南の海の小さな島に誘惑されて
地球儀の南側に横たわる巨大な海のまんなかの、小さな小さな島にひとりで到着してホテルに入り、部屋のテラスから海を見ながら僕は水を飲む。遠いところへ来たなあと、つくづく僕は思う。ジェット旅客機の定期運行システムとそれを支えるもの、たとえば燃料が世界から消えたなら、僕の残りの人生の時間すべてを費やしても、東京にあるいつものあの場所へは二度と帰ることが出来ないほどに遠いところなのだという真剣な思いを、瓶のなかで冷えているミネラル・ウオーターとともに飲み下すときの知的としか言いようのない快感は、なにものにも替えがたい。
遠いだ…
底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年
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