アイキャッチ画像

短くなった鉛筆はすべてタリスマンだ

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 早くも二十年以上も前のことになるが、四センチあるいはそれ以下になった短い鉛筆を、リーボックのスニーカーの箱にざくざくと持っていた。ときたま取り出しては、眺めたり指先に持ったりしていた。僕なりに感概にひたっていたに違いない。反省もしていたのではないか。一本の鉛筆から引き出しうる途方もない可能性を、自分は次から次へと無駄にしてしまった、という反省だ。

 短くなった鉛筆をどうすればいいか。短くなった鉛筆はすべてタリスマンである、という位置づけにすればいい、といまの僕は思う。タリスマンとは、魔除けのような不思議な能力を持った、愛すべき小さな物体のことだ。いつも身につけて持ち歩いていないと意味はない。だからいまからこうして、短い鉛筆を持ち歩く日々が始まる。

 持ち歩くにあたっては、補助軸につけておくといい。たいていは鉛筆売り場の片隅に、二、三種類は置いてある。鉛筆を差し込んで、口金を締めたり緩めたりする構造のものだ。短い鉛筆をこれに逆さに差し込んで口金を締めておけば、補助軸はたちまち保護軸として機能する。鉛筆を使うときには、口金を緩めてなかの鉛筆を取り出し、差し直してロ金を締める。この時間がなかなか良質な時間となるのではないか。タリスマンとしてだけではなく、エクリチュールへの忠誠の証として、短い鉛筆を一本、いつも持っていたい。

 なんの変哲もないけれど、それなりにどれも美しい国産の補助軸を四とおり、いま僕は眺めている。少しだけ余計に楽しみたい人には、ファーバー・カステルの「パーフェクト・ペンシル」というホルダーがいい。削り器と消しゴムが一体化されていて、さきほど書いたとおり、逆さに差し込めば収納保護ケースにもなる。クリップがついているから、ポケットやノートブックの表紙に、留めておくこともできる。専用の鉛筆には、褐色の丸軸と深い緑色の六角軸とのふたとおりがあり、どちらも消しゴムつきで全長は十二センチ五ミリほどだ。普通の鉛筆よりも、あらかじめ短く作ってある。この鉛筆が新品のときで、ケースの長さは鉛筆込みで十五センチ五ミリ、そして鉛筆が使用可能な範囲でもっとも短くなったとき、ケース込みの長さは九センチほどとなる。この新品の鉛筆が短くなればなるほど、タリスマンしとしての能力は高くなる、しときめておくと楽しい。

 いつも持って歩く鉛筆として、かつてもっとも普遍的だったのは、手帳の背中に作った専用のトンネルに差し込んでおく、直径五ミリ、全長十一センチ五ミリほどの黒い鉛筆だった。内ポケットから手帳を取り出し、この鉛筆を背中から抜き、指先で手帳のページを繰り、芯を舌の先でなめ、なにごとかを書き込んでいく大人を、僕が子供の頃にはしばしば見かけた。平凡ではあるがそれなりに誠実な大人なのではないかと、子供心にも多少の感銘を受けたりもしたが、すでに長いことこのような大人を見ていない。平凡でなおかつ誠実な大人が、日本から消えたからか。

 この鉛筆はいまでも市販されている。なんの理由もしなく三本、買ってみた。端には金属製のストッパーがつけてある。手帳の背中に鉛筆ぜんたいが入り込まないように、という配慮のストッパーだ。そしてこのストッパーには、軸のこちら側から向こう側に向けて穴があけてあり、この穴に細い紐が通され結びつけてある。紐の色はほとんど黒に見えるがじつは濃紺だ。そしてこの紐は、しおりなのだ。手帳の背中のトンネルに鉛筆を差したのち、この紐を手帳のその日のところにはさんでおけば、内ポケットから取り出した手帳を、紐しおりに助けられて、ただちにその日のページへと、開くことができる。鉛筆としおりとの、いっさいなんの無理もない合体という、世界にも類のない実例だと僕は思う。

底本:『なにを買ったの? 文房具。』東京書籍 2009年

公開しました|制作舞台裏|書くことの根幹へ|斉藤典貴(晶文社編集部)

%e5%88%b6%e4%bd%9c%e8%88%9e%e5%8f%b0%e8%a3%8f%ef%bd%9c%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%af%e7%b4%99

11月11日刊行!『万年筆インク紙』

%e8%a1%a8%e7%b4%99%ef%bc%bf%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%af%e7%b4%99

自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、
そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

タグで読む01▼|文房具

banner_tag_stationery_1109

片岡作品の代表的なキーワードを選んで作品をご紹介する企画、第1回は「文房具」です。エッセイや小説の末尾にキーワードがこんなふうに並んでいますが、

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-11-9-03-38

これを“タグ”といいます。このタグをクリックすると、キーワードに関連した作品をまとめて読むことができます。まだ作品の少ない言葉も多いのですが、ある程度まとまってきたものを中心にご紹介してゆきます。

関連エッセイ

11月12日|万年筆についての文章


11月11日 |万年筆で書く


11月1日 |一本の鉛筆からすべては始まる


11月6日 |彼は鉛筆を削りながら交差点を渡っていった


10月20日 |父親と万年筆


10月19日 |鉛筆を削る楽しさ


4月1日 |なにもなしで始めた


2009年 『なにを買ったの? 文房具』 文房具 書く 鉛筆
2016年11月13日 05:30
サポータ募集中