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[クレール・フォンテーヌのノートブック]

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 クレール・フォンテーヌのノートブック、そしてパッド類は、ロディアと地続きだ。おなじフランスのものというだけではなく、クレール・フォンテーヌにおいてもまた、思考のかたちや論理の筋道の作りかたが、それをひとまず文字で紙の表面に固定しては試行錯誤していくにあたって、紙の面積のありかたを規定しているように、僕には思われるからだ。

 いま東京で手に入るクレール・フォンテーヌを僕は材料にしているから、不足は確かにあるだろう。日本にはなぜか最初から入ってこないもの、あるいは、なぜか日本では売れ行きがかんばしくなく、したがって輸入されなくなるものが、かなりのところまであるだろうことは、たやすく想像できる。

 クレール・フォンテーヌのノートブックのうち、もっともクラシカルなもの、つまり百九十二ページの背綴じ、角丸で、方眼ないしは横罫、という作りのノートブックのうち、クラシカルさの中心となるはずの四種類のサイズが、いまならまだ東京でも手に入る。この四冊のノートブックを、中心点で重なるように大きさの順に重ねて、真上から直射光のなかで撮ってみたのが、87ページ〔上〕にある写真だ。いちばん上に置いてある万年筆は、フランスのスタイ・ペンだ。おなじフランスだからおたがいによく調和するだろう、と思って置いてみた。ご覧のとおりの相性の良さだ。

 いちばん下にあるノートブックのサイズは、横十七センチ、縦が二十二センチだ。その上にあるのは、ひとまわり小さい、というありかたの典型と言っていい、十四・八に二十一というサイズだ。この二冊のノートブックが、サイズにおけるひとまわり違い、という緊密にして謎をはらんだ関係を作っている。写真でもこのことはよくわかる。いちばん下にある緑色のノートブックと、その上の紫色のノートブックの二冊だ。

 その上にある二冊も、下の二冊とまったくおなじように、サイズにおけるひとまわり違い、という関係性のなかにある。いちばん上にある緑色のは、ヨーロッパにおけるきわめてスタンダードな手帳サイズである、九センチに十四センチという大きさだ。そしてその下にあるのが、ひとまわり違いの十一センチに十七センチという、これもノートブックと呼ぶよりは、日本語の手帳という言葉がふさわしいサイズだ。四種類のクラシカルなノートブックのなかに歴然と存在する、ひとまわり違いの二冊ずつによって作り出されている、ふたとおりの世界。ロディアの謎はこのようにクレール・フォンテーヌの謎でもあるわけだ。

 四冊が重なっている様子を真上から撮った写真を見ているだけだと、わからないことがひとつある。中心点で重なるように置いた四冊のノートブックが作る造形は、それを斜め上から見下ろすと、ものの見事にピラミッドである、という事実だ。とんがった頂点まではかたち作られていないものの、なんとも言いがたく安定感のある、じつに無理のない、美しいピラミッドなのだ。ロディアの謎、そしてクレール・フォンテーヌの謎は、僕をピラミッドの謎へと誘い出すのか。けっしてあり得ないことではない、と僕は直感する。いまの東京ではもう見かけないが、この四冊とおなじ作りのノートブックに、横二十一センチ、縦二十九・三センチという、大きなサイズのものがあった。これを四冊の下に、中心点を揃えて置いてみると、美しいピラミッドはさらに深い安定を獲得する。

 四冊のノートブックのなかに、サイズの微妙な差によって作りだされている、二冊ずつの別世界。用途によって使い分けるだけでしょう、という凡庸な意見があるなら、僕はそれを以下のように訂正したい。用途の違いとは、そこに書き込まれる内容の違いなのだ。そして内容の違いとは、それに託された思考や論理の、それぞれにそのときそこで到達している段階の相違にほかならない。小さなノートブックには断片をほぼ無差別に記入するなら、いちばん大きなノートブックのページには、断片から組み上げられた世界が、そのなかをつらぬく思考や論理を整えられた上で、ひとつにつながったぜんたいとして、書き込まれていく。

 人生とは、ひょっとして、なにごとかをびっしりと書き込んだ、何十冊もの手帳やノートブックか。ここに紹介したクレール・フォンテーヌの、クラシカルな四種類のノートブックのどれを手にしても、そのたびに僕はそんなことを思う。

(2016年11月2日掲載『文房具を買いに』2003年所収、底本:角川文庫、2010年版)

11月11日刊行! 『万年筆インク紙』

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自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、
そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

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2016年11月2日 05:30
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