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謎の核心

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 東京を外国人むけに案内したり解明したりするための、英語による本がたくさん出版されている。東京ではじめて生活する外国人のための日常生活手引きから、東京という謎の核心にせまろうとするものまで、内容やアプローチはさまざまだ。こういう本を、ぼくは昔から愛読している。たいへんに面白いからだ。

 自分の身を外国人に置きかえるという、ほんのちょっとした文脈の変化によって、すでにかなりよく知っているはずの東京が、まるっきり異なった世界へと、一変する。英語による東京案内を愛読することによって、この文脈の転換は、たやすく体験することが出来る。

 青年期のはじめまで、ぼくは、日本語と英語と、どちらが母国語なのかよくわからないような状態で生活していたから、たとえばいくつもの漢字による駅名が、子音ひとつに対してひとつの母音がほぼかならず付き添う、とうてい人間の世界のこととは思えないアルファベットならびへと一転する面白さは、身にしみて知っている。

 文脈が英語に変化することは、しかし、駅名が奇怪なローマ字になるだけではない。東京での生活を支えるさまざまなシステムのすべてに関してなにも知らない人にたちかえり、そのなにも知らない人が、英語による説明を頼りに、謎のシステムのひとつひとつを自力で解きあかしていく作業ぜんたいへと、大きく拡大されていくことにつながる。

 案内書や解明本によって説明されればされるほど、東京の謎は深まる。なぜこんなに煩雑なのか、なぜこんなにめまぐるしいのか、なぜこんなに無駄が多いのか、なぜこんなに値段が高いのか、なぜこんなに不便なのか、なぜこんなに過酷なのか、なぜこんなに理がとおらないのか。というふうに、いくつもの「なぜ」が次々に登場し、そのいくつもの 「なぜ」はひとつに集まって東京の謎の核心、つまり、政策や行政の貧困にせまることになる。

 東京に外国人が増え、その人たちが東京についてより深く知るにつれて、東京の貧困が白日のもとにすこしずつ引き出されていく。東京も、ついにすこしは面白くなってくるようだ。

(『個人的な雑誌2』1988年所収)

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1988年 『個人的な雑誌2』 アルファベット 文字 日本語 東京 英語
2016年10月11日 05:30
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