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彼は二十一歳、ヘアクリームでなでつけたDAは栗色に輝いていた

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 エルヴィス・プレスリーのファンにとって、『エルヴィス’56』という写真集は、もっとも貴重な本ではないだろうか。アルフレッド・ワートハイマーというフォト・ジャーナリストが撮った写真および文章で構成されている本だ。

 一九五六年の秋、RCAのポップ・パブリシティ部にたくさん集めてあったエルヴィスのさまざまな写真は、パーカー大佐のリクエストにより、一枚のこさずすべて大佐の手もとに渡ったという。この時点からエルヴィスの死にいたるまで、エルヴィスの写真は大佐の管理下にありつづけ、したがって、生きたひとりの人間としてのエルヴィスの、たとえばなにげない日常をとらえた写真など、まずぜったいと言っていいほど、ジャーナリズムの手には渡らなくなった。

 仕事や日常生活のなかでの、生きたエルヴィスをひとりのカメラマンが、みじかい期間ながら一貫してとらえた写真集は、ワートハイマーのこの本だけであり、その意味でも非常に貴重だ。初期の頃のエルヴィスの、ぼくが気に入っている写真はすべてこのアルフレッド・ワートハイマーが撮ったものだったのだということを、ぼくはこの本を手に入れてはじめて知った。

 一九五六年、エルヴィス・プレスリーは二十一歳だった。写真を撮ったほうのアルフレッド・ワートハイマーも、若いカメラマンだった。いずれは『ライフ』や『パリマッチ』に写真を買ってもらうようになるのだという夢を抱いて、マンハッタンのイースト・サイド、高架鉄道の音と影のあるスタジオを仲間たち三人で借りて、仕事をしていた。

 そして、一九五六年三月、木曜日の午後、そのワートハイマーのところに、電話がかかってきた。RCAのポップ・パブリシティ部からだった。三月十七日の土曜日に仕事をしてもらえるだろうか、とワートハイマーは、きかれた。仕事の内容は、いま非常にエキサイティングな若いひとりの男性歌手の写真を撮る、ということだった。

「なんという歌手ですか」

 と、ワートハイマーは、きいた。

「エルヴィス・プレスリー」

 とこたえた相手に、ワートハイマーは、その名前をききかえした。エルヴィス・プレスリーという歌手など、ワートハイマーはまだ知らなかった。

 仕事をひきうけたワートハイマーは、その土曜日の夜、CBSテレヴィジョンのスタジオ50へ出むいていった。初期のエルヴィスに詳しい人ならもうわかるだろうけれど、この日、一九五六年三月十七日、土曜日は、トミー・アンド・ジミー・ドーシー・ブラザーズの『ステージショー』というTV番組にエルヴィスが第一回の出演をし、彼の姿かたちや歌が全米にライヴで放映された日だった。

 楽屋に案内されたワートハイマーは、そこでエルヴィスと対面した。エルヴィスは、メークアップ・テーブルに足をあげ、椅子にすわっていた。中年の宝石セールスマンが来ていて、彼はエルヴィスにダイアモンドの指輪を売りこんでいた。

 このときのエルヴィスのいでたちは、アーガイルのソックスにシルク・シャンタンのパンツとジャケット、そして黒いシャツだった。この頃のエルヴィスはまだ髪をそめていず、ヘア・クリームでなでつけたダックテイルは茶色に輝いていた。

 写真集にワートハイマーが自らそえている文章によると、この若い男がスターだとはとても思えなかったそうだ。楽屋や舞台裏で仕事をしている若い男、といった感じだったというエルヴィスは、紹介されたワートハイマーに、「よお」と挨拶したそうだ。

 この日、このときから、その年の七月の終わりちかくまで、ワートハイマーはエルヴィスについて歩き、いろんな場所で生のエルヴィスの写真を撮った。ネガの枚数にして、三千八百枚ほど、ワートハイマーは撮った。この多数のネガのなかからえらんだ写真が、時間順に『エルヴィス56』にはならべてある。

 はじめのほうに、楽屋ではじめて会ったエルヴィスの写真がのっている。なるほど、アーガイルのソックスをはいている。なるほど、宝石のセールスマンが来ている。そのセールスマンの話を聞いているエルヴィスの顔が、メークアップ・テーブルの鏡に映っている。エルヴィスは、大あくびをしている。

 一九七七年八月十六日にエルヴィスがなくなったとき、いろんな人たちからワートハイマーのところに電話がかかってきた。エルヴィスの初期の写真を狙ってのことだ。エルヴィスの死後、写真集がいくつも出た。その写真集を見てはじめて、ワートハイマーは、自分が持っているネガが非常にユニークなものであることに気づいたという。そのユニークな写真が、きちんと一冊の本にまとまったのは、非常にうれしい。

 ニューヨークでのTV出演からはじまって、小さな劇場でのコンサート、レコーディング・スタジオでの録音の様子、ニューヨークのペンシルヴェニア・ステーションからメンフィスへむけての汽車の旅、メンフィスの新しい自宅、そしておなじくメンフィスのラスウッド・スタジアムで七月四日におこなわれた野外コンサートの模様など、ながいあいだまったく見られなかった若いエルヴィス・プレスリーの生の姿が、ワートハイマーの非常にクールないい写真のなかに、ふんだんに、生き生きととらえられている。エルヴィスにもやはりこんな時代がたしかにあったのだと、妙に安心したりする。

 レコーディング・スタジオのスピーカーでたったいま録音したばかりの『冷たくしないで』のプレイバックを聴いているエルヴィスのうしろ姿の写真など、素晴らしくいい。

 ニューヨークからメンフィスへ汽車で帰る途中、チャタヌーガの駅でおそい朝食をとっているエルヴィスの写真も、非常にいい。ベーコン・アンド・エッグス、そしてトーストにはジェリーをつけ、コーヒーは飲まずにミルクだったという。

 ワートハイマーの文章も、対象べったりなところがすこしもなく、とても気持ちがいい。

 エルヴィスの顔つきは、ソフトで丸っこいタイプだ。彼の雰囲気ぜんたいにわたってじつに不思議な魅力がある。こういう感じの人が、初期のあのような歌をステージでうたうのを生で見たならば、観客は狂わないほうがおかしいと、はっきり言える。

 メンフィスにむかう汽車の旅の途中、アラバマ州シェフィールドの駅で駅弁を買っているエルヴィスの写真を、見たくないだろうか。買った駅弁は、サザン・フライド・チキンのダブル・オーダーにミルク、そしてカップケーキだった。

 自宅でパンツを洗濯しておいてくれたお母さんに、頬すりよせて感謝しているエルヴィスの写真もある。買ったばかりのハーレー・デイヴィッドスンに乗ってみせている二十一歳のエルヴィス。カーポートにはファンがたくさん集まっていて、裏庭をオートバイで走るエルヴィスを見守っている。エルヴィスという人がいたということは非常にいいことだったと、あらためてよくわかる写真集だ。

elvis56

 

Alfred Wertheimer, Elvis ’56: In the Beginning,1980

[amazon日本]

『ブックストアで待ちあわせ』新潮社 1983年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年

今日のリンク|blog170108|誕生日|エルヴィス・プレスリー
今日の一冊|romancer-books04|『エルヴィスから始まった』

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昨年、木曜に掲載してきた『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しました。


1983年 1995年 『ブックストアで待ちあわせ』 アメリカ エッセイ・コレクション エルヴィス・プレスリー 写真 写真集 片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』
2017年1月8日 05:30
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