アイキャッチ画像

彼がはじめて太平洋を見たとき|彼らはなぜ海へ来るのか|2

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 海を求めてカリフォルニアに出てきた理由を、彼は、閉所恐怖症にかかったからだと説明していた。

 北アメリカ大陸のほぼまんなかと言っていいアーカンソー州のさらにまんなかちかくの小さな町で生まれてそこで育った彼は、十七歳になったある日、自分を中心にして広がっている北アメリカ大陸の広さというものを、自分をせまいところに閉じこめつづける力として、意識しはじめた。北アメリカの地図を見たり、アーカンソーから西へあるいは東へ、海までの長い距離を想像したりすると、自分が周囲の大陸によってどんどん圧迫されながらせまいところへ閉じこめられ追いこめられていくように思え、息苦しくなることがしばしばだったという。

 十五歳のときには大西洋の見えるところへ、十六歳のときはマイアミへ、そして十七歳になってすぐにサンディエーゴへ、それぞれ出かけていくチャンスができながらも、みなつぶれてしまった。サンディエーゴ行きが駄目になると閉所恐怖症はかなりこうじてきて、広く大きい海へむけて逃げ出さなくては解決しないような心理状態に、彼はおちこんでしまった。自動車にわずかな荷物を積みこみ、十七歳のある日、彼はカリフォルニアにむかった。

 太平洋にむけてすこしずつ自分が距離をつめていったその自動車による旅の日々を、彼は南カリフォリニアの海沿いの小さな町のピアで、語ってくれた。ピアの突端には主としてサーファーたちを得意客とする軽食堂があり、その食堂のカウンターの席から海を見ながら、はじめて太平洋を目のまえにしたときのことを、彼はとても上手に、感動的に語った。

 冬のアリューシャンで発生した大きな嵐のなかで生まれた力の強いうねりが、カリフォルニアの海岸線に届いている日に、彼ははじめて海というものを見た。町のなかを海にむけてまっすぐに抜け海岸からさらに沖へのびているピアで行きどまりとなっているメイン・ストリートを自動車で走ってきた彼に、まず最初に見えたのは、太平洋のうえのまっ青に晴れた空だった。メイン・ストリートの終点にその青い空が見え、視界の左右にはメイン・ストリートの両側の町なみがあり、視界の底辺には、ピアの突端の軽食堂の建物が見えていた。

 自分を閉所から解き放ってくれる広い海へ、ついにやって来たことに文字どおり胸を高鳴らせながらピアにむけて自動車を走らせていた彼が、海にかぶさる青空のつぎに見たのは、大きなうねりによる波がピアの突端に激突し、まっ白い巨大な爆発のように青空にむけて立ちあがる壮大な光景だった。

 そのピアは、いまぼくたちがいるこのピアだよと、当時三十七歳の彼は、二十年前の出来事をまるで昨日のことのように、ぼくに語ってくれた。

(『個人的な雑誌2』1988年所収)


▶︎ 今日のリンク |161125| 編集部ブログ| 今日は口数がおおい(その1)|11月電子化作品から|八巻美恵
%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-25-7-53-41
片岡義男がハワイ4部作という作品のひとつ『頬よせてホノルル』収録の5作品など、11月の電子化作品について。

関連エッセイ

12月5日|完璧にちかい正三角形がひとつ|彼らはなぜ海へ来るのかー5 


6月21日|大陸のエネルギーと大海原のエネルギー


12月4日 |ノートブックに描いた風景画|9〜13

12月3日 |ノートブックに描いた風景画|5〜8

12月2日 |ノートブックに描いた風景画|1〜4


12月1日 |ひとりでアイディアをつつきまわす午後


12月15日|誰がいちばん初めに波に乗ったのか


1月24日 |くっきりとした輪郭としての寒い季節


8月24日|昔のハワイという時空間への小さな入り口



1988年 『個人的な雑誌2』 アメリカ アーカンソー カリフォルニア 太平洋
2016年12月6日 05:30
サポータ募集中