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バンダナは基本的本質そのもの、そして多用途の善

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 バンダナという言葉は、ヒンズー語のバンドゥーヌからきているのだそうだ。バンドゥーヌは、木綿の生地を染めるときの、その染めかたを意味する言葉だ。

 昔のカウボーイたちは、生地屋でバンダナを買っていた。巻いてある安い木綿の生地を、一ヤード四方の正方形に切ってもらって、それがそのまま彼らのバンダナだった。値段は、いわゆる西部開拓時代で、十セントだった。ポルトガルやインドから輸入した安い生地だったという。一ヤード四方だと、相当に大きい。このくらいはないと、当時のカウボーイたちにとっては、実用にはならなかったのだろう。いまのサイズのバンダナが出来たのは、ずっとあとのことだ。

 一枚の正方形の木綿布であるバンダナは、基本そのものであり、その基本に付随して余計なものがほとんどない。あるとすれば模様くらいのものだ。ぼくが好きな模様は、古典的な花模様だ。基本がそのままぜんたいでもあるバンダナは、本質的な良さそのものが実体となっている、と言っていいとぼくは思う。単純な基本がそのまま余計なものなしにぜんたいであり、そのぜんたいの本質は、善なのだ。

 単純であるだけに、バンダナは多用途だ。そして、単純で多用途だから、持ち主にきわめてよくなじむ。バンダナの使いかたについて書いていくと、きりがないだろう。ぼくは野外で紅茶をいれるとき、ティー・バッグのかわりに使うのが得意だ。二本つなげてベルトにするとか、広げてテーブル・クロスの代役をつとめさせるとか、使いかたはたくさんある。あの赤い標準色のバンダナを、女性がたとえば白いテニス・シューズの左右どちらかの足首に花のように結んでいたりするのはとてもいいものだし、ジーンズのヒップ・ポケットからやはり赤いバンダナの端がポケットの深さぶんほど垂れているのも、似合う人がするとたいへんいい。

 アメリカ製の古典的な花模様のバンダナの、その模様のヴァリエーションは、ひょっとして無限なのではないかと思うほど、たくさんの種類がある。色も、微妙なすぐれた色が多い。

 ぼくはバンダナをいつも持っている。バンダナの花模様のパターンをながめていると、しばらくのあいだなら退屈しない。似た模様でも、すこしずつ微妙にちがっている。なかなかいいセンスをしている。誰が、どこで、どんなふうにして考えているのだろうか。

(2017年2月6日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年所収))

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1987年 『彼らと愉快に過ごす──僕の好きな道具について』 カウボーイ バンダナ 道具
2017年2月6日 05:30
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