365日、毎日更新 今を映す手鏡のように
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2017.9.21
波の上を歩いた姉
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 十五歳の夏の終わりに、姉は日本からカリフォルニアへ帰った。僕はハワイへ戻った。島はおなじだが、もとの家ではなく、新しい家だった。僕はまだ十歳になるまえだった。感謝祭が近くなった頃、姉はカリフォルニアからその家へ来た。姉…
2017.9.20
フィクション 1
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「お酒を一杯だけ、つきあってほしいの」  と、彼女は、電話のむこうで言っていた。  長距離電話のような、遠い声だった。 「今日の夕方の、時間のご都合は、どうかしら」  と、彼女は、きいた。  彼女の質問に、ぼくは、微笑し…
2017.9.19
『パリ・テキサス』を観た
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 空中から撮影した荒野が画面に映る。その荒野のなかを、ひとりの男が歩いている。いったいこの男になにごとが起こったのだろうかと、スクリーンを観ている人は思う。ここから、この映画はスタートする。  荒野をひとりで歩いて来たそ…
2017.9.18
ヴァーガス・ガールという、架空の女性たち
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 ヴァーガス・ガールという、架空の美しい女性について書くことにしよう。  ヴァーガスは、VARGASとつづる。ヴァーガス・ガールとして広く知られている一連の美人画を描いた画家の名前だ。フル・ネームは、アルベルト・ヴァーガ…
2017.9.17
スーザンが育った時代(3)
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《(2)からのつづき》 10 『花と咲く』と『アイヴィの日々』を読み終わって、ぜんたいに関して静かな気持ちで丁寧に考えをめぐらせていくと、『アイヴィの日々』のいちばん最後の部分の破綻のしかたは、ぜんたいにおよんでいる端整…
2017.9.16
スーザンが育った時代(2)
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《(1)からのつづき》 7  スーザン・アレンの文章は、落ち着いた静かさをたたえた、誠実な文章だ。ことさらにドラマを作ったりすることなく、正しい遠近法を常に守りながら、ひとつひとつきめこまかく、書くべきことをその順番にし…
2017.9.15
スーザンが育った時代(1)
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1  南ダコタ、ネブラスカ、アイオワ、イリノイと続くコーン・ベルトのまんなかに、アイオワ州がある。このアイオワ州は、ぜんたいがまっ平らだと、よく言われている。わかりやすくひと言で言うなら、まっ平らかもしれない。標高がもっ…
2017.9.14
パリから一通の封書が届いた
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 もう何年もまえに東京からニューヨークへいってしまい、いまでは主としてニューヨークとパリで忙しく仕事をしているひとりの女性がいる。彼女はぼくよりも年上であり、ぼくは彼女にとって、あまり出来のよくない弟のような存在だ。彼女…
2017.9.13
猫の寝る場所
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 猫の多江子は、突然、目を覚ました。いつもの癖だ。気持ちよく眠っているその眠りのちょうどまんなかあたりで、多江子は、いつも突然、目を覚ます。夢を見ていて、その夢のまんなかで目を覚ますこともあるが、いまはなにも夢を見ていな…
2017.9.12
ガールの時代の終わりかけ
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 僕が新卒の新入社員として、会社というものをかすかに体験した時代は、いつだったのですかという質問に対しては、とりあえず年号を答えればいい。しかし年号は単なる数字だから、その頃を知らない人にとっては、年号などなんの意味も持…
2017.9.11
大統領によれば
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 二〇〇一年九月十一日の午前九時すぎ、大統領はフロリダ州サラソータのエマ・ブッカー・エレメンタリー・スクールという学校にいた。生徒たちと向き合って椅子にすわっている大統領に、画面の左手からひとりの男性があらわれ、大統領へ…
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