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方眼のノートのなかには自由が広がっている

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 方眼のノートが好きだった女性の友人を思い出す。縦の線も横の線も無視して、方眼の上に自由に文字や図を描くのはたいへんな快感なのだと、彼女は言っていた。あらゆるノートが、彼女の場合は方眼であり、手紙もそうだった。

 ぼくも、方眼は好きだ。縦と横の二本の線を座標軸だと考えれば、二本の軸の交わるゼロの地点は、一ページのなかにたくさんある。どのゼロを中心にとってもいいわけだから、一ページのなかの自由は広がる、というような理屈を考えてみた。はずれてはいないと思う。

 日本の方眼は、きっちりと出来すぎていて、しかも色が濃い。それは見る人を拒否するようなところがある。ヨーロッパの方眼は、人を誘いこむ。そしてアメリカの方眼は、印刷がかすれていたり、太い線があったり細い線があったりする。

 写真にあるのは、西ドイツ製の方眼の小型ノートだ。簡単な造りでありながら、よく手になじむところが、ぼくは気にいっている。いろんなことを自由にメモするのに最適だ。ループにはボールペンがついている。表紙の色は四色あり、方眼のほかに横罫およびまっ白もある。日本の文庫本とおなじサイズだ。

(2017年4月4日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年)

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1987年 『彼らと愉快に過ごす──僕の好きな道具について』 ノートブック 文房具
2017年4月4日 05:30
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