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林檎の樹

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 星条旗が立っている郵便局の裏をゆっくりとおりすぎると、行手に一本の巨木が見えた。樹木に関するぼくの知識で判断すると、その大樹は楢の樹の一種のようだった。

 巨木や大樹は、たいていの場合、神々しさに近いような威厳を、長い歳月のなかで自然に身につけていく。行手にあるその楢の巨木も、神々しさに満ちていた。

 高さは二〇メートルをこえているだろう。がっしりとたくましく太い幹が大地に根を張り、その幹の途中から枝が何本も分かれ、あらゆる方向へのびつつ、二〇メートルをこえる高さをきわめている。濃い緑色の葉がびっしりと茂り、明るい夏の陽ざしに鋭くきらめいていた。

 道路の片側、かなり奥へひきさがったところにその大樹は立っている。何本もの枝が道の頭上にまでかぶさり、その下は広く深い影になっていた。

 陽影にさしかかって、ぼくは自動車のスピードをさらに落とした。クライスラーのニューヨーカーという車の、4ドアだ。一九七四年モデルで、ボディの色はダーク・ブルー、そしてルーフの色は淡くてきれいなピンクだ。

 楢の巨木がつくる陽影のなかを、ぼくは、ゆっくりととおりすぎた。陽影に入ると空気は気持よくひんやりとしていた。樹の幹を見あげながら通過していき、陽影の外に出た。

 両側に草原のせまる道をしばらくいくと、ロータリーのようなところへ出た。ロータリーのまんなかの、島のようになった広いスペースを左へまいていくと、別の道路と斜めに交差した。

 交差する地点の向こう側、道路からおだやかなスロープをくだったところに、ジェネラル・ストアがあった。古い木造の平屋建てで、木製の階段をポーチへあがると、そこから建物の左右の端まで、テラスが板張りの歩道のようにつくってある。

 交差する道路をこえたぼくは、クライスラー・ニューヨーカーをスロープの下へゆっくりと降ろしていき、おそらく一九四〇年代のものだろうと思えるガソリンの給油ポンプの前をとおり、店の前を斜めに横切った。

 店の前にある広い敷地の端にも、一本の巨木が立っていた。すさまじい量感をたたえて張り出している根のたたずまいは、ぼくが日本で見たことのある楠の大樹に似ていた。

 その樹の下に、ぼくはクライスラー・ニューヨーカーをとめた。440キュービック・インチのV8エンジンを停止させ、ドアを開き、ゆっくり外に出た。ここでも樹の下は陽影になっていて、空気はひんやりとしていた。夏のまっさかりの甘い香りが、その空気のなかにはっきりとあった。

 樹の頂上を見あげながらドアを閉じたぼくは、ジェネラル・ストアに向かって歩いた。陽影を出ると、強い陽射しがぼくの首すじやTシャツの袖から出ている両腕に、熱かった。ぼくは、階段をポーチにあがった。ドアを開き、店のなかに入った。

 エア・コンディショナーで適度に冷やされた空気のなかに、このジェネラル・ストアで売っているありとあらゆる商品の香りが、ひとつにとけこんでいた。音楽が、かすかに聴こえた。ラジオから聴こえてくる音楽のようだった。

 店の左側の奥に、ドーナツやパンケーキなどの軽食とコーヒーのカウンターがあった。カウンターの手前に菓子類の陳列ケースがあり、ぼくはキャンディ・バーを二本えらび、カウンターの前へ歩いた。

 カウンターのまんなかあたりのストゥールに、老人がひとりすわっていた。赤と白の格子じまになったギンガムの半袖シャツを着ている彼の体は、無駄な肉のない骨太の、しっかりした体だった。しかし背中はいささか猫背であり、眼鏡を入れた胸ポケットが下へさがっていた。両腕には老人性の斑点が目立ち、白髪が頭に少しだけ残っていた。

 カウンターをはさんで、このジェネラル・ストアの店主の奥さんらしい中年の女性が、老人と向きあっていた。ぼくは、その女性に、キャンディ・バー二本の代金を、硬貨で支払った。代金を受け取ると、彼女は、カウンターの向こうを店の反対のほうへ歩いていった。分厚い肩や太い両腕とよく釣り合った、大きな尻をしていた。

「一九七四年のクライスラーで走ってるかい」

 と、老人が、いきなりぼくにきいた。ダーク・ブルーで屋根がピンクのクライスラー・ニューヨーカーです、とぼくはこたえた。

 老人は、うなずいた。そして、

「ゆっくりと走ってるとこを、見たよ」

 と、言った。

 この田舎の小さな町というよりも村に、ぼくは一時間ほど前に到着した。ぼくにとってはただとおりすぎるだけの町だが、たたずまいが気に入ったので、あちこち走りまわってみた。いつのまにか、この老人にぼくは見られてしまっていたらしい。

 ラジオの歌が、聴こえつづけていた。若い女性が、甘くセンチメンタルなバラッドをうたっていた。曲想と歌詞、そしてうたい方や声が、四十年ほどまえに過ぎ去った時代を連想させた。ラジオは、カウンターの内側のどこかにあるのだった。

 ぼくは、老人に顔を向けた。微笑をうかべ、

「いい歌ですね。ぼくはたいへん好きです」

 と、言った。

「この歌を知ってるのかい」

 老人が、きいた。

「知ってます」

 老人は驚き、感嘆の言葉を発した。そしてとつぜん大声をあげ、

「おい、マージー、聴いたかい。ここにいるこの人は、この歌を知ってるそうだ」

 と、言った。

 板張りの壁の向こう側らしいところから、さきほどの女性マージーの、みじかい返事が聴こえた。

「なぜこんな歌を知ってるのかね」

 驚きのあとで、老人はいぶかった。

「本で知ったのです」

「本で」

「はい」

「なんという本かね」

「アメリカ人の愛唱歌集、というようなタイトルの、楽譜つきの本です。その本に、この歌がのっていました」

 老人は、うなずいた。彼にすすめられて、ぼくはストゥールに腰をおろした。どこへ向かう途中なのかと老人がきくから、ぼくは自分の行先を告げた。ここからさらに三日、外にとめてあるクライスラーで走らなくてはいけない。

「この町は、気に入りました」

 と、ぼくは言った。

 老人は、うなずいた。

「私も気に入っている」

「この町には、ながいのですか」

「ながいよ。なにしろ、この世に生まれて以来、ずっとここだから」

「この町を、愛していらっしゃるのですね」

 ぼくの問いに、彼はうなずいた。なぜ そんなあたりまえのことをいまさらきくのか、と言いたげな表情が、老人の目のなかを走った。

「この町にずっと住んでいて、いちばん美しくなつかしい、大切な思い出は、なにですか」

 と、ぼくはきいてみた。

「林檎の樹に花が咲くのを、毎年、見たことだね」

 自信を持って老人は、そう言いきった。

 彼の即答には、威厳があった。ついさっき見た二本の大樹がそれぞれにたたえていた動かしがたい威厳のことを、ぼくは思い出していた。

底本:『すでに遥か彼方』角川文庫 1985年

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2017年1月20日 05:30
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