アイキャッチ画像

彼女の手にもうすこしましな手帳を

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 あるひとりの女性とさしむかいにテーブルについているとき、その彼女が手帳をとり出したなら、ぼくはやはりその手帳を見るだろう。しっかり見てやろう、などとは思わないが、目のまえで彼女が開いて見ているのだから、ぼくにも見えてしまう。このようなときの手帳が、どこかの会社の配りものであり、ビニールの表紙のついた小さな平凡な手帳であったりするのは、やはり不利ではないかと、ぼくは思う。ぼくの好みを押しつけるつもりはないし、こまかなことに妙なけちをつける気もまるでないけれど、彼女の手のなかにもうすこしましな手帳を見たい、とぼくは思う。

 フランスのアジェンダの手帳なら、不利になることはまずないだろう。けっして高価なものではない。だから、場ちがいな高級感とは無縁でありつつ、適度に洒落ていて、誰の手のなかでも美しい。いちばんいいのは、皮表紙に金属のバインダーがついた、ルース・リーフ式の手帳だ。大きさも厚さも、ちょうどいい。ルース・リーフの紙は、三か月ずつ綴じこむようになっている。一日に一ページをあててあるから、こうなるのだ。ページのデザインが、たいへんにきれいだ。白いページの片方に、8時から19時までの数字が入っているが、書体とその大きさ、そして色の良さのおかげで、すこしも気にならない。むしろ、適当な飾りの機能を果たしている。二日が経過するごとに、ページの片隅を切りとるためのミシン目が入っている。このミシン目の微妙なカーヴも、好ましい。

 方眼のメモ用紙と、NOTESとだけ印刷した白いページとが、それぞれ十数枚、ついている。さらに、年間のスケジュール表、住所録、地図帳の三冊が、それぞれ薄く独立している。この手帳を愛用しているある女性は、たとえば待ちあわせの場所で人を待ちながら、よくこの地図を見ている。フランス語でメキシコをどう書くかクイズされてぼくは答えられず、残念だった。日本の四国は、SIKOKなのだ。そして九州は、KIOUSIOUと書く。

170406

 金属製のバインダーのついたアジェンダには、メカニカル・ペンシルを刺しておくループのあるのとないのと、ふたとおりある。住所録だけが独立していて、ほかのすべては一冊に綴じてあるのを皮表紙にさしこむ方式のも、感じはいい。サイズはひとまわり大きくなり、二ページで一週間を見渡すことが出来る。表紙にさしこむのではなく、ぜんたいを表紙に貼りつけたものも、ヴァリエーションとして存在する。これだと、地図がついていない。そして、一ページを上下に二分して二日になっているヴァリエーションもある。地図帳と住所録が独立している。サイズはこれがいちばん小さい。これもすてがたい。日本で買っても、三千円しない。夏を過ぎる頃になると、背中のあたりがでこぼこしてくる。どの種類にも、フランス語によるさまざまなインフォメーションや表がついている。暇なときに見ていると、思いがけないことを知ったりする。というようなわけで、アジェンダの手帳のどれかを、ぼくは勧める。

(2017年4月6日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年所収)

関連エッセイ

1月2日 |[モールスキンの手帳]


1月5日 |システム手帳とはなにか


4月25日 |手帳に書くことなんてなにもない


4月30日 |手帳のなかのお天気


11月1日 |一本の鉛筆からすべては始まる


11月15日 |子猫も呆れるノートブックの貯蔵量


1987年 『彼らと愉快に過ごす──僕の好きな道具について』 アジェンダ フランス 文房具
2017年4月5日 05:30
サポータ募集中