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戦争は、写真うつりがいい

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『アメリカ海軍の戦争写真』というタイトルの写真集を、僕はいま見ている。《真珠湾から東京湾まで》と、サブ・タイトルがついている。

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 ジャケットに使ってある写真は、バンカー・ヒルという名前のアメリカ海軍の航空母艦が、一九四五年五月十一日、九州と沖縄とのあいだの海域で日本の神風特攻隊の体当たりを受けた直後を撮影した、モノクロームのものだ。バンカー・ヒルに乗りこんでいた、海軍のカメラマンが撮影したのだそうだ。この写真の下の題字の部分は、地の色がアメリカ海軍のブルーであり、タイトルとサブタイトルとは、やはりアメリカ海軍のゴールドとなっている。はじめからおしまいまで、ひととおり写真をすべて見て、あらためて表紙をながめると、複雑な感銘がいろいろとある。

 僕が見ている『アメリカ海軍の戦争写真』は、一九八四年に刊行された、新しい版だ。これのもとになった版は、太平洋戦争が終わった年に刊行され、一年間でじつに六百万部を売りつくしたという、たいへんな歴史を持った有名な本だ。オリジナル、つまりまえの版は、手に入れるのがたいへんに困難な、コレクターズ・アイテムとなっている。

 この写真集のオリジナル版が企画されたのは、戦争が終わる六か月前のことだった。戦争が終わって兵役を解かれるアメリカ海軍の兵士たち全員に、一冊ずつプレゼントするものとして、大急ぎで制作された。はじめは無料でプレゼントするつもりだったのだが、最終的には一冊を三十五セントで売ることになった。一年間で六百万部が、ほんとうに売れた。

 一九八四年に刊行された新版には、オリジナルに収録されていた写真すべてが、そのまま入っている。そして、編者のエドワード・スタイケンが、かつては謙遜して加えるのを控えた彼自身の写真が、何点か新たに加えてある。

 アメリカ海軍には、海軍兵士としてのカメラマンがたくさんいたが、彼らとは別に、民間から集めた腕のいい何人ものカメラマンたちが写真を撮り、その写真を中心に編集されたのが、『アメリカ海軍の戦争写真』だ。

 現代美術博物館のデパートメント・オブ・フォトグラフィーのディレクターとして、あるいは、『ファミリー・オブ・マン』の作者として、エドワード・スタイケンは広く知られている。いっぱしの写真家で彼の名前や作品を知らない人は、いないだろう。民間から集めたカメラマンたちのヘッドが彼であり、最終的に形をなした本の編者も、彼がつとめた。

 彼らが撮影したアメリカ海軍の戦争活動は、太平洋の主として航空母艦とその戦闘機の活動、そして上陸作戦だった。アイスランド沖のコンヴォイの写真があったりするが、ほとんどの写真は太平洋でのものであり、ミズリー、エセックス、レキシントン、バンカー・ヒル、タイコンデローガ、フランクリン、ヨークタウンといった艦名が、登場する。この写真撮影作戦に参加したとき、スタイケンはすでに六十いくつかだったが、そんな年齢はすこしも感じさせない、勇姿と言っていい姿をとらえた写真が、いちばんはじめに掲載してある。

 そして、その次は、当然、真珠湾が攻撃されている現場をとらえた写真だ。一九四一年十二月七日、アメリカ海軍の駆逐艦ショー号が、爆弾を受けとめて自分自身も爆発したその瞬間をとらえた、たいへんによく出来た戦争写真だ。この写真は、いろんなところで何度も見た記憶がある。アメリカ海軍所蔵の写真なのだが、撮影したカメラマンの名前は不明だそうだ。

 この写真から、いっきょに、いちばんおしまいのページに収録してある写真へと飛ぶと、興味深い。戦闘機の主翼の上に立つ海軍飛行士の、どことなくロマンティックな写真に、ネイヴィー・フライアーの信条がキャプションとして添えてある。

 そのさらに一ページまえの写真は、一九四五年九月二日、東京湾のミズリー号の艦上で、降伏の調印がおこなわれている様子を撮影したものだ。テーブルではニミッツが署名しているところであり、ダグラス・マックアーサーが画面の手前に立っている。

 さらに一ページまえには、つくづく見るに値する写真が載せてある。東京湾にいるアメリカ海軍の戦艦隊が、午後遅い時間の夕陽によってシルエットとなり、その戦艦隊とともに富士山もまたシルエットになって見えているという、構図ものの傑作だ。構図ものといえば、そこからさらに四ページまえにもどると、もうひとつ、傑作がある。あまりにもよく出来ているので、ここで描写するのは控えたい。

 もう一ページ、まえにもどる。これも、傑作だ。アメリカ海軍の潜水艦の潜望鏡ごしに見た富士山だ。ペリスコープの目盛りが、まぎれもなく戦争だ。隣りのページにも、富士山がある。いろんな意味において、この写真のような光景を忘れてはいけないと、僕は思う。航空母艦から飛び立った戦闘機が、五十機以上、日本の空を飛んでいる。そのありさまを、戦闘機たちよりもすこし高い位置からとらえた写真だ。むこうに、富士山が見える。二月の富士だ。その手前に広がる地形が、雲の切れ目ごしに見えている。富士の雪と雲とが、白く輝く。

 このあたりまで写真を見てくると、はっきりとわかるひとつのことがある。不謹慎なことを言うつもりはまったくないが、戦争はフォトジェニックだ、ということが明白にわかる。構図もの、という言葉をついさっき僕は二度使ったが、構図ものの傑作など、戦争のなかではいくらでも撮れる。

 なぜそうかというと、戦争は、異常事態だからだ。異常のきわみのような異常事態、つまり、あらゆることの最大限の集中が、たとえば太平洋に浮かぶ航空母艦という限定された狭いところで、極限まで濃縮された形で、ものすごいスピードのうちに、起こっていく。航空母艦は人工物であり、戦争という事態もまた人がつくり出した状況だ。たいへんなスピードと力とをともなった異常事態、つまり信じがたいまでの集中力による破壊は、その刻一刻が、ごく当然のこととして、フォトジェニックだ。

 さらに言うならば、アメリカが参加している戦争を、そのアメリカの側から見ると、よりいちだんとフォトジェニックであるような気がする。すくなくとも現代のアメリカは、写真に撮るのにたいへんに適している。映画がアメリカでもっとも発達し、隆盛をきわめた事実とも、これはどこかでつながっているのではないかと、僕は直感する。

 アメリカそのものが、もともと、フォトジェニックなのだ。パリの裏街や蒙古の高原がフォトジェニックであるという意味とは別種のフォトジェニックな性格を、アメリカは生まれながらにして持っている。まったくの手つかずの自然が、その自然のままに雄大に存在するところに直下型の大地震が来ても、その破壊の跡はほとんどフォトジェニックではないけれど、いまの東京が地震で潰滅したあとのありさまはおおいにフォトジェニックだろう、というようなこととおなじだと言えば、わかりやすいだろうか。

 この写真集のなかにある写真は、どれもよく出来ている。数多くの写真のなかから厳選された結果だからあたりまえだが、アメリカの戦争はそれ自体、たいへんに写真写りがいい。どの写真も、一流の戦争映画のスティルのようだ。

 すぐれた写真を撮るために、まるで映画のロケーション撮影のように、戦争をいかにもほんとのように、しかし模擬的につくり出してこのような写真をものにしたというなら、知的に面白い試みとして承知出来るが、実際には戦争が何年にもわたっておこなわれ、そのなかで多くの人が死に、すさまじい破壊がおこなわれた。実際におこなう戦争というような馬鹿げたことは、もう絶対にやってはいけないのだと、傑作写真のひとつひとつが、雄弁に語っている。

『本についての、僕の本』新潮社 1988年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年

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2016年12月9日 05:30
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