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忘れがたき故郷

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 二〇〇〇年の残暑の日、僕はここにある九点の写真を撮った。九点のうち七点までは、東京の世田谷のとある一角でのものだ。残る二点はおなじ東京の別の場所で撮った。東京を生地とする僕にとって、この九点の写真を撮った場所は、故郷という言葉のもっとも一般的な意味において、故郷と呼ぶほかない場所だ。どちらの場所にも、それぞれ四半世紀以上にわたって、僕は住んだ。
      
 兎を追うとかいう山は関係ない、小鮒を釣る小川とも無縁だ。しかしこの故郷を僕もまた忘れがたいとするなら、忘れがたさは電柱によって作られている。僕の故郷のいたるところに、コンクリート製の電柱が突きささっている。僕が写真に撮った光景のなかにある電柱を、僕は何度見たかわからない。これ以外にも電柱は多い。それらすべてを、幼い頃から何度となく繰り返し見た僕は、ついには電柱を自己の無意識とするまでになった。

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 この電柱からあの電柱へ、そして次はその電柱へと、突きささってつらなる電柱によって、僕の無意識は導かれていく。どこへ導かれていくのか。電柱が国家の意思でなくて、いったいなにだろう。ハードきわまりない国家インフラストラクチャーである電柱が僕の無意識であるからには、僕は国家の意思によって収奪の果てへと導かれている。雨につけても 風につけても、忘れがたきはこの収奪の道のりだ。故郷とは、じつはこういうことなのだ。

 無意識のなかに林立する電柱が僕の自由を左右してきた。もっと電柱を写真に撮ろう、と僕は思う。可能なかぎりの風情や感慨、陰影などを、一本の電柱を被写体として、写真のなかに作り出すことが、この自分に出来ることなのかどうか。故郷の光景を写真に撮る。その光景は電柱なしには成立しない。そしていまこう書くこの僕は、無数の電柱に導かれてここまで到達した。
      

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(『東京22章』2000年所収)

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2000年 『東京22章』 住宅街 写真 電柱
2017年3月31日 05:30
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