刊行された時代のみを材料にして成立していると言っていい。だからどの号にもその時代が封じ込められて残っている。古い一冊を手に取ってページを繰れば、雑誌というタイム・マシーンによるタイム・スリップが、たちまち可能になる。

 一九五七年。「もはや戦後ではない」と、日本国家が宣言した次の年だ。五千円札や百円硬貨が出た。僕が何歳の子供でどのような状況だったかは、すぐに思い起こすことが出来る。しかし、この時代のなかをいままさに生きつつあった人の体感のようなものは、なにか依存するきっかけのようなもの、たとえば写真でもないと、自分の感覚のなかになにひとつ浮かんではこない。

 月例と呼ばれていたコンテストの入選作に、電話ボックスの映っている作品があった。床面積の狭い、したがって細長い印象の、鉄の箱のような電話ボックスだ。左右の壁とドアに小さめの窓があり、ドアには丸い穴があいていて、そこに手をかけてぐいと引いて開いた。なぜか妙に重いドアだった。このドアを開くときの重さの体感が、僕の記憶のなかによみがえった。すっかり忘れてい た遠い体験の、体感としての記憶が、現在の自分の感覚のなかに鮮やかに再生されること。タイム・スリップの核心はこれなのだ。

 読者からの投稿作品のなかに、雨あがりの道を撮ったものがあった。アスファルト舗装された路面のいたるところに、丸い水たまりが出来ている様子を情緒的にとらえた写真だ。戦後の日本でひときわ目立ったもののひとつであった穴だらけ悪路は、一九五七年にはまだ健在だった。撮影地は東京だという。このような道を、雨の日に傘をさして歩くときの感覚も、久しく忘れていたものだ。「春の田園を写す」という作例つきの撮影指導のページでは、春先の畑のなかのぬかるみの道で、下駄の鼻緒を切らせた瞬間の子供の写真を見ることが出来た。一九五七年よりもっと前、自分のはいている下駄のまんなかの鼻緒が切れた瞬間とその前後の感覚を、僕は体験している。長らく忘れていたその感覚を、現在の自分の足の、親指と中指とのあいだに、雑誌のなかの一点の写真をきっかけに、僕はくっきりと思い出すことが出来た。鼻緒の切れた下駄は、ぬかるみに食い込んで離れにくい。鼻緒を足首にかけて引くときの、ぬかるみの粘った重い強さ、さらには鼻緒の切れた下駄を引きずって歩き、足が下駄を踏みはずすときの、足の裏に受ける土の感触など、微細なところまでまだ体内に記憶があるのを、僕は確認した。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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1950年代 2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 写真 古雑誌 東京 雑誌
2017年4月9日 05:30
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