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電気なし、ロウソクだけ。家賃一年前払い

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 外房の海から歩いて十五分ほどのところにある、すでに人の住まなくなった大きな農家に、ぼくはかつてひとりで住んでいたことがある。かやぶき屋根の、古風な農家の典型のような建物だった。ただ同然の安い料金を一年分、前払いし、その一年間、そこに住んだ。

 持ち主にとっては捨てたも同然の家だったから、電話はないし電気は止まっていた。東京で週のうち三日ほど仕事をして、すぐに逃げてくるかくれ家のような場所だったから、電話も電気もぼくには必要なかった。いまはすでにとり壊されて跡かたもないが、この古い農家は、ぼくにとってたいへんに面白い一年間を提供してくれた。

 夜になってからの照明は、ロウソクだった。居間のように使っている部屋とか、奥の寝室、あるいは広い土間には、それぞれパイレックス製の大きな鉢のような容器に直径十センチのロウソクを立ててテーブルや台に置き、いつもおなじ場所にある明かりとして使っていた。

 持って歩く明かりには、写真に登場しているのとおなじスタイルの、キャンドル・ランタンを使っていた。写真のは最近のコグランのものだが、ぼくが使ったのは、ほとんどおなじ形の、くすんだブルーに塗装したタイプのものだ。チロル・ランプという名前で、山歩き用品のひとつとして、ずっと以前から広くでまわっていた。キャンドル・ランタンにはもっと凝った造りのものもあるけれど、ぼくはこちらのほうが好きだ。構造が単純でいい。

 ロウソクが燃えつきると、金属製の小さな丸い容器が残る。その農家に一年にわたって住んだあとには、このロウソクの容器がたくさん残った。胴体をキャップにねじこむとき、止まるところまでねじこんでおかないと、胴体が落下することがあるので、注意。

(2016年10月21日掲載、『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』1987年所収)

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1987年 『彼らと愉快に過ごすー僕の好きな道具について』 アウト・ドア 道具
2016年10月21日 05:30
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