911編公開中。 今を映す手鏡のように
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2020.4.9
ソリュブルと名を変えていた
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 その広いスーパーマーケットの半分は「奥」と言っていいスペースで、そこには棚がたくさんあった。ほどよい奥行きと幅の、高さもちょうどよい加減のおなじ棚がいくつも何列にもならんでいた。どの棚にも食料品がぎっしりと詰まっていた…
2020.4.8
『タランチュラ』あとがき
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 ボブ・ディランの『タランチュラ』は、難解である、とよく言われているが、けっしてそのようなことはない、という点についてのみ、すこし書いておこう。  知的な好奇心に多少とも燃えていて、普通程度あるいはそれよりすこしはましな…
2020.4.8
幸せと才能の関係の物語
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「ハリーだってよ」  と自分が言ったのを、いまでも僕は覚えている。レコード店のなかで友人に言ったのだ。『トロピカル・ダンディー』の細野晴臣さんは、ハリー・ホソノだった。ここでは片仮名で書くけれど、たとえばそのLPのジャケ…
2020.4.8
What’s he got to say?
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 No Direction Homeは二〇〇五年にマーティン・スコセッシのコピーライトになっているドキュメンタリー映画だ。日本語の題名はないようだ。たとえば「帰路無道標」と表記して、音声では「ノー・ディレクション・ホーム…
2020.4.7
入ってみよう、とお前が言った
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 私鉄駅南口から歩いて五分の小さなバーだ。その小ささの隅々まで、バーらしさがいきわたっていた。バーらしさと言うか、時間を越えていると言うべきか。いつともわからない、かなり遠い過去のどこかに、出発点を持った、バーらしさだっ…
2020.4.6
なぜ、そんな写真を撮るのか
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 残暑がついに終わろうとしている、よく晴れた平日の午後、下北沢の喫茶店で僕が落ち合ったのは、ひとりの女性だった。その日の僕は写真を撮ることにきめていた。写真撮影の同行者には、男性よりも女性のほうが、さまざまな点において好…
2020.4.2
あの路地にいまも昔の自分はいるか
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 神保町の三省堂の前を西へ通り過ぎ、左の脇道に入ってすぐ右側、すずらん通りへ出る手前に、西へのびる短い路地がある。この路地に入ると、そこには出会うものがたくさんある。僕は大学生だった頃からフリーランスのライターでもあった…
2020.4.1
ビートルズ詩集とはなにか
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 久しぶりに会う友人の編集者は、僕が知っているとおりの彼だった。雰囲気、身のこなし、表情、そして笑顔や言葉など、僕をうれしい気持ちにさせた。彼と落ち合ったのが経堂駅のすぐ近くにある素晴らしい鮨の店だったから、うれしい気持…
2020.3.31
ウェスト・エンドの都市伝説
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 神保町の古書店で僕がアメリカのペイパーバックスを古書で買ったのは、ごくおおざっぱに言って、一九六〇年代の十年間だ。  渋谷から10番、須田町行きの都電に乗ると、やがて神保町に西から入ることは、中学生の頃から知っていた。…
2020.3.26
浅野温子そして薬師丸ひろ子
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 二年前の二○一四年が僕にとっての小説四十周年だった。『野性時代』の創刊号に最初の短編小説を書いてから四十年だ。そして小説以前が十二、三年ある。角川映画が四十周年だという。作家活動と重なってるのですね、としばしば言われる…
2020.3.24
そのうしろに浅丘ルリ子が立っている
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 赤木圭一郎が日活に残した数少ない主演作のなかに、「拳銃無頼帖」という副題を持ったシリーズ作品が四作だけある。四作だけとは、彼の早すぎた死によって四作で終わったから、という意味だ。この四作のうち、最初の二作、『抜き射ちの…
2020.3.19
僕の肩書は「お利口」
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 その日の僕は中学校三年生だったと思う。いまから何年前だろう。原節子が女優として現役だった頃、というほどに昔だ。彼女は三十代だった。現役だから彼女は仕事をしていた。仕事とは撮影所で女優として撮影カメラの前に立ち、さまざま…
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