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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

評論・エッセイ

作品一覧

公開作品 843

ウエイトレスに惚れて以後

ウエイトレスに惚れて以後

『恋におちて』というアメリカ映画のなかに、次のようなシークエンスがあった。  主人公を演じるロバー…

脚を見る人

脚を見る人

 べつに仮名にする必要もないのだが、とりあえずたとえば田中三郎とでもしておこうか。この田中三郎とぼく…

エキストラ

エキストラ

片岡義男が「人生全般にかかわるガイディング・ライト」とも呼ぶ、写真家の佐藤秀明さん。小学校5年生の時…

雨の日のカフェにて

雨の日のカフェにて

アメリカ・ネヴァダとの州境近くにあるカリフォルニアの町、ニードルズ。若き日の片岡義男の父親が過ごした…

ヨーロッパの文房具の機能や造形のなかに

ヨーロッパの文房具の機能や造形のなかに

ヨーロッパ製の文具は機能面だけでなく色や形もよく考えられており、文具好きはついつい買ってしまうようで…

真夜中にセロリの茎が

真夜中にセロリの茎が

 一九三八年にレス・ブラウンはバンド・オヴ・リナウンという名称のジャズ・バンドを結成した。リナウン(…

数の迷路を旅する

数の迷路を旅する

 久しぶりに国語辞典を買った。新明解国語辞典の革装のもの、そしておなじ新明解国語辞典の、小型版の二冊…

追憶の春、現在の春

追憶の春、現在の春

 三月、四月、そして五月の三か月が、日本の春だという。この春をめぐって、もう何日も前から、僕はさまざ…

知らない町を歩きたい

知らない町を歩きたい

 どこか知らない町を歩きたい、という気持ちが僕のなかにほとんどいつも、かなり強くある。かなり強いから…

コーヒーは俳句を呼ぶのか

コーヒーは俳句を呼ぶのか

 冬の始まりを感じさせる気温の低い日だった。平日の午後五時前の街は、すでにさまざまに明かりの灯る夜だ…

コーヒーに俳句が溶けていく

コーヒーに俳句が溶けていく

 この冬最初の寒気が日本列島に流れ込んでいるという日の夜、三人で寿司を食べた。いつもの私鉄沿線のほど…

「スキヤキ」の次は「スシ」だった

「スキヤキ」の次は「スシ」だった

 一九六一年の日本で「上を向いて歩こう」という歌がヒットした。日本人全員と言っていいほどに多くの人た…

かき氷は食べましたか

かき氷は食べましたか

 待ち合わせのカフェに彼はすでに来ていた。大きな楕円形のテーブルの一角で椅子にすわって脚を組み、小さ…

旅は日曜日に始まる

旅は日曜日に始まる

 仕事でときたま会う三十代の男性から、つい先日、「ゲッスイキンのことを英語でなんと言うのですか」と訊…

旅先にうまい水あり

旅先にうまい水あり

「旅先にうまい水あり」というフレーズは、友人からもらったものだ。このタイトルでなにか書いてみろと言っ…

湯麺がひとつ本棚にある

湯麺がひとつ本棚にある

 南口にくらべると北口の商店街は静かだ。歩いている人の数が少ないし、若い人たちをまったくと言っていい…

東京はなにの都か

東京はなにの都か

 水の都はヴェニスだ。映画の都はハリウッド、そして花の都はパリだ。この場合の花とは、土から生えて咲い…

弁当の秋

弁当の秋

 自分が久しく食べていないものはなにだろうか、と秋の始まりの街を歩きながら、ふと思った。食欲の季節と…

醬油味への懐疑の念とは

醬油味への懐疑の念とは

 自分が食べたものに関する記憶で、もっとも遠くまでさかのぼることの出来る記憶は、いったいなにだろうか…

定刻に五分遅れた

定刻に五分遅れた

 一九六〇年代の終わり近く、ひょっとしたら一九七〇年代に入ってから、確か月刊総合雑誌の編集部から、吉…

コーヒーに向けてまっ逆さま

コーヒーに向けてまっ逆さま

 一九六六年だった、ということにしておこう。誤差はあったとしても、せいぜい半年から一年だ。季節は夏の…

まず一杯の水をテーブルに

まず一杯の水をテーブルに

 高台の自宅のすぐ近くに階段がある。数えた人によると百三十段あるそうだ。風情のある階段とは言いがたい…

こうして居酒屋は秋になる

こうして居酒屋は秋になる

鯖の文化干し 豚の角煮 ゆ柚ず子白菜 鳥軟骨揚げ かま焼き えんどう豆 塩らっきょう ところてん 海…

栗きんとんと蒲鉾のあいだ

栗きんとんと蒲鉾のあいだ

 今年の夏は夏至の日に鰻を食べた。確か知人たちふたりといっしょに、三人で。僕は鰻ではなくてもよかった…

大瀧詠一追悼 僕があたえられた役割、書くということ 成瀬巳喜男をめぐる 第四回

大瀧詠一追悼 僕があたえられた役割、書くということ 成瀬巳喜男をめぐる 第四回

 ゆきこは辻という名前なのだと、ようやく僕は発見した。旅館の女性従業員が、ゆきこに呼びかけるとき、辻…

洋食屋から歩いて五分で古本屋

洋食屋から歩いて五分で古本屋

 中年の男性ひとり。年齢不詳という佳境にさしかかっているがゆえに、妙齢という言葉がまさにふさわしくな…

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男をめぐる 第三回

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男をめぐる 第三回

 平日の朝、ハルオは登校していく。彼以外にも子供たちが何人か歩いている。学校に向かっているのだ。そし…

料理本の思想

料理本の思想

 毎日の食事でいちばん大切なのは、おいしく食べることだと僕は思う。おいしい食べかたの具体策はさまざま…

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男をめぐる 第二回

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男をめぐる 第二回

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男をめぐる 第二回 『銀座…

一杯だけのコーヒーから

一杯だけのコーヒーから

 コーヒー豆のことは英語でもコーヒー・ビーンズと呼ばれている。しかしあれは豆ではない。コーヒーの木に…

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男『銀座化粧』を介して

大瀧詠一追悼 物語はこのように始まり、このように終わる 成瀬巳喜男『銀座化粧』を介して

 僕と大瀧詠一さんは三十年前に初めて会った。当時のFM各局でオン・エアされていた週に一度の二時間番組…

いきつけの喫茶店について

いきつけの喫茶店について

 その私鉄駅の北口へ出ると、すぐ目の前が横断歩道だ。それを渡り、右へいっても、そして左へいっても、ほ…

二〇一一年外国旅行おみやげめぐり

二〇一一年外国旅行おみやげめぐり

 二〇一一年の春先、まだ充分に寒かった頃、今年最初の外国旅行のおみやげをもらった。確かローマみやげだ…

風船ガムを求めて太平洋を渡る

風船ガムを求めて太平洋を渡る

 その年の九月初め、東京ドームでの日本プロ野球のナイト・ゲームは、ヤクルト対巨人だった。僕はTVをま…

暑い頃から急に寒くなった日まで

暑い頃から急に寒くなった日まで

 2020年3月23日に片岡義男の自宅の窓から撮影された満開の桜から始まり、8月の自宅近くの路地の写…

冬の寒さのなかを、ずっと遠くまで

冬の寒さのなかを、ずっと遠くまで

 コーヒーの向こうから、 「もう冬ですねえ」  と、彼が言った。  コーヒーとは喫茶店のコーヒ…

一歳の誕生日

一歳の誕生日

編集者の八巻美恵さんによる写真が四枚並べられています。つまり一歳の誕生日の写真は八巻さんが一歳の時の…

トマトを追いかける旅

トマトを追いかける旅

 ホノルル・ダウンタウンの西のはずれに、有無を言わせない日系の名称を持ったホテルが当時はまだあり、か…

写真を見る幸せ

写真を見る幸せ

編集者の八巻美恵さんが送ってきた八枚の写真を、片岡義男が見た順番に並べてあります。片岡義男は、その八…

99から甘くなる

99から甘くなる

「東京を撮る」の63回に続き、今回も連続性を感じさせる写真が並びます。バオバブなどのアフリカの素材を…

コーヒー・ショップ

コーヒー・ショップ

編集者の八巻美恵さんから送られてきた都立大学前のバス停から歩いたところで見つけたコーヒー・ショップの…

こんな写真も撮るのです

こんな写真も撮るのです

今回の「東京を撮る」の片岡義男撮影による写真は、「紙」であるという共通点があります。まずはクレール・…

オム牛カレーを食べたまえ

オム牛カレーを食べたまえ

9個のさくらんぼの写真から始まって、3つの時代の違うモンブランのインク瓶の写真、その中のひとつである…

まっ赤な空を見た

まっ赤な空を見た

片岡義男の馴染みの編集者であり、このシリーズでは準レギュラーと言っても良い八巻美恵さんから届いた写真…

リコラとグラウベル

リコラとグラウベル

もはや「東京を撮る」シリーズではレギュラーメンバーともいえるスイス生まれのハーブキャンディ「リコラ」…

砂糖とかき氷

砂糖とかき氷

「東京を撮る」、今回から少し構成が変わっています。まずメイプルシュガーの写真があり、続いてそれについ…

メモ帳とボールペン

メモ帳とボールペン

「メモ帳とは素晴らしい日本語だ」と片岡義男は言います。同様に「雑記帳」という言葉も素晴らしいと言い、…

撮りそこなったあの雨の日

撮りそこなったあの雨の日

 もう何年も前、なんの用事もないままに、羽田から飛行機に乗ってハワイへいってみた。写真家の友人がいっ…

ヴェジタブル・ブイヨン・キューブス

ヴェジタブル・ブイヨン・キューブス

ここで取り上げられているのはブイヨンのキューブです。そのキューブはそれぞれが銀紙に包まれていて、それ…

トゥナ・サンドイッチにコーヒー、そしてエルヴィスの歌

トゥナ・サンドイッチにコーヒー、そしてエルヴィスの歌

 ハワイでの仕事の途中、ヒロのリゾート・ホテルに一週間ほど滞在していたとき、退屈だから広い敷地を歩き…

林檎を初めて写真に撮った

林檎を初めて写真に撮った

テーブルの上にあった2個の林檎を、そのまま、天井のLED照明だけで撮影したという、片岡義男が初めて林…

彼女と別れて銭湯のあと餃子

彼女と別れて銭湯のあと餃子

 小田急線の下北沢から新宿へ。新宿から山手線で池袋まで。そしてそこから赤羽線という電車に乗って十条へ…

ネッコと再会した

ネッコと再会した

1847年に創業された老舗のキャンディメーカーによる、アメリカでも最も古い歴史を持つお菓子のひとつが…

残暑好日、喫茶店のはしご

残暑好日、喫茶店のはしご

 二十代の頃の僕は独身の極楽トンボで、フリーランスのライターとしていろんな雑誌に冗談のような文章を書…

フィービ・スノウのLPとCD

フィービ・スノウのLPとCD

アメリカのシンガーソングライターでありギタリストのフィービ・スノウ。彼女の1974年に発売されたデビ…

いつもなにか書いていた人

いつもなにか書いていた人

 地下鉄から階段を上がって交差点に出ると、七月なかば、暑い快晴の日の午後だった。僕は交差点を渡ってい…

写真を撮った午後

写真を撮った午後

片岡義男が、いつもそこで写真を撮っているという「直射光完全開放型写真撮影場」で撮影された、様々なモノ…

トマトにおけるファンタジーという日常

トマトにおけるファンタジーという日常

 トマトの原産地は南アメリカだという。そこからイタリアにもたらされたのは十六世紀のことだった。西暦一…

地獄を見においでよ

地獄を見においでよ

アラン・パーカー監督による1991年日本公開の映画「愛と哀しみの旅路」に使われている、昭和10年に発…

ナポリタンのある街

ナポリタンのある街

 京都の堺町三条にあるイノダコーヒー本店のメニューに、イタリアンという名のパスタ料理が載っている。注…

三軒茶屋のセールと積乱雲

三軒茶屋のセールと積乱雲

今回、掲載されているのは、片岡義男の旧知にして、この連載にも何度も登場している編集者、八巻美恵さんが…

トマトが僕を追いかける

トマトが僕を追いかける

 僕が最初に知ったトマトは、祖父の畑で夏になると実るトマトだった。年によって畑は違っていたという記憶…

ナポリタンのウィンドー・サンプルを探す旅

ナポリタンのウィンドー・サンプルを探す旅

 ずっと以前にアメリカで食べたステーキをいま思い出している。ステーキそのものではなく、そのかたわらに…

東京で飲むシードル

東京で飲むシードル

片岡義男がフランスから取り寄せたシードルが4品目6製品、そのラベルが撮影されています。それに、コルク…

沈んでいく日本、浮かび上がるナポリタン

沈んでいく日本、浮かび上がるナポリタン

沈んでいく日本、浮かび上がるナポリタン  ここにはかならずあるはずだ、と見当をつけたところに、…

内房線・館山駅に僕がいる

内房線・館山駅に僕がいる

今回紹介されている写真は一点のみ。しかも写真家の佐藤秀明氏が撮ったものです。しかもタイトルからも分か…

ケチャップの瓶を逆さに立てる

ケチャップの瓶を逆さに立てる

もっともアメリカらしい食事のしかたについて、ここでぜひとも書いておきたい。 食事の店で四人がテーブ…

オン・ロード

オン・ロード

 道路は、たしかに、きわめて日常的で陳腐な光景だ。  だが、ひとたびオートバイにまたがって走れば、…

御八つ、お三時、三時ですよ

御八つ、お三時、三時ですよ

 こうしてスパゲッティ・ナポリタンを初めて体験してからの僕が、なにかと言えば店でナポリタンを食べる子…

なんでも好きなものを食べたまえ

なんでも好きなものを食べたまえ

 僕にとっての日本はオキュパイド・ジャパン、つまり占領下の日本だった。一九四五年夏の敗戦からそれは始…

八巻美恵さんと篠原恒木さん

八巻美恵さんと篠原恒木さん

八巻美恵さんと篠原恒木さんという、片岡義男の旧知の編集者二人による、「写真を撮る」という行為が、いか…

かあちゃん、腹へったよう

かあちゃん、腹へったよう

 日本におけるケチャップの運命をたどるとき、立ち寄らずにすませることのできないもののひとつは、チキン…

小麦をどう食べるか

小麦をどう食べるか

 パスタは、小麦をどう食べるかという、人類にほぼ共通の普遍的な課題への、ひとまずの回答だ。小麦を栽培…

さらに届いた三枚の写真

さらに届いた三枚の写真

東京を撮る45『八巻さんから届いた写真』に続いて、今回も編集者八巻美恵さんが小豆島で撮った三枚の写真…

元帥とイタリア風のスパゲッティ

元帥とイタリア風のスパゲッティ

 一九四五年(昭和二十年)八月三十日、日本を占領する連合軍の総司令官、ダグラス・マッカーサー元帥とそ…

八巻美恵さんから届いた写真

八巻美恵さんから届いた写真

「東京を撮る」45回目はタイトル通り、片岡義男の旧知の編集者である八巻美恵さんから送られてきた小豆島…

いかなる理由でナポリタンなのか

いかなる理由でナポリタンなのか

 スパゲッティ、と片仮名で書いた一語がころんと目の前にある状態は、かなりのところまで不思議だ。目にし…

通訳は位置についたか

通訳は位置についたか

 早くも十年は前のことになるかと思うが、G5会議の様子が報道されるのを、僕はアメリカのTVニュースで…

対話をしない人

対話をしない人

 自分専用の固い枠の内側に守られ、そのかぎりにおいて安心して存在していることの出来る自分という人のあ…

ナポリタンをシェアしたくない昭和の子供

ナポリタンをシェアしたくない昭和の子供

 外寸で直径が六十五ミリ、高さはちょうど百ミリのスティール缶だ。プル・リングで開けることができる。二…

デュラム、セモリナ、アル・デンテ

デュラム、セモリナ、アル・デンテ

 私はスパゲッティが好き、と言うならその言葉の裏づけとして、『文化麵類学ことはじめ』(石毛直道著、一…

万年筆のインクを探す

万年筆のインクを探す

片岡義男が『万年筆インク紙』という本を書くにあたり、パーカーのインクについて調べた際に呼び起こされた…

日本の醬油をタレに使って焼きあげたハンバーガーは、キッコバーガーと言います。

日本の醬油をタレに使って焼きあげたハンバーガーは、キッコバーガーと言います。

 キッコバーガーという言葉を、つい最近、はじめて見た。ほほう、ついにやったかと、ちょっとした感銘のよ…

なぜそんなにミントなのか

なぜそんなにミントなのか

タイトル通り、これは片岡義男によるミントのコレクション。ミントが殊更好きなわけではないのに、被写体に…

ノートブックとポテトチップス

ノートブックとポテトチップス

ノートブックとポテトチップスという組み合わせには普遍性のようなものがある、と考えた片岡義男による、N…

昔のカレッジ・ボーイたちは、昔ふうの顔をして昔ふうのことを楽しんでいた、というお話。

昔のカレッジ・ボーイたちは、昔ふうの顔をして昔ふうのことを楽しんでいた、というお話。

 一九五〇年代アメリカの大学生たちのあいだに大流行した、パンティ・レイドを知っているだろうか。知らな…

「真珠湾」よりも大切なこと

「真珠湾」よりも大切なこと

いま必要なのは“言葉の関係”に入ること  ハワイのオアフ島、真珠湾のアメリカ軍基地を、日本軍が奇襲…

日本の女性たちがアメリカについて書いた本をていねいに読むと面白い。ぜひ読んでみてください。

日本の女性たちがアメリカについて書いた本をていねいに読むと面白い。ぜひ読んでみてください。

 なんらかのかたちでアメリカをテーマにした、日本人の著者による本が、日本でたくさん刊行されている。こ…

僕にはレモネードをください

僕にはレモネードをください

レモネードという言葉を知って以来、数十年経って初めて日本語でレモネードという言葉を聞いたという片岡義…

なぜ写真に撮るのか

なぜ写真に撮るのか

タイトルの「なぜ写真に撮るのか」は、何故、片岡義男はこんな風に写真を撮るのかについての説明を意味して…

音楽ではないレコードにきざんである溝に、アメリカの心意気をいまでも見つけることができる。

音楽ではないレコードにきざんである溝に、アメリカの心意気をいまでも見つけることができる。

 アメリカのレコード店には、音楽ではないレコードの一角が、かなり大きくとってある。朗読のレコード、ド…

日本の夏の夜、ディズニーランド・レコードを聴いてすごした二時間。ミッキーもドナルドも、みんな元気だった。

日本の夏の夜、ディズニーランド・レコードを聴いてすごした二時間。ミッキーもドナルドも、みんな元気だった。

 梅雨が明けた。急に暑くなった。日本の夏だ。素晴らしい。湿気が、じつにいい。独特の重さをたたえたこの…

白い縫いぐるみの兎

白い縫いぐるみの兎

 一九四五年の二月の後半、五歳の子供だった僕は、両親とともに東京駅から汽車に乗り、途中で一度も乗り換…

リコラ

リコラ

「東京を撮る」の連載では、『リコラの六色』で主役を務めたスイスのハードキャンディ「リコラ」が再び登場…

写真に撮ってみた

写真に撮ってみた

38回目の「東京を撮る」は、ブツ撮りとはどういうことかを、写真と文章で丁寧に説明してくれているようで…

僕はこうして日本語を覚えた

僕はこうして日本語を覚えた

 日本で育っている子供は、その子供をいつも取り巻いている日常のなかで、日本語を覚えていく。身辺にいる…

風がそこに吹いている

風がそこに吹いている

1  そこにいるのは自分ひとりだけという他に人のいない状態を寂しいと言うなら、それはlonesom…

僕はチャーリー・ブラウンなのだから

僕はチャーリー・ブラウンなのだから

 僕が『ピーナッツ』を読み始めたのは、一九五六年ないしは一九五七年のことだった。どちらの年だったにせ…

TVの記憶をふたつ

TVの記憶をふたつ

 当時の僕の仕事場はたいそう快適だった。東の端にあった階段を二階へ上がり、まっすぐの廊下を西へ向けて…

あるのか、ないのか

あるのか、ないのか

 ある、という日本語について考えてみた。問題とされているその物がどこかに存在していることを、ある、と…

電車に乗れば英語の勉強

電車に乗れば英語の勉強

 平日の午後、いつもの私鉄の電車に乗る。空いている時間だから座席にすわり、ぼんやりしていると、車掌の…

『ピーナッツ』を語る 一生もののつきあい

『ピーナッツ』を語る 一生もののつきあい

『ピーナッツ』の連載が始まったのは一九五〇年十月二日だったという。アメリカ各地の七つの新聞に、『ピー…

午後五時の影

午後五時の影

 ぽっちゃり、という日本語をなんとか英語で言うことは出来ないか、と考えた時期があった。いまから二十年…

今日この頃だから

今日この頃だから

今回の「東京を撮る」は、写真に撮ることを前提とした片岡義男の日常のエッセイになっています。ある意味、…

すでにそうなってそこにある

すでにそうなってそこにある

 一九四九年に製作された『黄色いリボン』というアメリカの西部劇が日本で公開されたのは一九五一年、昭和…

『ピーナッツ』の日めくりカレンダー

『ピーナッツ』の日めくりカレンダー

『ピーナッツ』の日めくりカレンダーをもう何年も使っている。いまこれを書いているワープロのある小さなデ…

英字表記による日本語

英字表記による日本語

 二〇一七年の五月だった、と思う。町田の東急百貨店の東側の建物の正面に回廊から入ると、そこはその建物…

日常的な日本語の語句の、きわめて勇敢な英訳

日常的な日本語の語句の、きわめて勇敢な英訳

 僕はうれしい。なぜかと言えば、じつに素晴らしいからだ。これを喜ばずにいることが出来るだろうか。慶事…

WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFF

WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFF

 一九五六年の年末に近い時期に、板橋区にいまでもある大山銀座という商店街で撮影された一点の白黒の写真…

パーマの帝国

パーマの帝国

「パ」と「マ」のふたつの片仮名に、音引きの縦棒「ー」を一本加えて作る「パーマ」という言葉は、まだ充分…

本を読む人

本を読む人

書評と言っても良いくらいしっかりと書かれた本に関するエッセイと、その本の写真による「本を読む人」の東…

読売新聞、金曜日夕刊

読売新聞、金曜日夕刊

1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えてい…

珈琲に呼ばれた

珈琲に呼ばれた

1「旅と、音楽と、珈琲と」 『珈琲が呼ぶ』という本は二〇一八年の一月に発売された。編集を担当して一…

白いプラスティックのフォーク

白いプラスティックのフォーク

 ボール紙の箱の側面に「フォークス」と赤い英文字が内容を明記している。「フォーク」の複数だ。重苦しい…

昼寝のあとのポッキー

昼寝のあとのポッキー

 いつも使っている私鉄の、普段は降りることのない駅で降りた僕は、きれいに晴れた気持ちの良い午後、駅前…

小説のなかの食事

小説のなかの食事

 永井荷風の『濹ぼく東とう綺き譚たん』には妙な導入部がある。導入部と言うか助走路と呼ぶべきか、小説の…

残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮

残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮

 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、…

マンゴの似合う手

マンゴの似合う手

 平日の夜十時前に、近くのスーパーマーケットでマンゴをひとつ買った。千三百円だった。完璧に熟した、た…

ふたりの友人たちが撮った

ふたりの友人たちが撮った

タイトル通り、二人の片岡義男の友人が撮った写真が6枚づつ、12枚の写真が並びます。友人とは、この連載…

ジェロについて書くとは思わなかった

ジェロについて書くとは思わなかった

 ジェロを覆すものを僕はいまだに知らない。  ジェロについて書こうと思い、どんなふうに書いたらいい…

ジェリー・ビーンズに紫色がない!

ジェリー・ビーンズに紫色がない!

 ほんのちょっとした玩具のつもりで、ジェリー・ベリーというアメリカのジェリー・ビーンズを買ってみた。…

体に悪い日本語

体に悪い日本語

 体に悪い食べ物、というものは確かにあるようだ。ごく普通の食べ物だと思われていて、多くの人が日常的に…

自殺するマヨネーズ

自殺するマヨネーズ

 日本の企業が作って売り出したヴィニールのチューブ入りのマヨネーズ、というものを初めて手にしたのはい…

マヨネーズ、という一語で終わる本

マヨネーズ、という一語で終わる本

 リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』は、デル・ブックスというペーパーバック叢書のローレ…

日本におけるマヨネーズ階層

日本におけるマヨネーズ階層

 英文字で正しく綴られたマヨネーズという言葉を、マヨンナイセと読んでそのとおりに音声にした人を、いま…

いつ頃の三軒茶屋ですか

いつ頃の三軒茶屋ですか

2008年の三軒茶屋を、片岡義男は主にズームレンズの望遠側を用いて撮影した、その記録です。望遠側で撮…

リアル・マヨネーズの473ミリ・リットル

リアル・マヨネーズの473ミリ・リットル

 ベストフーズのマヨネーズを久しぶりに買った。ガラスの瓶に入っている。瓶の胴体に紙のラベルが巻いてあ…

焼き餃子とタンメンの発見

焼き餃子とタンメンの発見

 焼き餃子とタンメンは、東京・大田区の町工場地帯が発祥の地だと、ごく最近、人から聞いた。その人は戦後…

白い皿の朝食

白い皿の朝食

 僕は目を覚ます。ベッドのなかだ。窓のない寝室はほの暗い。ほの暗い寝室というものは、時間の推移に沿う…

祟りとハンカチとマスタード

祟りとハンカチとマスタード

 二〇〇四年十月二十日のアメリカン・リーグ優勝決定戦で、ニューヨーク・ヤンキーズはボストン・レッドソ…

まっ赤なトマトの陽焼けした肩

まっ赤なトマトの陽焼けした肩

 トマトは何色ですか、といま人に訊けば、その色は赤です、という答えが返ってくるだろう。年齢が下がるほ…

サンドイッチとアメリカの理念

サンドイッチとアメリカの理念

『ディア・ハンター』というアメリカ映画のなかに、いまでも忘れていない、きわめて興味深い場面がひとつあ…

ナポリへの旅

ナポリへの旅

 スパゲッティ・ナポリタン、という呼び名の料理が、かつて日本にあった。あるいは、いまでもまだある、と…

父親に間違えられた僕

父親に間違えられた僕

 いまから三十年以上前、僕は僕の父親に間違えられたことがある。僕を僕の父親だと思った人がいたのだ。 …

トンカツと生卵の小説

トンカツと生卵の小説

 一九七五年あるいは七六年。場所は銀座の文壇バーのひとつ。そのバーの名前も場所も、僕は記憶していない…

スープはどうなさいますか

スープはどうなさいますか

 いまの日本のどこへいっても、そこにはスーパーがある。片仮名書きされたスーパーという言葉はもうとっく…

玩具として買うには面白い

玩具として買うには面白い

 ハーシーの板チョコ、というものがいまでもある。あるどころではない、それこそ日本全国津々浦々のスーパ…

トリス・バー。バヤリース・オレンジ。バッテンボー

トリス・バー。バヤリース・オレンジ。バッテンボー

 バッテンボー、という言葉は死語だろうか。老いも若きも、日本じゅうどこへいっても、誰もがこの言葉を口…

砂糖は悲しいものだった

砂糖は悲しいものだった

「三歳、四歳、五歳の頃は、家のなかでしょっちゅう迷子になってたのよ。でも、小学校に上がってからは、そ…

「四角い食事」とは、なにか

「四角い食事」とは、なにか

 スクエア・ミールという英語の言葉を日本語に直訳すると、四角い食事、ともなるだろう。一般に市販されて…

それはいまもこの黄色なのか

それはいまもこの黄色なのか

 二十代の前半から後半にかけての数年間、キャンベルの缶詰スープをしばしば食べた、という記憶がかすかに…

東京オムライスめぐり

東京オムライスめぐり

 オムライスを一度だけ食べた記憶がある。昭和二十一年、あるいは二十二年、絵に描いたようなただの子供だ…

東京のハードな日々

東京のハードな日々

 残暑はとっくに終わっている季節の、しかしひどく暑い晴天の日、水曜日の午後三時すぎ。東京・内神田のた…

豆腐屋はいまもまだある

豆腐屋はいまもまだある

 子供の頃から三十年近くにわたって住んだ世田谷のその一角には、いつも利用する私鉄の駅を中心にして商店…

あほくさ、と母親は言った

あほくさ、と母親は言った

 僕には母親がひとりいる。日常的な日本語では、産みの母、と言われている。英語ではバイオロジカル・マザ…

義男の青春と別離

義男の青春と別離

 十一月十五日、快晴の平日、午後三時から四時のあいだ、僕は京都の三月書房にいた。友人たちふたりがいっ…

南日本新聞のあれやこれや

南日本新聞のあれやこれや

僕におけるもっともらしさ  かつて南米のペルーから日本へ数多くの男性たちが仕事をしに来ていた。彼ら…

そうか、きみは島へ帰るのか

そうか、きみは島へ帰るのか

 ハワイから日本へ戻ることにきめた数日後、親しい日系の二世の男性が、So. You are goin…

三点ずつ、ふたとおり

三点ずつ、ふたとおり

ピアニストであり、エルヴィス・コステロの妻でもあるダイアナ・クラールのCDが三枚、Turn Up T…

撮りなおした三点の写真

撮りなおした三点の写真

今回の「東京を撮る」は、片岡義男は、どのような写真を撮りたいのかについて書かれていて、その実例として…

リコラの六色

リコラの六色

スイスで1930年に創業されたリコラのハードキャンディが、今回の主役です。片岡義男が自ら発見した、多…

パペーテ空港の夜

パペーテ空港の夜

 晴れた日の午後一時すぎにホノルル空港のはずれから飛行機に乗った。小型のプロペラ機、という言いかたの…

ハッピーコートの銀座

ハッピーコートの銀座

 法被あるいは半被と書いてハッピと読む。日本語だ。下級武士が多く着用していたという。その様子はひとつ…

古書店で『映画の友』を買い集める

古書店で『映画の友』を買い集める

『映画の友』という雑誌があることは、子供の頃から知っていた。自分ひとりで書店に入るようになってからだ…

ほんの一瞬がポートレートとして後世に残る

ほんの一瞬がポートレートとして後世に残る

 リチャード・フォードの『ワイルドライフ』は買ってあった。探したらすぐに見つかった。一九九一年にロン…

タイプライターで原稿を書くとき

タイプライターで原稿を書くとき

 写真に撮られたアーネスト・ヘミングウェイは何点も見た。すべて記憶は曖昧だが、一点だけいまでもはっき…

あの道がそう言った

あの道がそう言った

白く輝く雲へ  まだ梅雨だがその日は、梅雨明けの初日のように、素晴らしい晴天だった。小田急線の上り…

身辺に猫を増やしたい

身辺に猫を増やしたい

 前足をそろえて体をのばし、おそらくミルクをくれた人を、大きな目を見開いて、賢そうに見上げているほう…

僕の日本語がなぜつうじるのか

僕の日本語がなぜつうじるのか

 アメリカの爆撃機による東京の空爆を逃れて、山口県の岩国にいた僕は、一九四五年八月六日の朝、友人の家…

僕の父親はDadだった

僕の父親はDadだった

1  自分のことをDadと呼べ、と父親がはっきりと僕に言ったときのことを、遠い思い出ではあるけれど…

1957年のラブ・ミー・テンダー

1957年のラブ・ミー・テンダー

 下北沢のあの映画館の名称をついに思い出した。下北沢映画劇場だ。かつての下北沢駅の北口を出て道幅の狭…

エルヴィスから始まった

エルヴィスから始まった

『エルヴィスから始まった』(『ぼくはプレスリーが大好き』改題)を電子書籍として無償公開しています。縦…

チェックアウトはいつでも出来る

チェックアウトはいつでも出来る

 一九七一年にリンダ・ロンシュタットのバンドとして彼女とツアーに出ていたとき、自分たちのバンドを作ろ…

手巻き、という種類の時間

手巻き、という種類の時間

 アメリカにハミルトンという時計会社がある。ここが製造している腕時計にカーキーというシリーズがあり、…

男性雑誌はアメリカ文化への憧れの教科書だった、という課題

男性雑誌はアメリカ文化への憧れの教科書だった、という課題

「男性誌はアメリカ文化の教科書だった」という課題をもらった。生徒である僕はこの課題で作文を書かなくて…

僕は万年筆で書きたくなった

僕は万年筆で書きたくなった

 仕事として僕が文章を書き始めたのは二十一歳からだ。それから十三、四年後には小説を書く人となった。ワ…

ソリュブルと名を変えていた

ソリュブルと名を変えていた

 その広いスーパーマーケットの半分は「奥」と言っていいスペースで、そこには棚がたくさんあった。ほどよ…

幸せと才能の関係の物語

幸せと才能の関係の物語

「ハリーだってよ」  と自分が言ったのを、いまでも僕は覚えている。レコード店のなかで友人に言ったの…

What's he got to say?

What's he got to say?

 No Direction Homeは二〇〇五年にマーティン・スコセッシのコピーライトになっているド…

レノン。ディラン。プレスリー

レノン。ディラン。プレスリー

ボブ・ディランの日めくりカレンダー、片岡義男も翻訳に携わった『絵本ジョン・レノンセンス』と、その原書…

入ってみよう、とお前が言った

入ってみよう、とお前が言った

 私鉄駅南口から歩いて五分の小さなバーだ。その小ささの隅々まで、バーらしさがいきわたっていた。バーら…

なぜ、そんな写真を撮るのか

なぜ、そんな写真を撮るのか

 残暑がついに終わろうとしている、よく晴れた平日の午後、下北沢の喫茶店で僕が落ち合ったのは、ひとりの…

あの路地にいまも昔の自分はいるか

あの路地にいまも昔の自分はいるか

 神保町の三省堂の前を西へ通り過ぎ、左の脇道に入ってすぐ右側、すずらん通りへ出る手前に、西へのびる短…

ビートルズ詩集とはなにか

ビートルズ詩集とはなにか

 久しぶりに会う友人の編集者は、僕が知っているとおりの彼だった。雰囲気、身のこなし、表情、そして笑顔…

ザ・ビートルズから届いた

ザ・ビートルズから届いた

 ここにあるこのビートルズの写真には、4人のサインがしてある。彼らに詳しい人の鑑定によると、このサイ…

世界はただひとつ

世界はただひとつ

 太平洋でのアメリカとの戦争をめぐって、もう戦争は終わりにしようと言う一派と、徹底的に戦って最後には…

イマジン、のひと言につきた

イマジン、のひと言につきた

 ジョン・レノンの名前を見たり聞いたり、あるいは彼についてふとなにかを思ったりするとき、僕はまっ先に…

ウェスト・エンドの都市伝説

ウェスト・エンドの都市伝説

 神保町の古書店で僕がアメリカのペイパーバックスを古書で買ったのは、ごくおおざっぱに言って、一九六〇…

浅野温子そして薬師丸ひろ子

浅野温子そして薬師丸ひろ子

 二年前の二○一四年が僕にとっての小説四十周年だった。『野性時代』の創刊号に最初の短編小説を書いてか…

そのうしろに浅丘ルリ子が立っている

そのうしろに浅丘ルリ子が立っている

 赤木圭一郎が日活に残した数少ない主演作のなかに、「拳銃無頼帖」という副題を持ったシリーズ作品が四作…

僕の肩書は「お利口」

僕の肩書は「お利口」

 その日の僕は中学校三年生だったと思う。いまから何年前だろう。原節子が女優として現役だった頃、という…

豪徳寺・世田谷

豪徳寺・世田谷

この東京を撮るシリーズにも、片岡義男の短編小説にも何度も登場する小田急線の豪徳寺駅から世田谷線山下駅…

テキサス州シュガーランドから届いた

テキサス州シュガーランドから届いた

テキサス州シュガーランドから届いた、多分CDが送られてきたであろうクッション入りの封筒、日本の老舗メ…

やや絞ってあります

やや絞ってあります

今回の3枚の写真は、2020年1月29日の14時13分から23分までの10分間の間に撮影されたもので…

バウンティでメンソレータムにヒット!

バウンティでメンソレータムにヒット!

今回の三題噺は、アメリカ製なのにフランス語のパッケージのキャンディバーの包み紙、昔ながらのメンソレー…

これも三題噺か

これも三題噺か

「東京を撮る」の新展開第二弾は、前回同様の三題噺的な構成ですが、更にひと捻りあります。最初の一枚には…

梅雨の日に傘をさして学校へいったら

梅雨の日に傘をさして学校へいったら

 東京から山口県の岩国へ、そしてそこから広島県の呉へ。戦後に小学生となった僕は、呉に移ったとき五年生…

それをマヨネーズ・ブックと称したい

それをマヨネーズ・ブックと称したい

 一九七二年の確か七月だったと思う。三十代の前半に入ったばかりの僕は、ホノルルのダウンタウンで定宿に…

鮎並の句を詠む

鮎並の句を詠む

 鮎並と書いて、あいなめ、と読むらしい。当て字だろう。電車のなかに吊ってあった清酒の広告で、初めて知…

ミッキーマウスの両耳

ミッキーマウスの両耳

 ミッキーマウスをふたつ買った。ふたり、と言うべきか。ひょっとして、二体か。あるいは、二匹。上半身の…

秋の雨に百円の珈琲を

秋の雨に百円の珈琲を

 十月初めの平日、雨は朝から降っていた。昼前に窓から外を見たら、雨はやんでいた。たたんだ傘を持って人…

これは三題噺か

これは三題噺か

経堂の食べ物店の料理サンプルのウィンドーにある「日本のすべて」がある風景。自宅二階のベランダから撮影…

スヌーピーの漫画『ピーナッツ』全集は読むだけでライフワークになる

スヌーピーの漫画『ピーナッツ』全集は読むだけでライフワークになる

表紙を見て僕の今年が始まった 『ピーナッツ』の日めくりカレンダーを今年も手に入れた。  昨年と一…

スヌーピーと旅したアメリカ6000マイル

スヌーピーと旅したアメリカ6000マイル

 ふつう、ぼくは、人形と名のつくいっさいのものに対して、興味を持たない。嫌いなのではなく、人形はじっ…

大人になっても手放せないものはありますか?

大人になっても手放せないものはありますか?

世界で有名になったライナスの毛布  PEANUTSの日めくりカレンダーを僕は今年の1月1日から使っ…

長いつきあいはまだ続く

長いつきあいはまだ続く

「ピーナッツ」のコミック・ストリップを最初に読んだのは、まだ子供だった頃だ。父親の仕事の関係で、アメ…

「過去の栄光にひたる」を英語で言えますか?

「過去の栄光にひたる」を英語で言えますか?

凧揚げにまつわる基礎英語 『ピーナッツ』の日めくりカレンダーを今年の1月なかばから使っている。今日…

あの夏、僕はチャーリー・ブラウンと同じ服を着てすごした

あの夏、僕はチャーリー・ブラウンと同じ服を着てすごした

代田一丁目のチャーリー・ブラウン  チャーリー・ブラウンがその上半身にほとんどいつも着ているのは、…

スヌーピーはハウンド・ドッグだった

スヌーピーはハウンド・ドッグだった

『これがアメリカだよ、チャーリー・ブラウン』という、全八巻のヴィデオ・シリーズがある。チャーリー・ブ…

ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ

ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ

 古風で頑丈なその玉突き台は、徹底的に使いこまれたものだった。横が四フィート、縦が八フィートの台をと…

クロスワード・パズルの楽しさが、ぼくを離してくれない

クロスワード・パズルの楽しさが、ぼくを離してくれない

 ぼくは、クロスワード・パズルについて書くのを忘れていた。  だから、クロスワード・パズルについて…

カレーライス漂流記

カレーライス漂流記

2016年10月から毎週、1年間に渡って夕刊フジに連載されていたカレーライスを題材にした短い文章をま…

つい、こないだ

つい、こないだ

下北沢南口商店街を写真で再現した中学生時代に始まって、しかし、その写真を捨て「過去はない」と言った2…

なりにけらしな京都

なりにけらしな京都

2018年に片岡義男が、篠原恒木、八巻美恵と共に何度か京都に赴いた、その日帰りの旅の様子を中心にした…

代田2丁目19あたり

代田2丁目19あたり

2019年9月13日の午後に、世田谷代田駅を地上に出て、駅前からかつて片岡義男氏が住んでいた代田2丁…

友だちの家で食べた

友だちの家で食べた

 友だちの家で初めて食べたものが、僕には多いような気がする。印象が強く残り、したがっていまでもよく覚…

酸っぱい酸っぱい黄色い水

酸っぱい酸っぱい黄色い水

 戦後の小学校で僕より学年で一年だけ下だった男性が、小学校で体験した給食について、かつて僕に語ってく…

昔から知っているこの三人

昔から知っているこの三人

 サン・メイドというブランド名の干し葡萄が僕の子供の頃からある。これはいいおやつだった。カリフォルニ…

銀の鱗に陽ざしを受けて

銀の鱗に陽ざしを受けて

 銀鱗煮干し、というものを七百グラム、いま僕は片手に持っている。ポリエチレンの透明な袋に入っている。…

チャーリーが作ってルーシーが食べる

チャーリーが作ってルーシーが食べる

 アメリカ各地の新聞に連載されていたチャールズ・シュルツの『ピーナッツ』は、一九五三年のある日、横に…

あのトースターの謎を解く

あのトースターの謎を解く

 一九五十年代のなかばに自宅で使っていたトースターを、解けないままに残ったひとつの小さな謎として、い…

チャタヌーガ・チューチュー

チャタヌーガ・チューチュー

 朝のまだ早い時間なのに、居間はもう暑かった。陽がさしこんだりはしないのだが、むっとするような空気が…

あのときの日本といまのこの日本

あのときの日本といまのこの日本

 もっとも効果的な戦いかたは、日本軍の本土である日本を直接に爆撃することではないか。日本を相手におこ…

『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)

『東京五人男』一九四五年(昭和二十年)

 一九四五年の七月、日本に対して連合国側から、降伏してはどうかという勧告があった。ポツダム宣言だ。日…

『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)

『ハナ子さん』一九四三年(昭和十八年)

 映画の冒頭、タイトルよりも先に、「撃ちてし止まむ」という言葉が画面に出る。この言葉を僕は知っている…

『さようならの季節』

『さようならの季節』

一九六二年一月/日活〔監督〕滝沢英輔〔出演〕浜田光夫・香月美奈子 他 『さようならの季節』は一九六…

『上を向いて歩こう』

『上を向いて歩こう』

一九六二年三月/日活〔監督〕舛田利雄〔出演〕坂本九・浜田光夫 他  中村八大の作曲、永六輔の作詞、…

瀬戸の潮風、うどんの香り

瀬戸の潮風、うどんの香り

 岡山県の宇野と四国の高松を結んでいた宇高連絡船に僕が初めて乗ったのは、三十代のちょうどなかばだった…

海苔を巻いたおにぎりの謎

海苔を巻いたおにぎりの謎

 つい先日、残暑が続く平日の午後、いつもの私鉄の電車に乗って、僕は新宿に向かった。空いている席があっ…

僕はチェリーを忘れてた

僕はチェリーを忘れてた

 東京でいちばんおいしいピッツアの店、と僕がいつも言っているピッツアの店で、何とおりかの前菜のあと、…

ご飯のおかずが、ご飯

ご飯のおかずが、ご飯

「こうしておいしい料理を次々に食べて、ワインの酔いもほどよくまわってくると、頭のずっと奥の片隅に、気…

占領とヌードル・スープ

占領とヌードル・スープ

 小さな空き箱がひとつあれば、それを道具にして子供はさまざまな遊びを工夫することが出来る。空き箱では…

オカズヤのオイナリサン

オカズヤのオイナリサン

 稲荷ずしは子供の頃からよく知っている。好きな食べ物のひとつだ。スティームド・ライスを食する方法とし…

トマト、胡瓜、豆ご飯、薩摩芋

トマト、胡瓜、豆ご飯、薩摩芋

 自分のところの畑の一角には夏にはトマトが実った。海へいく途中でその畑の近くをとおるなら、寄り道をし…

大変なときに生まれたね

大変なときに生まれたね

 推理小説作家の横溝正史さんは、夏を軽井沢の別荘で過ごしていた。確か一九七五年の夏、横溝さんにインタ…

明日への希望は社会の財産

明日への希望は社会の財産

 一九六二年に公開された日活映画『キューポラのある街』で、若い女優としてまず最初の頂点をきわめた頃の…

鉛筆を削るとき

鉛筆を削るとき

 僕は鉛筆を削るのが好きだ。ひとりで鉛筆を削っているときの自分の状態を、僕は好いている。鉛筆を削るこ…

ささはらおうだんほどうきょう

ささはらおうだんほどうきょう

東京を撮る21で、横断歩道橋を忘れていたことに気がついた流れなのか、今回のテーマは千歳船橋の駅から歩…

夕食までの一時間

夕食までの一時間

2019年8月8日の経堂。駅を出て、夕食の約束のある店までの道のりを撮影して歩いた1時間の記録が、今…

玉川学園から町田へ

玉川学園から町田へ

町田の写真を撮るために、最寄り駅である玉川学園駅へと向かう片岡義男氏は、新しいカメラである富士フイル…

提灯の玉川学園

提灯の玉川学園

2019年の夏、かつて撮影した記憶はあるものの、これまでキチンと向き合っていなかった、提灯のある風景…

世田谷3丁目から東へ、2019年6月21日

世田谷3丁目から東へ、2019年6月21日

これまでのCANONのG1Xマーク2から、富士フィルムのX-E3に18-55のズームレンズという装備…

町田、2019年

町田、2019年

今回の「東京を撮る」は、「東京を撮る16  経堂、2019年」の約二週間後、同じ2019年の6月に町…

経堂、2019年

経堂、2019年

今回の「東京を撮る」は感度調整の機能が故障したらしいフジ・フィルムのX30というデジタルカメラで撮影…

世田谷代田・経堂、2019年

世田谷代田・経堂、2019年

2019年5月の、地下ホームへと移行を済ませた小田急線世田谷代田駅のホームから始まって、かつての商店…

松陰神社前、2018年

松陰神社前、2018年

「東京を撮る」、今回は2018年9月の松陰神社前の風景です。かなり前に、もう一度ここに来て写真を撮る…

僕の国は畑に出来た穴だった

僕の国は畑に出来た穴だった

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──ペシミズムを越えようとしていいのか」 …

町田5、2018年

町田5、2018年

シリーズ第13回、町田編の5回目になる今作は、2018年6月7日15時50分から同日16時37分まで…

パーマの看板

パーマの看板

今回の「東京を撮る」は、これまでの「場所」にフォーカスしたものとは違い、現在の日本で失われようとして…

町田4、2018年

町田4、2018年

階段を上がる。なじみの喫茶店。冒頭の描写に対応するように、写真にも階段が多く映し出される。「お2階へ…

旗の台、2018年

旗の台、2018年

歩き続けた町田からいったん離れて片岡義男氏は、東急池上線へと足を伸ばします。旗の台の喫茶店で同行者た…

町田3、2018年

町田3、2018年

片岡義男氏の愛用するカメラの故障から始まります。撮影中に故障がどのような微妙なタイミングで起きるか、…

オリンパス・OM-2N

オリンパス・OM-2N

 今回の四点の作例のうち一点は、僕自身を撮影した写真だ。僕が自分で撮った。一昨年の秋まで二十年も住ん…

ミノルタ・SR-T101

ミノルタ・SR-T101

 外付け式の露出計といっしょに、ミノルタのSR–1を買ったのが半年ほど前だ。SR–1には前期型と後期…

リコー・XR6

リコー・XR6

 女性の脚がある光景の写真は銀座で撮った。歩道を歩いていたらこの光景が見えた。だから僕はそれを写真に…

コニカC35

コニカC35

 コニカC35が発売されたのは、昭和四十三年だという。その頃の僕は、どうやら大人になっていた。しかし…

ニコン・ニューFM2

ニコン・ニューFM2

 ニコンのニューFM2を僕が手に入れてから、十年になるだろうか。なぜ買う気になったのか、いまはもう記…

ヤシカ・エレクトロ35MC

ヤシカ・エレクトロ35MC

 ヤシカ・エレクトロ35というシリーズのなかの、このMCという機種を、僕は一年前に初めて見た。中古写…

ペンタックス・スーパーA

ペンタックス・スーパーA

 夏の終わりも近いある日の午後、僕はペンタックスのスーパーAという一眼レフを持って、撮影散歩に出た。…

ミノルタXG-E

ミノルタXG-E

 先月号ではニコンのFGについて僕は書いた。五月のある晴れた日の午後、多摩川の東側に位置する小田急線…

ニコンFG

ニコンFG

 F3。FA。FM。FM2。FE。FE2。自分が使うニコンという意味で、以上の六機種があれば僕には充…

キヤノンAE-1

キヤノンAE-1

 写真家の佐藤秀明さんは、僕にとって直接的なかたちでの、写真に関しての唯一のお師匠さんだ。写真につい…

大リーグを象徴するあの食べ物が、日本のカフェに進出している!?

大リーグを象徴するあの食べ物が、日本のカフェに進出している!?

いつものカフェで受けた衝撃  昨年のいま頃、九月なかば、午後六時三十分でもうこんなに暗いのかと思い…

古書の世界では東京と江戸、戦後と戦中がフラットにつながっている

古書の世界では東京と江戸、戦後と戦中がフラットにつながっている

三千冊の古書の題名が並ぶ目録  駿河台下の交差点の北東側、明大通りから入った道に小川町郵便局があり…

サブカルチャーの教祖と呼ばれた男が自宅に常備していた物とは?

サブカルチャーの教祖と呼ばれた男が自宅に常備していた物とは?

書斎でくつろぐ植草甚一  本のページに印刷された六センチ四方ほどの大きさのカラー写真をいま僕は四倍…

日本人なら誰もが知っているあの曲は、海を越えてカバーされていた

日本人なら誰もが知っているあの曲は、海を越えてカバーされていた

なぜか聴くと長方形をイメージする曲 「荒城の月」という歌のオリジナル、つまり後年に山田耕筰が編曲し…

20年以上前の館山駅で撮影された写真に映りこんでいたものとは?

20年以上前の館山駅で撮影された写真に映りこんでいたものとは?

ある日、一枚の写真が届いた  A4のコピー用紙にカラー・プリントしてある。ごくカジュアルなプリント…

歴史上、初めてコーヒーを飲んだ日本人はいったいどこの誰か

歴史上、初めてコーヒーを飲んだ日本人はいったいどこの誰か

初のコーヒーは出島にやってきた  日本で最初にコーヒーを飲んだ人はどんな人だったのか。その人が初め…

世界で最も有名な青春小説の主人公を絵に描くとどうなるか?

世界で最も有名な青春小説の主人公を絵に描くとどうなるか?

60年前にホールデンと出会った  シグネット・ブックスというペイパーバックの叢書がアメリカにある。…

珈琲が呼ぶ

珈琲が呼ぶ

「珈琲が呼ぶ」というタイトルが正に相応しい。珈琲に呼ばれて、そこから思考を縦横に伸ばしていくエッセイ…

手掛かりは56年前のレコードだけ…当時大ヒットした「楽団」の謎

手掛かりは56年前のレコードだけ…当時大ヒットした「楽団」の謎

謎めいた楽団のレコードとの出会い  演奏者の名前が、アンリ・ド・パリ楽団、となっている国内盤の7イ…

ハワイ土産に8ミリフィルム!? あの頃、映画とは何だったか

ハワイ土産に8ミリフィルム!? あの頃、映画とは何だったか

映画とは光である  映画の科学的なからくりについては、子供の頃からよく知っていたような気がする。 …

ネットで注文した映画のDVDは、なぜなかなか開封されないか

ネットで注文した映画のDVDは、なぜなかなか開封されないか

映画を所有する  レナード・マーティンのMovie Guideという本に収録された映画は、10年前…

あとがき(リンク版)

あとがき(リンク版)

「ぼくは〈あとがき〉を書くのが大好き。〈あとがき〉を考えると次回作への期待とアイディアでいっぱいにな…

ヴァージニア・ケリーの死

ヴァージニア・ケリーの死

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

ヒラリー・ロダム

ヒラリー・ロダム

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

ラディカルさの筋道

ラディカルさの筋道

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

アメリカ国内文脈ではなく、世界文脈の英語を

アメリカ国内文脈ではなく、世界文脈の英語を

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」 に収録され…

現実のしがらみと「私」

現実のしがらみと「私」

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」 に収録され…

頭のなかが日本語のままの英語

頭のなかが日本語のままの英語

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」 に収録され…

町田2、2018年

町田2、2018年

前回に続き、2018年の町田、その2です。その冒頭エッセイで片岡義男氏は「被写体にはかなわない」と語…

「彼らはとにかく頑固だよ」

「彼らはとにかく頑固だよ」

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

「モースト・インポータント」とは?

「モースト・インポータント」とは?

この作品は、『日本語の外へ』「第2部 日本語──世界とは母国語の外のこと」 に収録され…

小さく三角形に折りたたんだ星条旗

小さく三角形に折りたたんだ星条旗

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

「神の目から見れば」

「神の目から見れば」

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

ウエイ・オヴ・ライフを守る

ウエイ・オヴ・ライフを守る

1991年1月、イラクによるクウェート侵攻に対し、アメリカは有志連合による多国籍軍を組み両国国境付近…

町を囲んだ黄色いリボン

町を囲んだ黄色いリボン

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

メモリアル・デイにまた泣く

メモリアル・デイにまた泣く

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

仕事をすませて家へ帰ろう

仕事をすませて家へ帰ろう

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

ヘリコプターは上昇し飛び去った

ヘリコプターは上昇し飛び去った

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

帰って来る死体の映像

帰って来る死体の映像

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

キノコ雲の切手

キノコ雲の切手

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

犬にでもくれてやれ

犬にでもくれてやれ

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

八月二日、軽井沢、快晴

八月二日、軽井沢、快晴

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

グレン・ミラー楽団とともに

グレン・ミラー楽団とともに

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

真実はまだ明かされない

真実はまだ明かされない

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──フリーダムを実行する」に収録されたものです。 …

町田1、2018年

町田1、2018年

シリーズ第七回です。冒頭のエッセイに於いて、遂に片岡義男氏による被写体の見つけ方、写真の撮り方の一端…

大統領が引き受けたこと

大統領が引き受けたこと

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

大統領の得点

大統領の得点

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──湾岸戦争を観察した」 に収録されたも…

海まで100マイル

海まで100マイル

1981年に刊行された佐藤秀明と片岡義男による海を巡る写真と対話。当時41才の片岡義男と38才の佐藤…

午後を過ごす最高の場所

午後を過ごす最高の場所

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

キャロル・ホルトグリーン

キャロル・ホルトグリーン

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

煙草をお喫いになりますか

煙草をお喫いになりますか

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

ジープが来た日

ジープが来た日

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

もっとも良く送られた人生

もっとも良く送られた人生

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

個人主義にもとづく自由と民主の視点

個人主義にもとづく自由と民主の視点

個人主義にもとづく自由と民主の視点 この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──フリーダ…

ちょっと外出してピストルを買って来る

ちょっと外出してピストルを買って来る

この作品は、『日本語の外へ』「第1部 アメリカ──遠近法のなかへ」 に収録されたもので…

下北沢、2013年

下北沢、2013年

「東京を撮る」第6回目は2013年の下北沢。現在、大きくその様相を変えつつある下北沢の、ほんの少しだ…

谷中、2013年

谷中、2013年

スイス製のレモン・ミントのキャンディをお供に、今回、片岡義男氏が歩くのは谷中界隈。千駄木の駅から根津…

『第三の男』を、やっとこうして楽しんだ

『第三の男』を、やっとこうして楽しんだ

 一九四九年のイギリス映画『第三の男』を僕は子供の頃にたしか下北沢のオデオン座で観た。面白い映画は西…

経堂、2015年

経堂、2015年

今回の「東京を撮る」は、2015年夏の経堂。夏の終わりの祭りに向けて準備される商店街の提灯と普段の町…

彼らと愉快に過ごす

彼らと愉快に過ごす

目次が壮観である。作者が愛用する「モノ」たちの固有名がズラリ108個並んでいる。それぞれについて、過…

経堂、2013年

経堂、2013年

「東京を撮る」の第3回となる今回は、2013年の経堂、つまり少し過去の写真が並ぶ。その前に、2017…

昭和二十一年、津々浦々の民主主義

昭和二十一年、津々浦々の民主主義

 昭和二十一年九月号の『映画の友』の表紙は、バーバラ・スタンウィックだった。彼女の顔の部分だけを僕が…

結束してこそ我らは建つ。一九四二

結束してこそ我らは建つ。一九四二

 ことの善し悪しはまったく別な問題であるとして、アメリカはほとんど常に新しいことを始めている。いつだ…

この海から向こう側の海まで

この海から向こう側の海まで

 いまから六十年ほど前、ヨーロッパではドイツとの戦争にそして太平洋では日本を相手の戦争に…

見よ、ポンティアックのGTO!

見よ、ポンティアックのGTO!

 ここにあるのは、一九六七年モデルのポンティアックGTOの、当時の雑誌に掲載された広告だ。ポンティア…

ピア・アンジェリ、一九五三年

ピア・アンジェリ、一九五三年

『映画の友』の一九五三年九月号だ。透明なビニールにきっちりと包装され、古書店の棚に納まっ…

What's it say?

What's it say?

 このTシャツは一九六八年頃にホノルルで買ったものだ。タグにはクレイジー・シャツ・ワイキキとあり、ブ…

キャデラックで見たこんな夢

キャデラックで見たこんな夢

 キャデラックはアメリカが作った最高の乗用車だ。乗用車というものが、技術的にやるべきほと…

SFを絵に描く技法の進化形

SFを絵に描く技法の進化形

 一九六十年代のなかばにさしかかり、なかばを超え、六十年代の後半へと入っていった時代の、アメリカのサ…

ラッキーなストライクの思い出

ラッキーなストライクの思い出

 英語で「ラッキーなストライク」とはなんのことですか、と訊かれて正しく答えることの出来る…

現実に対処するクールネスの論理

現実に対処するクールネスの論理

 はっか煙草、という言葉はもう死語だろうか。地方都市のクラブやバーで、年増のホステスたちがいまでも、…

ペプシを飲めと彼女が言った

ペプシを飲めと彼女が言った

 銀河系のなかに浮かんでいる地球における、宇宙という大自然と直結した時間は、螺旋状に循環ないしは反復…

世界はフリッジのなかへと消えていく

世界はフリッジのなかへと消えていく

 冷蔵庫のことを英語でいちばん普通にはリフリジェレイターと言う。これを略すとフリッジという日常語にな…

アメリカが宇宙に見つけた敵

アメリカが宇宙に見つけた敵

 いまはもう名前も残っていないとおもうが、エース・ブックスというブランドのペーパーバック叢書が、かつ…

経堂、2017年11月10日

経堂、2017年11月10日

「東京を撮る」第2回は、2017年、秋の経堂。すずらん通りを歩き、好みの被写体を見つけては写真を撮り…

のこぎりバンパーを追憶する

のこぎりバンパーを追憶する

 一九六六年から一九七十年代いっぱいくらいの期間、アメリカの自動車の前部バンパーは、こんな…

ホーム・スイート・ホーム写真帳

ホーム・スイート・ホーム写真帳

 一九六十年代なかばのアメリカで刊行された、ごく一般的な雑誌の広告ページから、ファミリーの…

そこはスープの国だった

そこはスープの国だった

 アメリカにおける日常的な料理そして食事のなかで、スープは錬金術にも似た位置づけにあったのではないか…

リタ・ヘイワースの足もと

リタ・ヘイワースの足もと

 リタ・ヘイワースがデビューしたのは一九三十年代のことだと思う。女優としての代表作、あるいは彼女の存…

僕がデソートを停めた場所

僕がデソートを停めた場所

 デソートという名の自動車が、かつてアメリカにあった。ここにあるのはそのデソートのおそらくは一九三九…

下高井戸、2017年5月5日

下高井戸、2017年5月5日

2017年5月5日、快晴の夏日。片岡義男氏が下高井戸を歩き、目に留まった被写体を撮影した記録。片岡氏…

リアリズムが勝つに決まってる

リアリズムが勝つに決まってる

 アメリカ文化のあらゆる領域を貫く、もっとも重要な価値の中心軸はリアリズムだ。努力や才能、…

ハワイの絵葉書の不思議な情感

ハワイの絵葉書の不思議な情感

 ハワイが観光地としての性格をおびた最初の瞬間、というものについて僕はいま考えている。その瞬間はいま…

古き佳きアメリカとはなにか

古き佳きアメリカとはなにか

 ここにあるのは一九四一年のフォードの新車の広告だ。当時の雑誌に掲載されたものだが、この頃の雑誌広告…

フロント・グリルと僕の関係

フロント・グリルと僕の関係

 一九六十年代のなかばから後半にかけての時代の、シヴォレーやフォードなどごく庶民的な乗用…

キャンディ・ウエイファーに込められた

キャンディ・ウエイファーに込められた

 色とかたちとは味や香りでもある、と考えた次の瞬間、僕はこのキャンディのことを思い出した。アメリカの…

この光と空気のなかに

この光と空気のなかに

 エドワード・ホッパーの絵を見るたびに感じることについて、僕は書いてみることにする。見るたびに感じる…

アメリカの正義が勝つ

アメリカの正義が勝つ

 いまのアメリカで出版されているペーパーバックは、どれもみなよく似たつまらない装丁ばかりで、出版社ご…

美女を三つ折りたたむ

美女を三つ折りたたむ

 一九五十年代前半の、ごくみじかい期間、アメリカの『エスクワイア』という雑誌には、三つ折りの引き出し…

アメリカにおけるトマトの色

アメリカにおけるトマトの色

 アメリカの大衆向けの、大量生産の規格品としての食品のチャンピオンは、キャンベルのトマト・スープ…

股関節の柔軟な歩きかた

股関節の柔軟な歩きかた

 秋のウイーク・デーの夜。早すぎもおそすぎもしない、とてもいい時間に、ぼくは彼女とふたりで散歩をして…

引っ越しという自己点検

引っ越しという自己点検

 いろんな視点から自分を点検し考察しなおすための、たいへんな好機のひとつは引っ越しではないか。六年前…

それらは消えた、そしてそれっきり

それらは消えた、そしてそれっきり

 建てなおす以前の三省堂は良かった。あのクラシックな建物は、見るからに三省堂だった。たとえばお茶の水…

トリビアのペーパーバックのおかげで、へえ、そうだったのか、と言うのがぼくの口ぐせになろうとしている

トリビアのペーパーバックのおかげで、へえ、そうだったのか、と言うのがぼくの口ぐせになろうとしている

 買うには買ったけれども、読まないままほったらかしてあるペーパーバックが、ワーク・ルームのとなりの部…

一年分をまとめて読んだ『ロッキー・マウンテン・マガジン』と、マーゴ・ヘミングウエイのこと

一年分をまとめて読んだ『ロッキー・マウンテン・マガジン』と、マーゴ・ヘミングウエイのこと

 アメリカから直接購読しているいろんな雑誌が毎日のように何冊もぼくのところに届く。しかし、届くたびに…

三つのパラグラフのなかの彼女

三つのパラグラフのなかの彼女

 ひさしぶりに彼女に会った。夏のまっさかりの日に会って以来だから、ひさしぶりなのだ。いまは、すでに秋…

彼女と一台の自動車

彼女と一台の自動車

1  秋の午後、やや遅い時間。あるいは、夕方のすこし早い時間。ダイニング・ルームに客をとおす準備は…

ブラックベリーとスニーカーの靴ひも

ブラックベリーとスニーカーの靴ひも

 東京からひとりで自動車を走らせて三時間、彼女は高原のホテルに着いた。  よく晴れた明るい秋の日の…

言葉を捨てた人たちの便利機能満載機種

言葉を捨てた人たちの便利機能満載機種

 僕はいまこの文章をオアシス・ライトのもっとも初期のワープロ(以下、WPと略す)を使って書いている。…

幼い頃の自分について語る

幼い頃の自分について語る

1  ぼくは六歳から十四歳くらいまでの期間を、瀬戸内海に面したふたつの町で過ごしました。もうずいぶ…

ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ。なんのことだか、わかりますか。

ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ。なんのことだか、わかりますか。

『ビーチコウミング・フォ・ジャパニーズ・グラス・フロウツ』という本をぜひ紹介したい。ビーチコウミング…

波の上を歩いた姉

波の上を歩いた姉

 十五歳の夏の終わりに、姉は日本からカリフォルニアへ帰った。僕はハワイへ戻った。島はおなじだが、もと…

3月13日 フィクション 1

3月13日 フィクション 1

「お酒を一杯だけ、つきあってほしいの」  と、彼女は、電話のむこうで言っていた。  長距離電話の…

『パリ・テキサス』を観た

『パリ・テキサス』を観た

 空中から撮影した荒野が画面に映る。その荒野のなかを、ひとりの男が歩いている。いったいこの男になにご…

パリから一通の封書が届いた

パリから一通の封書が届いた

 もう何年もまえに東京からニューヨークへいってしまい、いまでは主としてニューヨークとパリで忙しく仕事…

猫の寝る場所

猫の寝る場所

 猫の多江子は、突然、目を覚ました。いつもの癖だ。気持ちよく眠っているその眠りのちょうどまんなかあた…

ガールの時代の終わりかけ

ガールの時代の終わりかけ

 僕が新卒の新入社員として、会社というものをかすかに体験した時代は、いつだったのですかという質問に対…

大統領によれば

大統領によれば

2001年9月11日の午前九時すぎ(現地時間)、ブッシュ米大統領はフロリダ州にある小学校を訪問してい…

銀座で夕食の約束

銀座で夕食の約束

 銀座で夕食の約束があった。僕と男性もうひとり、そして女性がふたりの、合計四人だ。女性たちのうちのひ…

アメリカのお気に入りは、ひたすら甘く、あくまでも軟らかい

アメリカのお気に入りは、ひたすら甘く、あくまでも軟らかい

 アメリカのスーパー・マーケットで買物をするたびに、ふと思うことがひとつある。それはなにかというと、…

本を開いたらチューリップが咲いた

本を開いたらチューリップが咲いた

 世のなかに本ほど奇妙なものはない。四角く切った薄い紙が何枚も、一辺においてのみ綴じてあり、その結果…

彼女が愛する小さなデスク

彼女が愛する小さなデスク

 彼女の自宅にある仕事部屋は彼女が作った。ただの空間でしかなかったところに手を加え、工夫をこらして、…

部屋を楽しんでいる人

部屋を楽しんでいる人

 いま彼女がひとりで住んでいる部屋の設計に関して、彼女はいっさい関係していない。父親とその弟が共同し…

ピアノを弾く人

ピアノを弾く人

 ピアノを弾く女性が、好きだ。ひとりの女性の生き身が、ピアノというたいへんに構造的な楽器にたちむかう…

世界でいちばん怖い国

世界でいちばん怖い国

 カーヴした静かな道からかなり高くなったところに、いまの僕の仕事場の建物がある。道の側にあるいくつか…

水になった氷の悲しみ

水になった氷の悲しみ

 仕事の用件で編集者に電話をかけた。用件をめぐる話が終わると、 「ちょっと待ってね、替わります」 …

家庭から遠かった男たち

家庭から遠かった男たち

 自分の家庭以外のところで食事をすること、たとえば街の軽食堂で昼食にせよ夕食にせよ、一回の食事として…

『妻』

『妻』

戦後の日本はやがて崩壊する仕組みのなかにあった。 一九五三年の映画がそのことを静かに教えてくれる…

『女が階段を上る時』

『女が階段を上る時』

一九六〇年の日本でバーが全盛期を迎えた。 会社勤めの男たちがもっとも安心して寛げる場所だった。 …

近未来を書きませんか

近未来を書きませんか

 八月をあと十日残す、雨のような薄曇りのような日の午後、下北沢の喫茶店で二十代の編集者と会った。コー…

個人的な雑誌 2

個人的な雑誌 2

TVニュースを通した、アメリカ的光景の観察。愛してやまない東京湾岸の風景を中心とした、日本のさまざま…

個人的な雑誌 1

個人的な雑誌 1

雑誌であり、同時に本でもある稀有の試みだ。前半部は片岡義男に対するインタヴュー、という形式が取られ、…

川があり、橋があり、ホテルもあった

川があり、橋があり、ホテルもあった

 僕が十歳だった年、夏の終わりのある日の小さな出来事を、いまでも覚えている。僕宛に葉書が一枚、届いた…

あなたの家の赤い屋根

あなたの家の赤い屋根

 一般常識のテストで正解を取るのは、ひとつに固定された理解のしかたを、自分もまたなぞることだ。ほんと…

純情だったあの頃のリンゴ

純情だったあの頃のリンゴ

 戦後、というと「リンゴの唄」だ。昔の日本人の心のなかで、両者は一本の線で結ばれている。心のなかと言…

去りにし夢、しのぶ面影

去りにし夢、しのぶ面影

〈江利チエミのメモリアル・シリーズ〉というCDが、僕の知るかぎりでは九枚ある。そのなかの『艶歌を歌う…

ワシントン・ハイツの追憶

ワシントン・ハイツの追憶

 一九五〇年代なかばから持っているジャズのLPを必要があって見直していたら、ラルフ・フラナガンのLP…

日本語の発想による英語

日本語の発想による英語

 日本語から英語へ単純に置き換えることの出来ないものの極小例は、「の」は「オヴ」、「から」は「フラム…

『日米会話手帳』という英語

『日米会話手帳』という英語

『日米会話手帳』という出版物について僕が初めて知ったのは、いつのことだっただろう。二十代の前半ではな…

拡大にまきこまれた

拡大にまきこまれた

 水田稲作の村落から始まった、あくまでも個々の現実に則してものごとを考え解決していくという方針は、外…

リゾートの島で二十一世紀最大の課題を知る

リゾートの島で二十一世紀最大の課題を知る

 遠い南の海に浮かぶ小さなリゾートの島というものは、僕にとってはたいへんに不思議で奇妙なものだ。これ…

8月15日 誕生日

8月15日 誕生日

 かつて三津子さんという女性がいた。いまでもどこかで美しく元気にしているはずだ。この三津子さんが二十…

『ニューヨーカー』の表紙に描かれた、ある年の夏

『ニューヨーカー』の表紙に描かれた、ある年の夏

 一九八六年の夏、僕が新聞であの写真を見たのは、八月十一日だった。海水浴場として昔からよく知られてい…

平和の記念写真

平和の記念写真

 このふたつの光景それぞれに、心惹かれるものがあった。だからこそ僕はそれらを写真に撮ったのだが、…

袋小路の居心地

袋小路の居心地

二〇〇三年十二月八日(*日付については、「まえがき」参照)  十一月二十七日、陸自の調査団の一…

自分探しと日本の不況

自分探しと日本の不況

 いまの日本は消費不況のなかにあるという。物が売れないのだ。なにがどのくらい売れれば気がすむのか、と…

会社員が老いていく国

会社員が老いていく国

 僕に思い出すことの出来る範囲で、キー・ワードをひとつだけつまみ出すなら、それはロマンス・グレーとい…

競争の時代とはなにか

競争の時代とはなにか

 ある日いきなり、日本は競争の時代に入った。この数年という、ごく最近の出来事だ。厳しい競争そのもので…

団塊の世代という戦後日本

団塊の世代という戦後日本

「あと数年で団塊の世代が日本の会社世界の現場を去っていく。いまも企業に根強く残る男社会と、それにつき…

「がんばる」とは、なにだったか

「がんばる」とは、なにだったか

「がんばれ」「がんばって」と、いろんな人から自分は言われる。外部から届いて来るこの言葉を、自分という…

海から見る自分の居場所

海から見る自分の居場所

 瀬戸内の海からその港へ入っていくとき、視界に広がる景色というものを、現在の地図を見ながら僕は思い描…

アイランド・バウンド

アイランド・バウンド

 その島は、上空から見ると、ジェリー・ビーンズのようなかたちをしている。太目になりかけた三日月の、上…

イースト・サイドの、暑い日の午後の消火栓

イースト・サイドの、暑い日の午後の消火栓

 それほど緊急の用事でもない、という感じでパトロール・カーがくる。歩道に寄ってそのパトロール・カーは…

夏の陽ざしとモノクロームの街

夏の陽ざしとモノクロームの街

 白と黒、そしてその中間にある無限階調、つまりさまざまな灰色だけで出来ている街というものを、夏の…

渡り鳥と寿司について

渡り鳥と寿司について

 一九六一年には大学の三年生だった僕は、その年の夏を房総半島の館山で過ごした。なぜ館山だったのか、い…

虚ろな内側をよく見ておきなさい

虚ろな内側をよく見ておきなさい

 ジュリー・ロンドンが歌う「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の歌い出しは、三とおりのマイナー・コード…

日本のMの字 その2

日本のMの字 その2

 ここにもあのMの字がある、と思って撮ったのではない。グラフィックな面白さに惹かれて撮った。ただそれ…

デラックス・ダブル

デラックス・ダブル

 ものすごく暑い日だった。かんかん照りだった。そして湿度が、限度いっぱいに高かった。暑さとかさなりあ…

江戸を歩く

江戸を歩く

 七〇ページ*〔写真・右〕そしてその左隣の七一ページ〔左〕にあるふたつの光景は、おたがいによく似…

「あんた、なに食う?」

「あんた、なに食う?」

 ホノルルの下町の、日系人たちが主として日常的に利用する安食堂の雰囲気を言葉で描写するのはなかなかむ…

やがてはカウボーイも、インディアンとおなじく保護居住地に囲われる身となるだろう、と本物の西部男が言っている。

やがてはカウボーイも、インディアンとおなじく保護居住地に囲われる身となるだろう、と本物の西部男が言っている。

 モンタナ州とアイダホ州の州境を、大陸分水嶺が東へむかってのびてくる。ワイオミング州の西側の州境にぶ…

なにしろ虚構という夢の工場だから、ハリウッドの話題はつきない

なにしろ虚構という夢の工場だから、ハリウッドの話題はつきない

──片岡さんは、戯曲は読みますか。結びつかないような気もするのですが。  ときどき読みたくなって、…

時間のテーマ・パークを

時間のテーマ・パークを

 建てられてからすでに存分な量の時間が経過しているがゆえに、それじたいがすでにそのような時間その…

ミッキーマウス・カントリー

ミッキーマウス・カントリー

 ミッキー・マウスの帽子をぼくはまだ持っている。ずいぶん昔に買った帽子だ。なにしろディズニー・ランド…

内省のアクア・マリーン

内省のアクア・マリーン

 目を覚ます直前、ほんの一瞬、水のなかに浮かんでいる感覚がある。その感覚のなかを自分は上昇していく。…

キイチゴはどこに実っていたか

キイチゴはどこに実っていたか

 電話が、鳴った。  きまぐれをおこして、ぼくはその電話に出てみた。 「私です」  と、電話の…

カルピスについて思う

カルピスについて思う

 少なくとも僕の体験のなかでは、カルピスは女性と深く結びついている。カルピスは僕の幼年期から青年期に…

食卓には花を!

食卓には花を!

 アパートメントの部屋を、彼女は出てきた。彼女の部屋は三階にある。小ぶりなアパートメントだが、ユニッ…

ドル安・円高の方向とは

ドル安・円高の方向とは

 製品を作ってそれを外国へ輸出し販売する。代金を回収する。製品を作るのにかかった直接・間接のコストす…

すべての価値は個人から始まる

すべての価値は個人から始まる

 アメリカ的な価値を主題とした、さまざまな文章を集めたアンソロジーだ。隅から隅まで熟読して確認で…

ドライ・マティニが口をきく

ドライ・マティニが口をきく

 仕事をおえて、ビルから外へ出てくる。  まだ、明るい。  夏は、これだから、いい。  仕事を…

日時計の影

日時計の影

 昼間なら広い庭を見渡すことの出来る窓辺のテーブルで、ぼくは彼女と親しくさしむかいだった。遅い夕食を…

会社で学んだこと

会社で学んだこと

 会社に就職するとどうなるのかという僕の好奇心に、わずか三か月ではあったけれど、会社は充分に答えてく…

彼女が雨を見る態度

彼女が雨を見る態度

 1   秋の雨の頃、仕事の帰りに彼女は京都に一泊した。京都は雨だった。その雨の京都から、彼女は、…

ふたりは一九六六年を思い出す

ふたりは一九六六年を思い出す

 ビートルズが日本に来たとき、ぼくはいわゆる「社会人」となって仕事をしていた。フリーランスのライター…

どこにでも部屋を作る才能

どこにでも部屋を作る才能

 彼女はテントをいくつも持っている。興味を引くテントを見ると買ってしまう。だからいつのまにか数多くな…

登場人物たちの住む部屋

登場人物たちの住む部屋

 ぼくは十五年以上にわたって、小説を書いてきた。書いている当人にとっては、真剣な遊びのようなものであ…

波止場通りを左に曲がる

波止場通りを左に曲がる

 デビューしてまだ間もない頃の美空ひばりを、何点もの写真で見ることができる。多くの写真に彼女は撮られ…

金曜日の午後の飛行機だった

金曜日の午後の飛行機だった

 二階にあるコーヒー・ショップの、奥の窓ぎわの席で、ふたりは小さなテーブルをはさんでさしむかいにすわ…

模型飛行機の午後

模型飛行機の午後

 週末の午後の待ちあわせの場所へ、彼女は、紙包みをかかえてあらわれた。ふと入ったホビー・ショップでみ…

好きな歌の集めかた

好きな歌の集めかた

 いつのまにかLPレコードがたくさんたまってしまった。何枚あるのか数えたことは一度もないが、とにかく…

『カサブランカ』を観て、読んで、聴いた日

『カサブランカ』を観て、読んで、聴いた日

 幼少の頃からはじまって、小学生、中学生、高校生をへて大学生と、どの段階でも、僕は映画を映画館で観て…

野球カードがない子供の日々なんて、とうてい完璧とは言いがたい。

野球カードがない子供の日々なんて、とうてい完璧とは言いがたい。

 ぼくがいつも不思議に思うのは、なぜ日本にベースボール・カードがないのか、ということだ。これだけ野球…

8月30日 ラハイナ

8月30日 ラハイナ

深いブルーの空からショッピング・センターのコンクリートの駐車場にむかって、強い陽射しが明るく照りつけ…

傘の記念写真を撮った日

傘の記念写真を撮った日

 傘は絵になる、という法則は充分に成立する、と僕は思う。日常生活のなかにすっかりなじんでいるから、も…

金魚と散歩だ

金魚と散歩だ

 梅雨の晴れ間、平日の午後、約束どおりの時間に、僕はその喫茶店の自動ドアを入った。彼女が指定した喫茶…

思い出のバブル・ガム

思い出のバブル・ガム

 アメリカの駄菓子の記憶としていまも僕のなかでもっとも鮮明なのは、リコリスの味と香りだ。リコリスは甘…

森永ミルク・キャラメルの箱

森永ミルク・キャラメルの箱

 掌サイズ、という言葉がある。片方の掌に収まる、あるいは片方の掌だけで楽に持てる、というサイズを総称…

ドナルド・ダックのほうがずっといい

ドナルド・ダックのほうがずっといい

 ドナルド・ダックの鉛筆削り、というものをぼくは子供のころ持っていた。ドナルドの胸から上がかたどって…

白い、半袖のシャツ

白い、半袖のシャツ

「あれから、十二年?」  と、彼女がきいた。 「たいしたこと、ないよ」  ぼくが、答えた。 …

6月1日 ポンティアック

6月1日 ポンティアック

 ほんのすこしだけ昔の、あるいは大いに昔の、アメリカの自動車についてあれこれ考えていたら、懐かしい名…

道路の小説を書きたい

道路の小説を書きたい

 ぼくは日本の地形と気候が好きだ。地形も気候も、ともに独特であり、このふたつが重なりあった日本は、興…

マグリットの絵のように

マグリットの絵のように

 梅雨(つゆ)が近い。しかし今日は晴れていた。海と海岸の上に青い空が広がり、夏のような陽ざしが満ちて…

ぼくはなぜブローティガンをいちどにぜんぶ読まないか

ぼくはなぜブローティガンをいちどにぜんぶ読まないか

 丹後半島で白い灯台を見たあと汽車を乗りつぎ、最終的には新幹線で東京へ帰ってきた。  6月の東京は…

渋谷の横町を、植草さんのとおりに歩く

渋谷の横町を、植草さんのとおりに歩く

 植草(うえくさ)さんの全集『植草甚一スクラップブック』には、毎回、月報がついていた。その月報には、…

テキーラの陽が昇る

テキーラの陽が昇る

 会議は二時間、続いた。十五分の休憩があり、会議は再開された。それから一時間が経過していた。さらに一…

荒野の風はサンドペーパー

荒野の風はサンドペーパー

 早朝から、かんかん照りだった。  ついになにかが巨大に狂ったのではないかと誰もが思うような、まっ…

ロッキング・チェア

ロッキング・チェア

 アメリカの中西部、人口が一〇〇〇名に満たない小さな田舎町の町はずれに、その家はあった。大平原地帯の…

ほろりと泣いて正解

ほろりと泣いて正解

 もう何年かまえのことになるが、季節はちょうどいまごろだった。  よく晴れた明るい日の夕方、ぼくは…

『スローなブギにしてくれ』

『スローなブギにしてくれ』

 角川文庫から出た僕の作品の、最初から数えて四作めに、『スローなブギにしてくれ』というのがある。一九…

『彼のオートバイ、彼女の島』

『彼のオートバイ、彼女の島』

 これが文庫本になったのは一九八〇年のことだ。それ以前に単行本で出ていた時期が、三年はあったのではな…

『ときには星の下で眠る』

『ときには星の下で眠る』

 一九八〇年までさかのぼると、『ときには星の下で眠る』という、中編よりやや分量の多い小説がある。高校…

『幸せは白いTシャツ』

『幸せは白いTシャツ』

 一九九四年の夏に出た『狙撃者がいる』が、いまのところ僕にとってもっとも新しい角川文庫だ。そこから『…

『メイン・テーマ3』

『メイン・テーマ3』

『桔梗が咲いた』よりも前、一九八六年の一月に、『メイン・テーマ3』という小説が、おなじく書き下ろしと…

『桔梗が咲いた』

『桔梗が咲いた』

 オートバイを探して自分の書いた角川文庫をさらに過去に向けてさかのぼると、一九八六年の十一月に刊行さ…

『長距離ライダーの憂鬱』

『長距離ライダーの憂鬱』

 この『雨降り花』*が編中編として出て来る『波と風のグッド・ニュース』は、今年つまり一九九五年の四月…

『江戸でシャンペイン』

『江戸でシャンペイン』

 僕がこの文章を書いているいまは、一九九五年の十二月だ。ついでに日付と時間を書いておこう。十五日の午…

母の三原則

母の三原則

 あなたのお母さんに関してもっとも印象に残っていることはなにですかと、ごく最近、人に訊かれた。尋問の…

ギアを8段に落とし、町の少年たちの野球を双眼鏡で見ながら西へ

ギアを8段に落とし、町の少年たちの野球を双眼鏡で見ながら西へ

 エア・コンディショナーによってととのえられた機械じかけの空気が、トラックの運転室に満ちていた。 …

ウディ・アレンについて、僕のコメント

ウディ・アレンについて、僕のコメント

『ウオッカの広告』『ヴェーガス』『二度めの結婚』『誘拐されて』『不幸せな子供の頃』『エッグス・ベネデ…

ノートブック

ノートブック

 五月はじめのタヒチ。快晴の一日がほぼ終わり、太陽が海に沈む時間がはじまろうとしていた。  ホテル…

アイスキャンディ

アイスキャンディ

 アイスキャンディを最初に食べたのはいつだったか。日本という失敗国家が冒した完膚なきまでの大敗戦とい…

マヨネーズが変わった日

マヨネーズが変わった日

 ナンシー梅木は本名を梅木美代志といい、一九二九年に小樽で生まれた人だ。占領米軍とのつながりを持った…

風をかっさらうようにして、チョッパーがハイウエイをまっすぐに飛んでいく。よく冷えたバドワイザーが手近にある

風をかっさらうようにして、チョッパーがハイウエイをまっすぐに飛んでいく。よく冷えたバドワイザーが手近にある

 アメリカのチョッパー乗りたちのための専門誌『イージーライダーズ』が、いまでも健在だ。創刊されてすで…

生まれてはじめての旅

生まれてはじめての旅

 ぼくは東京生まれだが、子供の頃の十年ほどを、山口県の岩国(いわくに)、そして広島県の呉(くれ)で、…

少年たちの共和国

少年たちの共和国

「おもしろブック」に連載されていた『少年王者』を夢中になって読んだのは、いつごろだったのだろうか。小…

小さな旅、愉快な思い出

小さな旅、愉快な思い出

 朝の八時からいっしょに続けてきた仕事を、午後の二時に終わり、ぼくはその仕事相手の女性とふたりで、建…

「解釈憲法」の命日となる日

「解釈憲法」の命日となる日

二〇〇三年十一月十九日(*日付については、「まえがき」参照)  一九四六年の六月、当時の吉田首…

ホンダの90CCでマイアミからLAまで走ったら、ガソリン代はなんと二十ドルだったというハイウエイ・ストーリー。

ホンダの90CCでマイアミからLAまで走ったら、ガソリン代はなんと二十ドルだったというハイウエイ・ストーリー。

 ホンダのスーパーカブC90から発展していった軽量のトレール・モデルに、CT90というバイクがあった…

風景のなかにむき出しでほうり出されて

風景のなかにむき出しでほうり出されて

 ロード・マップに印刷された道路をぼんやりとながめているだけで、かつて体験した旅を、次から次へと、思…

シジミ汁のシジミを数えよう!

シジミ汁のシジミを数えよう!

 三等船客のための簡素な日本食の食事に味噌汁がついていた。その味噌汁がもしシジミ汁であったなら、まず…

憧れのハワイ航路

憧れのハワイ航路

「チャイチャイブー」のひと言がなぜぼくにとって衝撃的であったかについて書くまえに、秩父丸に三等客とし…

今日も小田急線に乗る

今日も小田急線に乗る

 小田急線の駅名のなかに「ヶ」という片仮名が六つある。そのうちの四つは花と関係している。その花とは、…

「の」の字のコレクション

「の」の字のコレクション

 五年ほど前、古書店のカタログを見ていて、思いついた。なんとかのかんとか、というふうに「の」の字ひと…

『山の音』

『山の音』

──失われた日本、消えた昭和。半世紀以上も前の映画に触発されて蘇る、淡い記憶の数々。  一九三五年…

人生階段のぼり降り

人生階段のぼり降り

 東京の階段は写真の被写体になり得る。いろんな写真を撮ることが出来る。なぜ誰も撮らないのだろうか。東…

日本のMの字

日本のMの字

     三八ページ*〔写真・右〕と三九ページ〔左〕の、どちらの写真においても、撮っているときには…

世界はすべて片仮名のなか

世界はすべて片仮名のなか

 日本語には片仮名という書きかたがある。どんな外国語であろうとも、おおよそのところでよければ、その音…

平成十一年の五つの安心

平成十一年の五つの安心

 平成十年に日本で首相を務めている人物が、自らを「ヴォキャ貧」であると評したことは、日本にとって記念…

主体的に判断しながら様子を見る日本

主体的に判断しながら様子を見る日本

二〇〇三年十月二十九日(*日付については、「まえがき」参照)  いわゆる国際社会、つまり世界各…

言葉はきわめて人工的に身につく

言葉はきわめて人工的に身につく

 言葉というものは誰もがいつのまにか自然に身につけていくもの、と信じて疑わないのが日本人だ。生まれて…

いつもの自分の、いつもの日本語

いつもの自分の、いつもの日本語

 かつて日本の首相がアメリカのTV局で時局討論番組に出演したとき、放映されたその番組を僕は見た。この…

ペラペラとはなにだったか

ペラペラとはなにだったか

 英語がペラペラ、という言いかたがある。なにを言っているのか自分にはわからないが、日本人が外国人と英…

作家とはなにか

作家とはなにか

 日本の書き手によって小説が書かれるとき、ごく一般的に言って、舞台は日本そして時はいまとなる。過去を…

縦書きか横書きか

縦書きか横書きか

 メモや下書きを書くとき、僕は横書きしている。いつ頃からそうだったのか、もはや自分にもわからないほど…

主体でも客体でもなく

主体でも客体でもなく

 鎖国という制度を終わりにして開国したとき、日本は西欧から技術としての科学を受け入れ、科学の精神のほ…

明日もたどる家路

明日もたどる家路

何点かの写真を連続させてひとつのフィクションを作ることが出来る。ここにある十六点の写真〔ページ末参〕…

東京で電車に乗ると、なにが見えますか

東京で電車に乗ると、なにが見えますか

 結婚式場の広告ポスターを、僕は以前から興味を持って観察している。東京だと、結婚式場の広告ポスターは…

ガールたちの戦後史

ガールたちの戦後史

 ガールという言葉は、それ単独では、日本語として定着していない。日本におけるガールの始まりはモダン・…

一九五七年の春をさまよう

一九五七年の春をさまよう

 知らない町を歩いていたら古書店があった。入ってみた。古書と呼び得る本と最近の本とが、半半にある店だ…

簾と提灯のグラフィックス

簾と提灯のグラフィックス

 一三四ページ*〔トップ画像〕の写真にある光景は、僕にとってはグラフィックス以外のなにものでもない、…

身のうえ話 その1

身のうえ話 その1

 小学校に入学する日、つまり入学式の日、ぼくは生まれてはじめて、学校の校舎というものを見た。  木…

書き順と習字

書き順と習字

 僕が小学校に入る日が近づいてきていた頃について、いまの僕は思い出そうとしている。かなり昔のことだ。…

忘れがたき故郷

忘れがたき故郷

 二〇〇〇年の残暑の日、僕はここにある九点の写真を撮った。九点のうち七点までは、東京の世田谷のとある…

東京の情緒

東京の情緒

 大卒で会社に入り、そのまま従来どおりの定年まで会社勤めをまっとうしたとして、人生七十年のほぼ半分を…

梅ヶ丘まで歩いて七分

梅ヶ丘まで歩いて七分

 子供の頃から三十代の終わり近くまで住んだ場所から、小田急線の梅ヶ丘駅まで、歩けば七分くらいだったと…

察し合いはいかに変形したか

察し合いはいかに変形したか

 思いやり、という言葉が日本で死語になる日が来るだろうか、と僕は自問する。思いやりという言葉はとっく…

なにも言わない人

なにも言わない人

 戦後の日本人にとって、人生とは会社に勤めることだったようだ。なんらかの会社組織に雇用されてそこに所…

赤い矢印文化圏

赤い矢印文化圏

 東京のどこを歩いても、とにかくいたるところに赤い矢印がある事実を認識している人は、思いのほか少ない…

性悪説でいこうか

性悪説でいこうか

 監視カメラの設置される場所が急速に増えている。集合住宅のエレヴェーターとその周辺、商店街や歓楽街の…

四歳の子供がそれを見た

四歳の子供がそれを見た

       二〇〇二年のひときわ暑かった夏に、三〇〔写真・右〕そして三一ページ〔同左〕*に…

なにもしなかった4年間

なにもしなかった4年間

 高等学校の三年生という状態が終わりに近づくにつれて、卒業出来るのかどうかの問題が、僕の前に立ちあら…

それを環境と呼ぶか

それを環境と呼ぶか

 個性や自分らしさなどは、自分はこれではなくあれを買ったという軽度の、あるかないかの微小な差異にもと…

「と思います」をめぐって

「と思います」をめぐって

「私は作家になりたいと思います」という言いかたのなかにある、「と思います」の部分は、少しは日本語がわ…

過去と未来から切り離されて

過去と未来から切り離されて

 自分、という人にとって、いちばん楽なありかたは、どのようなありかただろうか。自分、という人は、この…

いつかどこかで

いつかどこかで

 あるひとつの光景を目にして、これとおなじ光景をいつかどこかで見たことがある、と思う心理的な働きぜん…

いま高校生なら僕は中退する

いま高校生なら僕は中退する

 一九九七年の日本で、全国の公私立高校から中退した少年少女の数は、十一万一千四百九十一人だったという…

太陽の直射光と簾の相性

太陽の直射光と簾の相性

 東京の光景に写真機を向けて、数万回はシャッターを切ったことの成果のひとつとして、簾はフォトジェニッ…

写真の学校に学んだなら

写真の学校に学んだなら

「東京ディズニーランドからもっとも遠い景色を撮って提出しなさい」という課題を写真学生として僕が教授か…

ただひとり東京と向き合う

ただひとり東京と向き合う

 どちらの光景のなかにもブロック塀がある。ブロック塀とそれに沿った道。写真に撮られた具体物が類似して…

忘れがたき故郷

忘れがたき故郷

 こきょうと平仮名で入力し、変換する。故郷、という漢字が画面に出る。ふるさと、と入力して変換すると、…

25セントの切手から学ぶ、アメリカの歴史と現在

25セントの切手から学ぶ、アメリカの歴史と現在

 ブラック・ヘリテージUSAの記念切手に関する、USポウスタル・サーヴィスからのパブリック・メッセー…

フリーダムを守ることが3Kになったら、その国はもはや国ではない

フリーダムを守ることが3Kになったら、その国はもはや国ではない

 湾岸戦争で連合軍が地上戦に入る期限が目前にせまった頃、アメリカのごく一般的な週刊誌に掲載された広告…

六〇年代

六〇年代

 バード。ブーガルー。ブリストル・ストンプ。フレディ。フラッグ。ファンキー・チキン。ヒッチハイク。ハ…

移民の子の旅 ホノルル、一八六八年

移民の子の旅 ホノルル、一八六八年

 夜明けと共にワイアナエとコオラウの山なみの頂きに雨雲がとまりはじめた。空が白んでいくと、雨が来た。…

カートゥーンという素晴らしいものが、アメリカから消えてゆく

カートゥーンという素晴らしいものが、アメリカから消えてゆく

 カートゥーンという素晴らしいものが、ごくゆっくりではあるけれど、アメリカから消えていきつつあるよう…

ガーフィールドは、ただ単に猫であるだけでは、満足しない

ガーフィールドは、ただ単に猫であるだけでは、満足しない

 壁にとりつけたドア・ストップのそばに所在なげにすわっている猫は、ドアがいきなり勢いよく開いたときに…

彼らが愛する女性たちの外観

彼らが愛する女性たちの外観

1 『エスクワイア』のアメリカ版一九九一年八月号に、写真によるアメリカ女性のポートフォリオ、という…

三十日間で悲しみを克服する法

三十日間で悲しみを克服する法

 できるだけニュートラルな視点や気持ちを持ってアメリカの町を歩いていると、これはまさにアメリカだなあ…

女性ボディビルダーの魅力を支える、苦しみの個人史

女性ボディビルダーの魅力を支える、苦しみの個人史

 アメリカの女性ボディビルダーたちのヴィデオ・テープをぼくは見たことがある。何人かのフィーメイル・ボ…

理想主義の炎を燃やしつづけるために

理想主義の炎を燃やしつづけるために

 アレグザンドラ・ペニーが書いた『男の人への、してあげかた』という本は、一九八一年に刊行されてすぐに…

「国際社会の平和と繁栄」とは

「国際社会の平和と繁栄」とは

2001年9月の同時多発テロの後、2002年にアメリカはイラクを「悪の枢軸」と名指しで批判し、翌年三…

禁止することの快感

禁止することの快感

ー2004年4月5日*ー 「まえがき」参照  ヴィザなしでアメリカに入国し、九十日までは滞在するこ…

「日本はアメリカとともにあります」と首相は言った

「日本はアメリカとともにあります」と首相は言った

 八月三十一日の夜、国連事務総長デクエヤルと、イラクの外相テリーク・アジズとのあいだに、二回めの会談…

日本の主権のなかにあるアメリカ

日本の主権のなかにあるアメリカ

ー2003年10月31日*ー 「まえがき」参照  イラクの復興を支援するための資金の一部として、日…

我々は連合してここに存続する、と一羽の鳥が言う

我々は連合してここに存続する、と一羽の鳥が言う

 国のエンブレムとして正式に議会が制定したものがアメリカにはあり、それはザ・グレイト・シールと呼ばれ…

ならず者街道を旅したロバート・レッドフォードは、フロンティア時代の残り香のむこうに次の時代の巨大な影を見た。

ならず者街道を旅したロバート・レッドフォードは、フロンティア時代の残り香のむこうに次の時代の巨大な影を見た。

 映画『大統領の陰謀』の撮影が終ってから、男優のロバート・レッドフォードは旅に出た。アメリカの西部で…

一九六二年、古き佳きアメリカが『サタデー・イヴニング・ポスト』誌の表紙に描かれていた頃

一九六二年、古き佳きアメリカが『サタデー・イヴニング・ポスト』誌の表紙に描かれていた頃

 子供の頃、気がついたらすでに、身辺にいつも『サタデー・イヴニング・ポスト』があった。誰かが定期購読…

アメリカのまんなかにダイナーがあった

アメリカのまんなかにダイナーがあった

「ダイナーというものがどんなふうに素晴らしいか、その一例をあげるなら、ダイナーとはいったいなにである…

アメリカの小さな町

アメリカの小さな町

 ハイウェイから離れて、田園地帯の中の二車線の道路を行く。あたりは、絵に描いたような美しさだ。  …

岩波写真文庫が切り取ったモノクロームのアメリカ

岩波写真文庫が切り取ったモノクロームのアメリカ

 昔、といってもそれほど昔ではないのだが、岩波写真文庫という文庫のシリーズがあった。発行していたのは…

日常の現実にかまけていると本を読む時間はどこにもない

日常の現実にかまけていると本を読む時間はどこにもない

■片岡さんは多忙な人だと思うのですが、本を読む時間は、どうやって作るのですか。  面白い本というも…

英語で読むとよくわかる日本

英語で読むとよくわかる日本

 日本に関する多くのことについて、僕は英語をとおして学んだ。英語をとおしてとは、抽象化して、と言いか…

西ヴァージニア州シェナンドア河

西ヴァージニア州シェナンドア河

『ウインドソング』という題名のLPのジャケットに、ジョン・デンヴァーは次のようなみじかい言葉をよせて…

5月15日 林檎の樹

5月15日 林檎の樹

 星条旗が立っている郵便局の裏をゆっくりとおりすぎると、行手に一本の巨木が見えた。樹木に関するぼくの…

林檎の樹の下で

林檎の樹の下で

 空から雪が降る。その雪が山につもる。春になって、雪どけがはじまる。雪どけの水は山から谷をくだり、平…

1月7日 ダブル・バーガー

1月7日 ダブル・バーガー

 巨大な空の全域を、分厚い雲が灰色に埋めていた。さまざまな色調の灰色の雲が、複雑に何層にも重なりあい…

3月7日 弁当

3月7日 弁当

 東京都世田谷区立の、男女共学のきわめて普通の高等学校をぼくは受験して合格し、その高校を三年間でごく…

早稲の田に風はほんとに吹いたか

早稲の田に風はほんとに吹いたか

 高校の三年生になると大学進学に関するさまざまなことが話題になってきていたが、ぼくは大学へいく気など…

南の海の小さな島に誘惑されて

南の海の小さな島に誘惑されて

 地球儀の南側に横たわる巨大な海のまんなかの、小さな小さな島にひとりで到着してホテルに入り、部屋のテ…

ハワイの田舎町を訪ね歩く

ハワイの田舎町を訪ね歩く

 日本にはないものを買いにハワイへいこうと思う。オアフ島だけでもいいのだが、楽しみを少しだけ拡大させ…

僕にとっての個人的なスタンダード

僕にとっての個人的なスタンダード

 いまから百年前、おそらくまだ青年の名残をとどめていた年齢の頃、僕の祖父はハワイへ渡った。僕の父親は…

波乗りとは、最終的には、心の状態だ

波乗りとは、最終的には、心の状態だ

 ヨーロッパ文明と接触する以前の、大昔のハワイ人たちは、文字を持っていなかった。だから、すべてのこと…

アロハ・シャツの歴史を旅する

アロハ・シャツの歴史を旅する

 いまから十二年くらい前、アロハ・シャツの起源とその後の展開、つまりアロハ・シャツの歴史に関して、ぼ…

どこにもないハワイへの行きかた

どこにもないハワイへの行きかた

 ハワイが島ではなくなっていく、とぼくが、ある日、自覚する。その自覚を土台として、センチメンタルな感…

ハネムーナーズ・カクテル

ハネムーナーズ・カクテル

 広い庭の隅に車を斜めにとめ、ぼくは車の外に出た。庭に面したテラスのデッキ・チェアにすわって彼は新聞…

アロハ・シャツと小説の主題

アロハ・シャツと小説の主題

 アロハ・シャツの小説を書いたら面白いにちがいない、と僕が思いついたのは十五年ほど前のことだ。ハワイ…

貝がら売りの泣きむし男

貝がら売りの泣きむし男

 昔、プロペラ機で飛行場に着陸すると、すぐに、機内に、ハワイの香りをいっぱいにはらんだ空気が流れこん…

『草枕』のような旅を

『草枕』のような旅を

 夏目漱石の『草枕』という小説を、いまになってやっと、僕は読んだ。たしかにやっとだが、読み終えてふた…

ヒロの一本椰子

ヒロの一本椰子

 昔のハワイ人たちは森林をおそれていた。メネフネなど、不思議な生き物が森のなかにたくさん住んでいるの…

「思いやり」予算の英訳

「思いやり」予算の英訳

ー2004年2月7日ー *ページ末「まえがき」参照  思いやり予算、という言葉がある。日本国内に米…

半世紀を越えてさぼったこと

半世紀を越えてさぼったこと

ー2004年3月14日ー *ページ末「まえがき」参照  日本にとって戦後とは、冷戦が続いていた期間…

『ハワイ・マレー沖海戦』一九四二年(昭和十七年)

『ハワイ・マレー沖海戦』一九四二年(昭和十七年)

 一九四〇年の十月、日本軍はフランス領インドシナの北部へ進駐した。現在のヴェトナム、カンボディア、そ…

基本英単語について

基本英単語について

 太平洋戦争中の日本が、アメリカによる日本の本土への爆撃を初めて体験したのは、一九四二年四月十八日の…

これが天使の町だって?

これが天使の町だって?

 ロサンゼルス空港を飛び立った飛行機が、高度をあげていった。主翼のすぐ前の窓際にすわって、窓の外を見…

「そいつぁ、いかすぜ」

「そいつぁ、いかすぜ」

「いかすぜ」という言いかたが登場したのは、一九五〇年代のなかばだったと思う。当時のひとりの映画スター…

死語と遊ぶひととき

死語と遊ぶひととき

 あるひとつの事柄が過去のものとなって身辺から消え去り、その結果としてその事柄に言及されることはめっ…

遠い昔の日に

遠い昔の日に

 大昔のハワイでは、平民も貴族も、だいたい分けへだてなく平等にサーフィンを楽しんでいた。しかし、やは…

陽が沈むころ、オンボロ自動車で波乗りフィルムを見に行く

陽が沈むころ、オンボロ自動車で波乗りフィルムを見に行く

 朝は早くに起きる。五時、六時という早さだ。まやかしのない、ソリッド(内容のしっかりした)な材料でつ…

十二月のハワイは波乗りシーズンのちょうどまんなか

十二月のハワイは波乗りシーズンのちょうどまんなか

 スクリーン・ドアをあけて玄関のポーチのうえに出る。気持ちの良い、さらっとした風が、全身をなでる。ポ…

『東京ラプソディ』一九三六年(昭和十一年)

『東京ラプソディ』一九三六年(昭和十一年)

 おおまかに言って銀座の西側、若い女性の足で有楽町の駅から小走りに三分ほどでいけるあたりに、若原クリ…

「理解」などするからいけない

「理解」などするからいけない

 日本では英語の勉強は中学からはじまることになっている。しかしそれ以前から、一見したところ単純な単語…

内容のある良き忠告

内容のある良き忠告

アメリカには「攻めてくる外敵を相手に、自分たちを守るために自衛の戦争をするのは正しいことであり、それ…

だから三歳児は泣いた

だから三歳児は泣いた

 二十五歳のとき、僕は自分の写真をすべて捨ててしまった。ゼロ歳から二十五歳までのあいだに、僕の手もと…

ノートブックに描いた風景画

ノートブックに描いた風景画

 1  三枚かさねた大きなパンケーキをバターとメイプル・シロップの洪水に沈め、彼はナイフとフォーク…

いちばん大事なアメリカ製品は、なにですか

いちばん大事なアメリカ製品は、なにですか

 僕にとってもっとも大事なアメリカ製のものは、アメリカ英語、そしてそのなかに織りこまれている、ものの…

彼女から届く絵葉書

彼女から届く絵葉書

 彼女と知り合って三か月ほどして、彼女からの最初の絵葉書が私のところに届いた。国内の旅先からであるこ…

日本語のお勉強

日本語のお勉強

 ぼくのアメリカ人の友だちのひとりが、いま日本語を勉強している。ときたまぼくが辞書がわりになったり、…

社員証と高い付加価値

社員証と高い付加価値

『スーダラ節』という歌が全国的なヒットになったのは一九六一年のことだ。この歌によれば、サラリーマンは…

日本語が消えていく

日本語が消えていく

 戦後から現在までの六十年近い期間のなかを、日本は五年きざみで激変を繰り返してきた。人も社会も五年ご…

文房具を買いに2013

文房具を買いに2013

 小さな文房具をひとつふたつ、いつも持ち歩く男、という人をかねてより僕は想像している。想像するだけで…

静止と列挙と固い枠

静止と列挙と固い枠

日本語の文章は、それがどれほど複雑なかたちのものであっても、核心に向けて削り込んでいくと、最終的には…

こうして覚えた日本語

こうして覚えた日本語

 漢字の口(くち)という字は、子供の僕にとっては、ひとつの小さな四角だった。四角い一区画、つまりワン…

じつはホットなままに

じつはホットなままに

 僕が初めてワープロを使ったのは、一九八〇年代のなかばではなかったか。オアシス・ライトという機種だっ…

万年筆についての文章

万年筆についての文章

 原稿料のともなう文章を、僕は大学生の頃から書き始めた。原稿料がともなう文章とは、この場合は、商業的…

万年筆で書く

万年筆で書く

 文章の原稿をかつて僕は原稿用紙に万年筆で手書きしていた。その期間は延べ三十五年くらいになる。いった…

二百字詰め原稿用紙八百枚

二百字詰め原稿用紙八百枚

 原稿用紙に万年筆で原稿を手書きしていた期間が二十年以上ある。市販の原稿用紙、あるいは出版社が提供し…

[クレール・フォンテーヌのノートブック]

[クレール・フォンテーヌのノートブック]

 クレール・フォンテーヌのノートブック、そしてパッド類は、ロディアと地続きだ。おなじフランスのものと…

一本の鉛筆からすべては始まる

一本の鉛筆からすべては始まる

 いま僕は一本の鉛筆を手にしている。ひとり静かに、落ちついた気持ちで、指先に一本の鉛筆を。たいそう好…

本が僕に向かって旅をする

本が僕に向かって旅をする

 アメリカでインタネット上に運営されている古書店にしばしばアクセスしては、主としてペイパーバックを買…

アップル・サイダーと彼女

アップル・サイダーと彼女

 アメリカの農業地帯に入りこんでいることは、数日まえからわかっていた。夜のモーテルで見るテレビに、た…

自分のことをワシと呼んだか

自分のことをワシと呼んだか

 四歳から十二歳までを、僕は瀬戸内で過ごした。山口県の岩国と、広島県の呉というところに、ほぼ四年ずつ…

表現された秋、という荒野を歩いてみた

表現された秋、という荒野を歩いてみた

 いつから秋なのだろうか。秋はいつから、始まるのか。  俳句歳時記を、僕は見てみた。 「立秋(多…

ぼくの好きな大空間

ぼくの好きな大空間

 最初に北アメリカ大陸を西から東へ自動車で横断したときは、その横断になんの目的もなかった。とにかく、…

荒野に吹く風

荒野に吹く風

 はじめてのときは、アリゾナやニューメキシコの荒野の上空を、飛行機で飛んでしまった。残念なことをした…

『路上にて』を買いそこなう

『路上にて』を買いそこなう

 日本語に翻訳されたときの題名を『路上にて』という、ジャック・ケルアクの『オン・ザ・ロード』を一九六…

女性作家の作品を支持する

女性作家の作品を支持する

 いまのアメリカの小説は、女性作家たちの作品が面白い。面白い、というのはぼくの個人的な言いかたであり…

一冊のペーパーバックは、日常ではない時間の象徴だ

一冊のペーパーバックは、日常ではない時間の象徴だ

 英語による僕の読書はペーパーバックに限られていると言っていい。不特定多数を相手にしたマス・マーケッ…

幼い頃から現在までの僕に対して、本というものが果たした素晴らしい役割

幼い頃から現在までの僕に対して、本というものが果たした素晴らしい役割

 ずっと以前から現在にいたるまで、なくしたり捨てたりせずに僕が持ち続けてきたものを身のまわりに捜した…

本を三冊買う

本を三冊買う

 本を三冊買う、という楽しみかたの方針を、現在の僕は確定されたものとして持っている。三冊だと買うとき…

ジャスト・マイ・サイズ

ジャスト・マイ・サイズ

 彼女がステーション・ワゴンを運転していた。隣の席には、彼女の同性の友人がすわっていた。 「久しぶ…

アメリカはここからがもっとも面白い

アメリカはここからがもっとも面白い

 かつてのアメリカがいかに途方もなく桁はずれに豊かであったかを体感するひとつの有効な方法は、たとえば…

ハイウェイのある風景に挽歌がスニーク・イン

ハイウェイのある風景に挽歌がスニーク・イン

 自動車というものがもっともよく似合うのはアメリカだと、僕はずっと以前から思っている。そしてその思い…

正解はブラック・コーヒーの色

正解はブラック・コーヒーの色

 昼食のあと彼はオフィスへ戻った。午後の仕事をはじめて二時間ほど経過して、デスクの外線電話が鳴った。…

悲しき雨音

悲しき雨音

 雨が降っている。九月の終わりの、何曜日だろう。何曜日でもいい。雨の日なのに、空気はとてもさらっとし…

10月22日 台風

10月22日 台風

 夜明けがはじまる時間に、ぼくたちはランドクルーザーでその港町に着いた。ぼく、そして友人の、ふたりだ…

ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。

ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。

ふたりで語り合う物語。記憶のなかの、過ぎ去った夏。 1 彼女「もう枯れ葉の季節だわ」 彼 …

やがて隠者になるのか

やがて隠者になるのか

 二十代前半の頃には、どこで誰と会っても、誰と仕事をしても、そのときそこに集まった何人かの人たちのな…

5月27日 ショート・ショート

5月27日 ショート・ショート

 夏はすでに終っている。九月もなかばをすぎたのだから、当然だ。九月のはじめには、たいへんきびしい残暑…

午後の紅茶の時間とは

午後の紅茶の時間とは

 いま僕が滞在を許されているお屋敷では、午後三時になると、三時ぴったりに、僕の仕事部屋のドアにノック…

なぜいま僕はここにいるのだろうか

なぜいま僕はここにいるのだろうか

 尾道は三度めだ。最初は僕が六歳か七歳の頃、父親の運転する米軍の車で通り抜けた。敗戦後まだ日の浅い時…

ハワイみやげの作りかた──その完璧な一例

ハワイみやげの作りかた──その完璧な一例

 二月のなかば、西へむけて疾走する退屈なひかり号の二階建てのグリーン席で、 「来月、『エスクァイア…

雨の京都、主演女優、そして発泡する日本酒

雨の京都、主演女優、そして発泡する日本酒

「たまには対談をしてみませんか。相手は主演女優です」  と友人が言った。 「いつ、どこで、誰と」…

煙草をやめた人

煙草をやめた人

 三十三歳独身、好きな仕事を追っていつも楽しく多忙に飛びまわっている彼女は、一年まえに煙草をやめた。…

後悔くらいしてみたい

後悔くらいしてみたい

 後悔にはふたとおりがある。ひとつは、過去において自分がしたことをいまになって悔いる、という種類の後…

電車の中で食べました

電車の中で食べました

 都内ターミナル駅の広くて複雑なコンコース。多数の人がいろんな方向へ常にいきかう平日の午後、人どおり…

信号待ち

信号待ち

 夏の残り香の最後の部分が、今夜のうちはまだある。しかし、明日になれば、もうどこにも見あたらないので…

タイム・トラヴェルでどこへいこうか

タイム・トラヴェルでどこへいこうか

 タイム・トラヴェル、と片仮名書きされる日本語がある。もとは英語だが、日本語になりきって久しい、と言…

蟹に指をはさまれた

蟹に指をはさまれた

 四歳のときに僕は東京から瀬戸内へ移った。初めに住んだのは祖父が作った大きな家だった。二階からは目の…

風に恋した

風に恋した

「最高だった!」  と、彼女は、言っていた。  瞳が、輝いていた。  瞳が輝くその瞬間、彼女の…

夏は終わる。しかしサーファーにはなれる

夏は終わる。しかしサーファーにはなれる

 一時間三十分ほどのカラー・シネマスコープ映画を一本観ただけで自分の世界観が実際に変わってしまうこと…

長距離トラックと雨嵐

長距離トラックと雨嵐

 沈んでいく太陽にむかってアリゾナを西に走ると、あらゆるものが、黒いシルエットだ。  夏の終わりの…

彼女の林檎

彼女の林檎

 きれいに晴れた、美しい一日だった。赤城有料道路夏の香りはまだ充分にあるのだが、盛夏のころにくらべる…

宇宙の時間と空間のなかへ

宇宙の時間と空間のなかへ

 人は時間と空間のなかに生きている。ここで僕が使う、時間という言葉も空間という言葉も、ごく普通の意味…

ラスト・アメリカン・カウボーイ

ラスト・アメリカン・カウボーイ

 夏の終わりちかく、カンザス州のどまんなか。  どの方向に見渡しても、地平線までまったいらな、農業…

昔のハワイという時空間への小さな入口

昔のハワイという時空間への小さな入口

 ワイキキのクヒオ・ビーチに、デューク・カハナモクの等身大を超える大きさの銅像が、いまでも立っている…

あの夏の女たち

あの夏の女たち

 まずはじめに、彼女の頭が見えた。海の水に濡れた髪が、うなじにはりついていた。すんなりとした首と、ひ…

水鉄砲を買う人

水鉄砲を買う人

 今年の夏も水鉄砲を買った。拳銃のかたちをした玩具の水鉄砲だ。夏になってから、ひと月ほどあいだを置い…

ステーション・ワゴン

ステーション・ワゴン

 十六歳の夏に、父親が、三千六百ドルでステーション・ワゴンの新車を買った。  夏休みのある日、父親…

誰もがリアリズムの外で

誰もがリアリズムの外で

 二〇〇三年十二月九日、イラクへ自衛隊を派遣することが閣議決定されたあと、首相は記者会見にのぞんだ。…

8月25日 噴水

8月25日 噴水

 真夏の、美しい快晴の日だった。まっ青な空から、午後の強い陽ざしが、広場に降り注いでいた。ぼくは、広…

8月12日 避暑地

8月12日 避暑地

 真夏の、たいへんに暑い日曜日の午後、ひとりで都心の部屋にいた。暑い、暑い、と言っていたら、女性の友…

その光を僕も見た

その光を僕も見た

 広島に原爆を投下したアメリカ軍の爆撃機の副操縦士は、その任務に関して、原爆投下を中心に十一ページに…

自分の意味が消えるとき

自分の意味が消えるとき

 空を眺めることをなぜ僕が好いているか、その理由をひと言で表現するなら、空を見るとそのたびに、自分と…

小さな島にいると自分がよくわかる、という話

小さな島にいると自分がよくわかる、という話

 ぼくにとっての小さな島の魅力は、「南」とか「夏」とかの魅力と、不可分に一体となっている。ぼくが大好…

空という偉大な絵画

空という偉大な絵画

 空のドラマは、すさまじい。とうてい、かなわない。空は、時間と空間の、とてつもない量での具現だ。僕な…

今日は海岸で雲を見る

今日は海岸で雲を見る

 目が覚めてベッドを出る。窓を開く。外を見る。そのとたん、よし、今日は雲を見よう、と決定する日が、ひ…

「抵抗勢力」と「バブルの崩壊」

「抵抗勢力」と「バブルの崩壊」

 言葉だけはいたるところで盛んに飛び交い、したがって多くの人たちが使うから自分も使い、使っているうち…

五つの夏の物語

五つの夏の物語

1  常夏、という種類の夏がある。一年をとおして季節はひとつ、そしてそれは夏。毎日、目が覚めるたび…

『オール・マイ・ラヴィング』のシングル盤

『オール・マイ・ラヴィング』のシングル盤

 おもに仕事の打ち合わせの場所として、その頃の僕は、その小さな喫茶店を毎日のように利用していた。ある…

猫のことを書くなら

猫のことを書くなら

 人から聞いた猫の話を書いておこう。それほど遠くはない過去の、ある日ある時、その人は仕事で訪れた町の…

大統領命令と日本

大統領命令と日本

 アメリカの大統領はミスタ・プレジデントであると同時に、コマンダー・イン・チーフでもある。コマンダー…

庶民の不安はどこから

庶民の不安はどこから

 庶民、という言葉に別の言葉がつき添うものの言い方に、どのようなものがあるか。名もなき庶民、というの…

遙かなる同時代

遙かなる同時代

 近所に住んでいたからおたがいにずっと以前から知っていて、僕のことをヨシオちゃんと呼んでいた年上の美…

身を守ってくれる日本語

身を守ってくれる日本語

 昭和二十年代から三十年代いっぱい、そして四十年代の後半に入るあたりまでの期間に製作・公開された日本…

僕がもっとも好いている海岸

僕がもっとも好いている海岸

 マウイ島のぜんたいを上空から見ると、人の胸像を横から見たような形をしている。その顎の下あたりにある…

東京の隙間を生きる

東京の隙間を生きる

 東京に生まれた僕は四、五歳くらいまでそこで育った。それから十年近く東京を離れたあと、戻って来てから…

女王陛下|アビーロードのB面

女王陛下|アビーロードのB面

 彼女はその日の午後、郵便局へ行った。オフィスの郵便物を出すためだ。窓口には数人の列が出来ていた。そ…

The End|アビーロードのB面

The End|アビーロードのB面

 彼女と彼は、抱き合っていた。相手の体に深く両腕をまわし合い、顔を接近させていた。そして赤い小ぶりな…

その重荷を背負う|アビーロードのB面

その重荷を背負う|アビーロードのB面

 彼はひとりで町を歩いていた。彼のすぐ前をふたりの男性が歩いていた。彼らは親しい友人どうしのようだっ…

君はなぜ恋しいか

君はなぜ恋しいか

 歌謡曲、あるいは流行歌、どちらでもいいけれど、もの心についてから現在にいたるまで、僕はそれらとどの…

噓と隠蔽の国

噓と隠蔽の国

 この本〔『日本語で生きるとは』1999年〕の冒頭に、「英語で生きる人」と題した部分がある。英語で生…

この国の動きかた

この国の動きかた

 政府が提出していた有事法制関連三法案が、第一五六回国会で成立することが確実になった。五月十四日、小…

ゴールデン・スランバーズ|アビーロードのB面

ゴールデン・スランバーズ|アビーロードのB面

 この激しい降りようは、いったいどうしたことだろうかと、彼女はひとりで思った。叔母さんの家で過ごした…

彼女は浴室の窓から入って来た|アビーロードのB面

彼女は浴室の窓から入って来た|アビーロードのB面

 カフェのカウンターのなかで、いつもコーヒーを作っている初老の男性が、カウンターで立ってコーヒーを飲…

パムとはパミラのことか|アビーロードのB面

パムとはパミラのことか|アビーロードのB面

 町にいたときは快晴だったのだが、海岸まで来てみると、空には雲が出はじめていた。海岸は広く快適だった…

ミスタ・マスタード|アビーロードのB面

ミスタ・マスタード|アビーロードのB面

「お若いの、今日も元気かい」  公園の浮浪者が、低い位置から彼にいきなり、声をかけた。  彼は午…

サン・キング|アビーロードのB面

サン・キング|アビーロードのB面

 目を覚ました彼は、ベッドの上に起き上がった。薄いブランケットをはねのけ、ベッドを降りた。Tシャツに…

いつも代金を払わない男|アビーロードのB面

いつも代金を払わない男|アビーロードのB面

 広場の南西の片隅、いつもの位置に、新聞売りの小屋が今日も出ていた。北東の方向から広場にむけて歩いて…

僕はきみが欲しい|アビーロードのB面

僕はきみが欲しい|アビーロードのB面

 雨の町を彼はミラーのなかに見た。うしろから来る車のないことを確認して、左側の歩道へ彼は車を寄せてい…

七月一日、朝、快晴。円満退社

七月一日、朝、快晴。円満退社

 ぼくが大学を出て就職したころのことについて、すこし書いてみよう。記憶があいまいになっている部分があ…

退社までの九十日間について

退社までの九十日間について

 大学を卒業すると同時に僕は就職した。西も東もわからない青年が、大学をただ出たからと言って、そのまま…

丘の上の愚者は、頭のなかの目でなにを見たのだったか

丘の上の愚者は、頭のなかの目でなにを見たのだったか

 丘の上の愚者は、沈んでゆく陽を見たのだった。そして、この愚者には、目がもう一対あり、その目は彼の頭…

なぜなら|アビーロードのB面

なぜなら|アビーロードのB面

 カフェの奥で、彼女は、丸い小さなテーブルとむき合っていた。カップのなかの熱く濃いコーヒーは、半分以…

陽が射してきた|アビーロードのB面

陽が射してきた|アビーロードのB面

 彼女がいま自分のものとして乗っている自動車は、叔母から引き継いだものだ。叔母は昨年の春に自動車の運…

トリップ・カウンター・ブルースだってよ

トリップ・カウンター・ブルースだってよ

1  エンジンをかけるため、路面が硬くて平坦なところへ、バイクを押し出していく。サイドスタンドをあ…

僕が一度だけ見たUFO

僕が一度だけ見たUFO

 僕はこれまでに一度だけUFOを見ている。あれはUFOだった、としか言いようのない体験なので、僕はU…

大陸のエネルギーと大海原のエネルギー

大陸のエネルギーと大海原のエネルギー

 北アメリカの太平洋岸のハイウェイを自動車で走っていると、走っているあいだずっと、巨大な海の存在を身…

太平洋の海底地図を見ながら

太平洋の海底地図を見ながら

 朝のうちは、薄曇りだった。午後二時をすぎて、空をおおっている雲の色が、いちだんと濃くなってきた。 …

1月12日 父のシャツ

1月12日 父のシャツ

 幼年期を終って少年期へ入っていこうとしていたころのぼくにとって、いつも身近にありながら解明不可能な…

上を向いてスキヤキ

上を向いてスキヤキ

 イギリスのパイというレーベルのレコード会社のヘッドが、商用で一九六二年の東京を訪れた。そのときちょ…

虚構のなかを生きる

虚構のなかを生きる

 写真機を持って東京のあちこちを歩いているとき、僕は歩くことと考えることしかしていない。だからそのと…

写真を撮っておけばよかった

写真を撮っておけばよかった

過去は巨大な教訓だ。偉大な反省材料だ。教訓も反省も、僕の過去のなかにすら、おそらく無数に存在している…

雨の京都で下書きをする

雨の京都で下書きをする

 久しぶりに万年筆を買った。  僕との相性の良さを中心に、いくつかの条件をもっとも高いところで満た…

美しい謎の霧子はどこへ消えたのか

美しい謎の霧子はどこへ消えたのか

 霧子は完璧だった。彼女自身にとって、そして彼女の相手となる人にとっても、まったく負担にならない性質…

ジン・ボ・チョへの道

ジン・ボ・チョへの道

 都営新宿線の地下鉄で新宿から神保町まで、二百十円でいくことが出来る。三百八十円というようなときがく…

雨の夜のドライ・ジン

雨の夜のドライ・ジン

 ドライ・ジンを飲んだのがいけなかった。しかも、夜中の二時だ。こんな時間まで起きていることは、ぼくの…

風に吹かれて謎になる

風に吹かれて謎になる

 僕はジョルジョ・デ・キリコの絵がたいへんに好きだ。彼の人物画や静物画にはほとんどなにも感じないけれ…

雨と霧と雲と

雨と霧と雲と

 彼は一年にすくなくとも一度は、オートバイで雨のなかを走り、ずぶ濡れになりたいと感じていて、ほとんど…

江戸時代に英語の人となる

江戸時代に英語の人となる

 戦後の日本は世界各国から原材料を買い、国内で製品を作り、それを世界に売った。しかし世界のどことも、…

ハイウエイのかたわらに立つ、巨大なドーナツや恐竜

ハイウエイのかたわらに立つ、巨大なドーナツや恐竜

 世界最大のマカロニ、と呼ばれている建造物のことを、アメリカの友人から聞かされたのを僕はいま思い出し…

雨の午後、コーヒー・ショップで

雨の午後、コーヒー・ショップで

雨の午後、コーヒー・ショップで  いまは雨の日の午後だ。五月の終りちかい。春のおしまいなのだろ…

より良き日本語の人

より良き日本語の人

 日本の最たるものはなにかと訊かれたなら、それは日本語です、という答えしかない。日本を日本らしさに満…

流域は文明の発祥の地

流域は文明の発祥の地

二〇〇四年二月三日  チグリス・ユーフラテスと片仮名書きされた固有名詞を、僕はいまでも記憶している…

広島の真珠

広島の真珠

 半年だけと期間を区切って、日本のTV各局のニュース番組を録画で可能なかぎり見た、という体験を僕は持…

日米関係は四文字熟語か

日米関係は四文字熟語か

二〇〇三年十二月十五日*本文末尾「まえがき」参照  一九四五年八月二十八日。日本を占領する連合国の…

故郷へ帰りたい

故郷へ帰りたい

 高速道路にあがると、都会の匂いがいっそう強く全身に感じられた。  初夏の快晴の日だ。だが、都会は…

11月2日 六〇年代

11月2日 六〇年代

 一九六〇年代はじめのぼくの身辺には、アメリカ人の友人たちがいつも何人もいた。主としてジャーナリスト…

1月20日 私の学校

1月20日 私の学校

 小学校から高等学校まで、学校の教室におけるぼくの席は、いつもいちばんうしろだった。しかも、窓ぎわだ…

ローマ字で書かれた駅名、という謎

ローマ字で書かれた駅名、という謎

『ザ・トーキョー・トランジット・ブック』というタイトルの、 八十四ページの小さな本は、たいへんに感動…

雨の夜、電話ブースで待っていた

雨の夜、電話ブースで待っていた

 真夜中に電話が鳴った。沖縄が梅雨入りをしたという小さな記事を新聞で読んだ三日後の、雨の夜だった。 …

旅と小説はどのように関係し合うのか

旅と小説はどのように関係し合うのか

 小説を書き始めてから三十数年が経過している。小説と呼び得るものを何編くらい書いたか、見当がつかない…

ある日ぼくは典型的な山村をながめに新幹線ででかけた

ある日ぼくは典型的な山村をながめに新幹線ででかけた

1  いま自分が書こうとしているこの文章とは関係なく、ぼくは、かなり以前から、日本の典型的な農村を…

戦後日本の転換点

戦後日本の転換点

 戦後の日本にとっての最大の安全保障は、安保を軸にした日米軍事同盟の維持、そして近年ではその拡大だと…

彼女たちに名前をつけるとき

彼女たちに名前をつけるとき

 小説を書く僕にとって気になるのは、登場人物たちに名前をつけることだ。名前を考えずに書きはじめると、…

昼月の幸福

昼月の幸福

 季節を問わず、午後、まだ明るい時刻、ブルーがすこしだけ淡くなった空をふと見上げてそこに月があると、…

このとおりに過ごした一日

このとおりに過ごした一日

 五月なかばのよく晴れた日。高校三年生の僕は、自宅にあったすべての教科書を入れた鞄を持って、ひとりで…

5月11日 男物のシャツ

5月11日 男物のシャツ

 春おそいその日曜日は早朝から雨だった。しかし、彼と会う約束のために彼女が町へ出かける昼すぎには、雨…

またたく星が、にじんでこぼれる

またたく星が、にじんでこぼれる

 五月のはじめにアメリカから友人が日本に来た。ぼくの家に泊まった初日の夜、彼はベッド・ルームのベッド…

アイスクリームには謎がある

アイスクリームには謎がある

 アイスクリームについて思うと、その思いは過去へと向かっていく。僕がまだ充分に幼くて可愛い坊やだった…

お母ちゃんという人

お母ちゃんという人

 僕にはお母ちゃんがいない。母親を呼ぶときの言葉は、僕の場合、最初から最後まで、お母さんだった。自分…

タイプライターの追憶

タイプライターの追憶

 この写真は、僕が愛用しているタイプライターのうちの一台を、真上から撮影したものだ。ごく普通の普及品…

菖蒲湯そして乾杯

菖蒲湯そして乾杯

 端午の節句には京都にいた。なんの用件も目的もないまま、ただでかけてみたくなってやってきた京都だった…

オードリーの記憶

オードリーの記憶

 アメリカの『ヴォーグ』の一九九三年四月号を見ていたら、オードリー・ヘップバーンについての記事があっ…

第九条

第九条

 僕が小学校の一年生だったとき、「天皇は日本の国のシンボルです」と、先生が教えてくれた。シンボルとい…

日本史のなかの最初の国民投票

日本史のなかの最初の国民投票

二〇〇四年一月六日*本文末「まえがき」参照  二〇〇三年十一月の総選挙で使われた自民党のマニフェス…

そして国家がなくなった

そして国家がなくなった

二〇〇四年三月十五日*本文末「まえがき」参照  一九九一年の湾岸戦争のあと、「国際社会における日本…

手帳のなかのお天気

手帳のなかのお天気

 表紙で計って縦が七十ミリ、横が百五ミリ、そして厚さは十五ミリ。一ページのスペースはこれよりひとまわ…

お月さまはベルベット

お月さまはベルベット

 五月のゴールデン・ウィークがはじまるまえの日に、友人が遊びにきた。友人は、オートバイで、やってきた…

ノートブックに書きなさい、とツバメが言う

ノートブックに書きなさい、とツバメが言う

 僕はツバメノートも愛用している。百四十八ミリに二百十ミリの二百ページ、三百八十九円というタイプだ。…

デリア・エフロンの二冊の本が描く、アメリカの子供の世界

デリア・エフロンの二冊の本が描く、アメリカの子供の世界

 デリア・エフロンの二冊目が出た。今度のタイトルは『ティーンエイジ・ロマンス』という。アメリカでは一…

リトル・ゴールデン・ブックスを開くと子供の頃のぼくがいる

リトル・ゴールデン・ブックスを開くと子供の頃のぼくがいる

 まだごく幼い頃のぼくにとって、大きな謎であったことのひとつは、リトル・ゴールデン・ブックスはいった…

一冊の素晴らしい本を読んだ。そして僕は、地球に別れを告げる旅に出た

一冊の素晴らしい本を読んだ。そして僕は、地球に別れを告げる旅に出た

 忘れもしない一九六八年、僕はレイチェル・カースンの書いた『サイレント・スプリング』(邦訳は新潮文庫…

道路への関心と小説

道路への関心と小説

『佐多への道』という本を何年かまえに僕は英語で読んだ。アラン・ブースというイギリスの人が、北海道の宗…

アイダホ州のジャガイモ

アイダホ州のジャガイモ

 アメリカの北西部、アイダホ州の南部をスネーク河が流れている。東から西へゆるやかなカーブを描いて流れ…

ベティがあんなに走ってる!

ベティがあんなに走ってる!

映画雑誌に記事を書くという約束のもとに、『マイ・ライフ』を試写室で観た。とてもよくできた面白い映画だ…

海岸にて、というタイトルでなにか書いてください

海岸にて、というタイトルでなにか書いてください

 いつもの街で、ふたりは昼すぎに会った。四月十七日、気温の高い、気持ちよく晴れた美しい日だった。海岸…

小さな白い落下傘

小さな白い落下傘

 いまぼくはタンポポの実を見ている。タンポポの実は、透明なアクリルの直方体のなかに閉じこめてある。幅…

植草さんの日記に注釈をつける

植草さんの日記に注釈をつける

『植草甚一スクラップブック』というタイトルで、かつて植草さんの全集が刊行された。一九七〇年代のなかば…

ホノルルのダウンタウン、キングス・ベーカリーから、ハワイアン・スィート・ブレッドをお届けします

ホノルルのダウンタウン、キングス・ベーカリーから、ハワイアン・スィート・ブレッドをお届けします

 ホノルルに、キングス・ベーカリーというパン屋さんがある。パン、ケーキ、クッキー、ドーナツ、パイなど…

渋谷から京橋まで眠る

渋谷から京橋まで眠る

 自宅からバス停留所までものの三分だ。バスで渋谷まで、普通は十五分だ。十分おまけして、二十五分か。そ…

彼の後輪が滑った

彼の後輪が滑った

 オートバイに触発された十四篇の短文集。春の風に散る桜の花びらから、ノートン・コマンドの変速比まで、…

「弱い円が日本の政策である」

「弱い円が日本の政策である」

─2003年11月10日*─  円とドルの関係をめぐる記事を新聞から切り抜いておくと、ひと月もする…

なにもなしで始めた

なにもなしで始めた

 ひとり立ちという自立を曲がりなりにも始めたのが、僕の場合は大学を卒業した頃だったとすると、その頃の…

人生は引っ越し荷物

人生は引っ越し荷物

 僕は久しぶりに引っ越しをした。五丁目から二丁目まで、歩いて五分かからない距離の引っ越しだ。五丁目の…

いまも思い出す、あのひと言

いまも思い出す、あのひと言

 僕がまだ二十歳か二十一歳だった年の、もうそれほど寒くはない季節、三月の誕生日が過ぎたばかりの頃のよ…

とてもいい友人どうし

とてもいい友人どうし

 彼と彼女は、そろそろ四十歳に近づく年齢の、同世代の日本人だ。どちらも二十代の後半に結婚し、どちらも…

4月1日 本物

4月1日 本物

 一九六〇年代のなかばに、ホノルルのビショップ博物館で見た昔のハワイのサーフボードは、本物との対面、…

3月20日 写真

3月20日 写真

 今日は日曜日だ。早朝の六時に起きた。明日は朝の六時に起きようときめて、昨夜は早くに寝た。起きたら、…

『彼のオートバイ、彼女の島 2』

『彼のオートバイ、彼女の島 2』

 一九八六年の三月の刊行で、僕は『彼のオートバイ、彼女の島 2』という文庫を、角川文庫に書き下ろして…

読んでから観ても、観てから読んでも、映画は面白い勉強だ

読んでから観ても、観てから読んでも、映画は面白い勉強だ

 話題作として映画になった原作小説のペーパーバック、あるいは、メディア・タイインと称して、映画および…

物語を買いまくる時代

物語を買いまくる時代

 ふと気がつくと、いまの日本の世のなかには能書きがあふれている。さまざまな物に能書きがついている。能…

見られることから始まる

見られることから始まる

 僕はTVを見ない。誰かほかの人がオンにしたTVの画面をふと見るのが、僕にとっての日本のTVのすべて…

考えるとはなになのか

考えるとはなになのか

 頭は生きているうちに使え、という言いかたはいつ頃からあるものなのか。最近はあまり聞かないように思う…

「時代」は「自分」にまかせろ

「時代」は「自分」にまかせろ

 もはや数十年前のことになるけれど、あるときあるところに僕は生まれた。そのときそこに生まれた、と言っ…

自分とはなにか

自分とはなにか

 自分とは、生まれてから現在まで生きてきた、そしていまもこうして生きているこの個体である、という言い…

自分らしさを仕事にする

自分らしさを仕事にする

 なんらかの仕事をし、それに対する報酬を金銭で受け取り、その金銭で自分の生活の全域を維持させていく、…

ひとりのバイク好きの思い入れ集

ひとりのバイク好きの思い入れ集

 一九四六年のホンダAというオートバイからはじまって一九八三年のヤマハXT600Zテネレにいたるまで…

ロードライダー

ロードライダー

 全身で風を切り裂いて走りつつ、これからの行程を彼は考えた。ロード・マップを頭のなかに描いてみた。目…

深夜の地獄めぐり

深夜の地獄めぐり

 深夜の東京の、主として高速道路をオートバイで走りまわることを、彼は地獄めぐりと呼んでいる。なぜ、深…

カウボーイ・ブーツ

カウボーイ・ブーツ

 アメリカの旅でいきずりに親しくなった初老のカウボーイ。ひとりのカウボーイとして徹底的に年季をつんだ…

4サイクル・ツイン

4サイクル・ツイン

 東北、常磐、奥羽、信越などの地方をひと夏かけて自動車で走りまわったのは素敵だった。なんの目的もない…

日は暮れた、道はどこ

日は暮れた、道はどこ

 ある民間の企業が、日本全国の中学生を対象に、勉強に関してアンケート調査をした。その結果わかったこと…

「わからない」と答える人たち

「わからない」と答える人たち

 アメリカとイギリスがイラクに対しておこなう戦争を、日本が支持することについてどう思うかというアンケ…

彼が愛した樹

彼が愛した樹

 メイン・ストリートに面したサンドイッチの店から出てきたぼくは、ごく軽い満腹の状態で、歩道の縁に立っ…

タクシーで聴いた歌

タクシーで聴いた歌

 春まだ浅い、という言いかたがほとんどあてはまらない、冬の終りに近い温い日の夜、十時前後、僕は東京で…

散歩して鮫に会う

散歩して鮫に会う

 空気の香りや感触が、ある日、冬を抜け出して春のものになっていることに、僕は気づいた。海を見たくなっ…

一九四五年秋、民主主義の始まり

一九四五年秋、民主主義の始まり

 仕事の現場で、珍しく、久しぶりに、同世代の男性と知り合った。落ち着いたスーツにネクタイ、やや白髪の…

ジェーン・フォンダというアメリカ女性の場合

ジェーン・フォンダというアメリカ女性の場合

 映画『黄昏』のなかに、ジェーン・フォンダがバックフリップをやってみせるシーンがある。バックフリップ…

彼女の部屋の、ジャズのLP

彼女の部屋の、ジャズのLP

 ぼくが彼女にはじめて会ったとき、ぼくはまだ少年であり、彼女は五歳年上の大人の女性だった。すっきりと…

女性たちがニューヨークへ消えていく

女性たちがニューヨークへ消えていく

 ぼくの身辺から、女性の友人たちが次々に消えていく。十七年まえから現在にいたるまでのあいだに、七人の…

カーメン・キャヴァレロ

カーメン・キャヴァレロ

 一九七四年のたしか春だったと思う、僕はFM局で二時間のラジオ番組のホストのような役を、仕事の一部分…

青空とカレーライス

青空とカレーライス

 日本では「私の青空」として知られている「マイ・ブルー・ヘヴン」という歌は、一九二七年のアメリカに登…

町にまだレコード店があった頃

町にまだレコード店があった頃

 町にまだレコード店があった頃、そしてそれらのレコード店でLPをしきりに買っていた頃、僕はときどき歌…

交差点の青信号を待ちながら

交差点の青信号を待ちながら

 交差点の横断歩道の信号は赤だった。青に変わるのを待つために僕は立ちどまった。歩くために脚を動かして…

猫が階段で寝ている

猫が階段で寝ている

 いつも乗り降りしている私鉄の駅から現在の僕の自宅まで、やや急ぎ足で歩いて三分ほどだ。その三分間の道…

スター軍曹が降ってくる

スター軍曹が降ってくる

 ある日の午後、すずらん通りにある二階の店から、僕はひとりで階段を降りてくる。手ぶらだ。探しているも…

喫茶店を体が覚える

喫茶店を体が覚える

 LPが二十枚、ヴィニールの袋に入っている。かかえて持つとかなり重い。僕は中古レコード店を出て来たと…

それも姉が教えてくれた

それも姉が教えてくれた

 姉について僕が最初に聞かされたのは、父親からだ。僕はそのとき九歳だった。「カリフォルニアから姉が来…

壁面とマネキンの街を歩く

壁面とマネキンの街を歩く

「今回はふたりで別々にテーマを持って、おなじ街のなかでともに撮影するというセッションをしました。僕の…

時間はここでもまっすぐに突っ走った

時間はここでもまっすぐに突っ走った

「今日、秋のよく晴れた日、僕ともうひとりの僕は、都内のJR駅で午前中に待ち合わせをし、ふたりで写真を…

この貧しい街の歌を聴いたかい

この貧しい街の歌を聴いたかい

「きみが言っているジャパニーズ・スタイルというものが、わかってきたよ。僕が写真を撮るときには、風景に…

ジャパニーズ・スタイルを撮ってみましょう

ジャパニーズ・スタイルを撮ってみましょう

「アメリカで刊行されていて、日本でも買えるのですが、絵葉書の本というものがあるのです。何枚かの絵葉書…

彼女は彼を愛していた

彼女は彼を愛していた

 彼女は彼を愛していた。彼も、彼女を愛していた。ふたりの関係は、とても素晴らしいものだった。このまま…

四季のひとめぐり

四季のひとめぐり

「今日は記念日なのよ」  彼女が言った。 「そうだね」  彼が答えた。 「自覚してましたか」…

『結婚の生態』一九四一年(昭和十六年)

『結婚の生態』一九四一年(昭和十六年)

「石川達三の小説『結婚の生態』から、良き結婚生活精神の建設を新たな物語に描いて──」という文章が、冒…

『影の外に出る』まえがき

『影の外に出る』まえがき

 二〇〇三年の夏が終わろうとする頃から、主として報道をとおして、次のような言葉がこの僕の目や耳にも、…

思い出すのはアメリカ式朝ごはん

思い出すのはアメリカ式朝ごはん

『アメリカン・フード(アメリカの食べもの)は、どんなふうでしょうか、ちょっと見てみましょう』というタ…

ピーナツ・バターで始める朝

ピーナツ・バターで始める朝

 ピーナツ・バターとの久しぶりの再会をいま僕は楽しんでいる。10年ぶり以上、15年くらいにはなるかも…

オートミールの朝食

オートミールの朝食

 子供のころ、朝食にオートミールをよく食べさせられた。ぼくが子供のころには、日本のどこをさがしてもオ…

創意と工夫との結果による、まったく新しいもの

創意と工夫との結果による、まったく新しいもの

 クエイカー・オーツの、あの帽子をかむった血色のいいおじさんが何人もずらっとそろって、オートミールの…

トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶

トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶

 トーストにベーコン・アンド・エッグス、オレンジ・ジュースと熱い紅茶、そして日本ではふつうクレソンと…

少年食物誌

少年食物誌

 瀬戸内海に面した小さな港から内陸にむかって、一本の川がのびていた。港から入江に入りこみ、山陽本線の…

自然から遠く離れて

自然から遠く離れて

 明治時代までの日本人は自然とともにあった。あらゆるかたちの自然を信頼し、必要にして充分に畏れ、自然…

少年とラジオ

少年とラジオ

 1951年にはぼくは子供なのにラジオを5台くらい持っていた。アメリカ製のテーブル・ラジオあるいはポ…

長期低迷経済の丸飲み

長期低迷経済の丸飲み

 二〇〇三年の四月から八月にかけて、日本における首相の支持率は五十パーセント前後を推移した。支持した…

きまぐれ飛行船

きまぐれ飛行船

『ドント・エクスプレイン』という歌について書こう、と思った。ジャズ・ヴォーカルのスタンダードのように…

お詫び申し上げる人

お詫び申し上げる人

 走行中の大型トラックからタイアがはずれ、通行人を直撃して死亡事故となった、という出来事から事態は展…

十四年まえのペーパーバック

十四年まえのペーパーバック

 一冊のペーパーバックが、いまぼくの目の前にある。いつのまにかたくさんたまってしまったアメリカ製のぺ…

服を見ればわかる

服を見ればわかる

 引っ越しの話の続きを書く。二回に分けた引っ越しの最初の回〔「引っ越しという自己点検」(『自分と自分…

秩父がチャイチャイブーだなんて、すごいじゃないか

秩父がチャイチャイブーだなんて、すごいじゃないか

 ハワイに対するぼくのほうからの熱意や興味は、たいへんにトータルなものでありつづける。あのような興味…

服は雄弁な言葉だ。気をつけて着こなそう

服は雄弁な言葉だ。気をつけて着こなそう

 エミリー・チョーというニューヨーク女性がリンダ・グローヴァーと共著でものした一九七八年の本『ルッキ…

新品にはとうてい真似のできないこと

新品にはとうてい真似のできないこと

 ニューヨークで仕事をしている日本人女性の友人がかつてぼくに書き送ってくれた手紙の一節を、いまぼくは…

くっきりとした輪郭としての寒い季節

くっきりとした輪郭としての寒い季節

 今年の冬は寒い、という予報はどうやらはずれたようだ。冬の寒さ、というものを僕は期待していたのだが。…

物価とはなにか

物価とはなにか

 物価が総体的に下がっている、という説は疑ってみる必要がある。なにかの統計にあらわれた数字だけを見て…

過去とはつながっていたほうがいい

過去とはつながっていたほうがいい

 信濃町の慶應病院で生まれた僕は、何日かあとにそこから自宅へと連れ帰られた。自宅へはそのとき初めてい…

めだかと空と貨物列車

めだかと空と貨物列車

 戦後すぐの十年ほどの期間を、幼児の段階を脱した子供として僕は過ごした。元気に遊んでいればそれでいい…

ABCで苦労する子供たちと、ひらがなで楽をする子供たち

ABCで苦労する子供たちと、ひらがなで楽をする子供たち

 昨年の十二月三十一日の午後、ぼくは東京にいた。東京の片隅でふとひらめくものがあり、そのひらめきにも…

最終的な課題はぜんたいのスペースだ

最終的な課題はぜんたいのスペースだ

 ヘイディ・グーネルの絵本『マイ・デイ』は、くすんだ金髪を二本のおさげに編んだ少女の一日を描いている…

ある種の恋人は現場に戻って回想する

ある種の恋人は現場に戻って回想する

 パトリス・ルコント監督は、好みのものをじっと見つめて観察するのが好きな人だ、と僕は思う。自分の好み…

いかに生きたら、もっともかっこういいか

いかに生きたら、もっともかっこういいか

 いまこれから、ひょっとしたら貴兄にも読んでいただけるかもしれないこの短い文章のために、男性はどのよ…

だから彼らはいまでも半人前が好き

だから彼らはいまでも半人前が好き

 僕はこれまでにかなり数多くの小説を書いてきた。ごく特殊な場合を別として、ストーリーにはそれを支えて…

僕はわき見をしていたい

僕はわき見をしていたい

 僕は小学生のときは1学年につき2か月ほどしか学校へいっていない。中学生の頃は、学校へいった日数は、…

正社員という絶滅危惧種

正社員という絶滅危惧種

 正社員、という言葉を目にする機会が多いことに、ふと気がつく。人の口から聞くことも多い。街頭で取材中…

一月一日、消印はモンパルナス

一月一日、消印はモンパルナス

 消印をはっきりと読むことが出来る。1992年1月1日、モンパルナスだ。かつて僕が少しだけともに仕事…

いきづまりに立ち会う

いきづまりに立ち会う

 世界ぜんたいのいきづまりに立ち会えるとは思わなかった。いずれも世界最高の知性と呼ばれている各国の知…

システム手帳とはなにか

システム手帳とはなにか

 システム手帳、という言葉を僕はさきほどから観察している。すっかり日本語になりきった言葉だ。いくら観…

[オリヴェッティのタイプライター]

[オリヴェッティのタイプライター]

 自分の心象を可能なかぎり端的にあらわしている写真を撮ろう、ときめて撮ったのが147ページ〔上〕にあ…

君はいま島へ帰る

君はいま島へ帰る

 日本というユニークな島に住んでいるぼくたちは、自分たちの国がじつは小さな島々だという事実を、意外に…

[モールスキンの手帳]

[モールスキンの手帳]

 書きとめておきたいことはすべてなんでも書いておくことのできる、そしてそうしたければいつも身につけて…

12月31日 1月1日のこと

12月31日 1月1日のこと

 掘りごたつのある部屋へもどって来た彼女は、美しい身のこなしで彼とさしむかいの位置にすわった。  …

僕の肩書は(お利口)としたい

僕の肩書は(お利口)としたい

 僕が13歳の頃、小田急線の車両はまだあずき色だった。少なくとも各駅停車の電車は、そうだった。13歳…

日本語で生きるとは

日本語で生きるとは

「言語は実用の具であるとともに、人としての尊厳を支えるものである」  と書いた一枚の情報カードを、…

ただそれだけの十六年

ただそれだけの十六年

 平成という元号の始まった瞬間を、多くの人がそうだったように、僕もTVニュースの画面で見た。このとき…

サラリーマンという人生の成功

サラリーマンという人生の成功

 大学生だった頃、友人たちとのいきがかりのままに、僕はひとつのグループのメンバーになった。友人たちの…

プラモデル

プラモデル

 国電の駅を出てから踏切まで、どんなところをどのような経路で歩くのだったか、もう覚えていない。  …

課題人生論

課題人生論

『新しい年を迎えるにあたっての人生訓。生涯を決めるこの一点』というテーマで、2000字の文章をこれか…

これがクリスマスの物語

これがクリスマスの物語

 クリスマス3日前のアメリカ本土に僕は到着した。もっと早くに来る予定でいたのだが、途中のハワイでのん…

あの夜はホワイト・クリスマス

あの夜はホワイト・クリスマス

 あの年のクリスマス・イヴには、彼はオートバイで山のなかを走っていた。夜のまだ早い時間に峠道に入り、…

クリスマスと五人の娘たち

クリスマスと五人の娘たち

 ある年のクリスマス近く、アメリカのまんなかあたりにある中くらいの町にぼくはいました。町の百貨店は、…

知らぬ町 雨の一日 冬至なり

知らぬ町 雨の一日 冬至なり

 季節感を楽しむために日本はある、と僕は信じている。日本は季節変化の国だ。1年365日のなかで、四つ…

千四百兆円分の身の危険

千四百兆円分の身の危険

 個人の金融資産、つまり簡単に言うと貯金が、日本ぜんたいでいま千四百兆円あるという。「すごいね。それ…

サンフランシスコ湾ブルース

サンフランシスコ湾ブルース

 フィービ・スノウのLP『フィービ・スノウ』を、AB両面、聞きおえたばかりだ。  音の印象は、かな…

おそすぎたラブレター

おそすぎたラブレター

 古い教科書の表紙をあけると、最初の白いページに、先生のお名前が鉛筆で書いてあります。黄色く変色して…

発情期少年の興味にこたえて、アメリカのSFがはじまった

発情期少年の興味にこたえて、アメリカのSFがはじまった

 アメリカでは、一九三〇年代からずっと、SFが娯楽のジャンルとしてつづいてきている。いま急にブームに…

恋愛小説のむこう側

恋愛小説のむこう側

 ごく普通のスタイルで小説を書こうとするとき、主人公という役をつとめてくれる女性と男性を、ひとりずつ…

海岸の古びた一軒家で、ソリッドな食事をし煙草を吸わない

海岸の古びた一軒家で、ソリッドな食事をし煙草を吸わない

「サーフィンは単なるアウトドア・スポーツではない。ウェイ・オブ・ライフなのだ」とか「サーフィンはトー…

誰がいちばん初めに波に乗ったのか

誰がいちばん初めに波に乗ったのか

 誰がいちばん初めにサーフィンを考えついて実行したのか、わかっていない。  ちょっとした板っきれを…

一台のオートバイが、ひとりの現代人を不安から救った

一台のオートバイが、ひとりの現代人を不安から救った

『息子と私とオートバイ』を書くための基本的な体験となったオートバイ旅行をしたとき、著者のロバート・パ…

絶望のパートタイム・サーファー

絶望のパートタイム・サーファー

 いまの日本の人たちほど不自然で無理な生きかたをしている人たちは、世界のどこにもいないと言っていい、…

映画とヒット・ソングと、大事な彼女

映画とヒット・ソングと、大事な彼女

 一九五〇年代のことを覚えているかい、とぼくがぼくにきく。覚えているさ、とぼくは答える。覚えているよ…

西陽の当たる家

西陽の当たる家

 僕は西陽の当たる家が好きだ。午後になったら自分の家は西陽を受けとめてほしい。そしていくつかの部屋に…

ストーリーは銀行に預金してある

ストーリーは銀行に預金してある

 ドーナツの店のカウンターで、僕はドーナツを食べながらコーヒーを飲んでいた。隣りにすわった男性が話し…

ドーナツの穴が残っている皿

ドーナツの穴が残っている皿

 僕の記憶が正しければ、僕はこれまでにドーナツの穴を二度、食べたことがある。ドーナツではなく、そのド…

レッドウッドの森から

レッドウッドの森から

1  川に沿ってのぼっていった。透明さの極限をきわめたような、冷たく澄んだ川の水が、きれいな音をた…

地球を照らす太陽光の純粋な原形

地球を照らす太陽光の純粋な原形

 子供の頃から現在にいたるまで、僕はアメリカの雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』の愛読者だ。好きな…

ひとりでアイディアをつつきまわす午後

ひとりでアイディアをつつきまわす午後

 冬のはじめ、ある日の午後、僕はひとりで道を歩いていた。歩きながら、僕はいろんなことを考えた。  …

10月14日 手紙

10月14日 手紙

 ぼくのアメリカ人の友人が仕事で日本にやって来て、半年ちかく滞在した。豊島園のちかくの、キャべツ畑の…

二本の映画と一杯のコーヒー

二本の映画と一杯のコーヒー

1  ある秋の日の午後おそく。重い灰色に曇った日だった。夕暮れが近づきつつあり、重い灰色の中には、…

『東京の宿』一九三五年(昭和十年)

『東京の宿』一九三五年(昭和十年)

 昭和十年に公開された日本の娯楽映画を、たとえば向こう三か月のうちに十本ほど映画館で見る、というよう…

青春映画スターとの再会

青春映画スターとの再会

 秋のある日、彼は仕事の一部として、一本の映画を配給会社の試写室で見た。上映がはじまるまえ、配られた…

2月2日 メイン・テーマ

2月2日 メイン・テーマ

 1983年の夏の終りに、ぼくは軽井沢で角川春樹氏と久しぶりに会った。ラジオ番組のための楽しい談話の…

11月1日 演説

11月1日 演説

 1960年の11月に、ジョン・F・ケネディは、共和党の大統領候補であったリチャード・ニクソンを僅差…

『湾岸道路』

『湾岸道路』

 かつて僕に割り振られた角川文庫の背中の色は、赤だった。これを書いているいまから数えて、すでに一年と…

子供のままの自分

子供のままの自分

 僕はじつは子供のままだ。子供の僕とは、五歳くらいから十七、八歳くらいまでの、十年を少しだけ越える期…

爆弾の穴について思う

爆弾の穴について思う

 畑にできていた爆弾の穴について、いま僕は思っている。日本が太平洋戦争に大敗北する前年の春先から、昭…

僕たちのはじめての海

僕たちのはじめての海

 ハワイにいるときの彼は、オアフ島の北側、サンセット・ビーチのすぐかたわらにあった木造二階建ての古い…

ターザンが教えてくれた

ターザンが教えてくれた

 子供のころ、ぼくはほんとうによく遊んだ。年上の少年たちといっしょに、一人前にとびまわって遊べるよう…

ロングボードの宇宙

ロングボードの宇宙

 ロングボードにまたがって、ぼくはいま沖にいる。波をつかまえるために位置をとり、波を待っている。太平…

いま、ここにある、自分の場所

いま、ここにある、自分の場所

 世界地図を、じっくりとながめてみよう。地図帳ではなく、できるだけ大きな一枚の紙に印刷した、世界地図…

古い雑誌はタイム・マシーンだ、すてないで大事にとっておきたまえ、と誰かがどこかで言っていた

古い雑誌はタイム・マシーンだ、すてないで大事にとっておきたまえ、と誰かがどこかで言っていた

「古雑誌はタイム・マシーンだ」と、誰かがどこかで言ったのを、ふとぼくは思い出した。  昔の雑誌…

人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ

人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ

 人生に成功をおさめるためにぜったいに欠かせない最大の条件は言葉に習熟することだ、という伝統的な考え…

国語の勉強は、実はほんとうの社会科の勉強だったという話

国語の勉強は、実はほんとうの社会科の勉強だったという話

 この教科書を手にするのは、いったい何年ぶりだろう。じつになつかしく、複雑な気持がする。厚い紙にクロ…

ブックストアで待ちあわせ

ブックストアで待ちあわせ

 海にむけてくだっていくゆるやかな坂道が、3ブロックにわたってつづいていた。ブックストアは、まんなか…

現実に引きずられる国

現実に引きずられる国

 日本政府がやろうとしている憲法の改正は、あっさりと実現するだろう。そして新しい憲法は、その字面だけ…

人にあらざる人

人にあらざる人

 秋のある日、僕はヘッドフォーン・ステレオをひとつ買った。いま買うことの出来る全商品が展示してある店…

道という道をぜんぶ

道という道をぜんぶ

 いつごろから思いはじめたことなのか、自分自身でもはっきりしないのだが、かねてよりぼくとしてはかなり…

対等に開放された関係の物語

対等に開放された関係の物語

『エドワード・ヤンの恋愛時代』はなかなか面白い。面白い、という言いかたは、僕の言葉づかいの癖のひとつ…

深まりゆく秋です

深まりゆく秋です

 たとえば、深まりゆく秋という日本の季節感のなかをオートバイでツーリングしていてめぐりあう食べもの、…

「不断の努力によって」

「不断の努力によって」

 日本国憲法の第十一条は基本的人権についてのものだ。憲法の保障するものとして、国民にはすべての基本的…

結婚する理由がない、と彼女が言う

結婚する理由がない、と彼女が言う

 この短い文章のためにぼくにあたえられているテーマは、「男が結婚したいと思う女性には共通項がある」と…

風と紅茶の一日

風と紅茶の一日

 自分でブレンドした自分だけの紅茶を、ぼくはときたまつくる。つくり方は、簡単だ。くせのない、ごくスタ…

あの店でコーヒーを飲みたい

あの店でコーヒーを飲みたい

 あの店でコーヒーを飲みたい、という気持ちを純粋に心のなかで高めて、コーヒーだけのためにわざわざでか…

最初から絶対に孤独な人たち

最初から絶対に孤独な人たち

 映画『ぼくの美しい人だから』の原作『ホワイト・パラス』(邦訳は新潮文庫『ぼくの美しい人だから』)の…

オン・ザ・ロードとは

オン・ザ・ロードとは

 アメリカでなにがいちばん面白いかというと、やはり建国がいちばん面白い。アメリカというひとつの国がつ…

ホノルル・ブックストアへ歩くまでに

ホノルル・ブックストアへ歩くまでに

 リチャード・ブローティガンという作家の『アメリカの鱒釣り』について、その本を実際に自分で手に入れる…

人は誰もが物語のなかを生きる

人は誰もが物語のなかを生きる

 僕はいろんな種類の文章を書いている。小説もあればエッセイもある。評論のような文章もたまには書くし、…

複眼とはなにか

複眼とはなにか

 複眼、という言葉をよく目にする。複眼の思想とか、複眼のすすめ、といった文脈で使用される。単一のせま…

おいしかった二杯の紅茶

おいしかった二杯の紅茶

 僕がこれまでに日本で飲んだ紅茶のなかで、おいしさをいまでもはっきりと記憶している紅茶は、二杯しかな…

理想の窓辺にすわるとき

理想の窓辺にすわるとき

 理想の窓というものを、僕はときたま思い描く。自分にとっての、理想的な窓だ。そのような窓を、僕はまだ…

祖父のポケット・ナイフ

祖父のポケット・ナイフ

 いまぼくはこのみじかい文章を、お気に入りの原稿用紙に鉛筆で書いている。鉛筆は、いつものステドラーの…

父親と万年筆

父親と万年筆

 僕の父親は、ハワイで生まれてカリフォルニアで育った、日系二世のアメリカ人だ。ひとりの人としての核心…

鉛筆を削る楽しさ

鉛筆を削る楽しさ

 僕は鉛筆を削るのが好きだ。鉛筆そのものも、そして鉛筆でなにか書くのも好きだが、削るときがもっとも楽…

男だって子供を生まない

男だって子供を生まない

 いまの日本の社会が持っているはっきりした傾向のひとつとして、出生率の低下をあげることが出来るという…

オートバイはぼくの先生

オートバイはぼくの先生

 自動車は面白くもなんともない。乗っていても、すぐに飽きてしまう。たったいま書いたように、窓がテレビ…

コーヒーもう一杯

コーヒーもう一杯

 七月が終わった。もう八月だ。いまは朝の八時。どんよりとした、という定石的な形容詞がぴたりとあてはま…

日本語は室内用の私的な言葉だ。男と女のとりとめのない会話から始まる、思いがけないこと

日本語は室内用の私的な言葉だ。男と女のとりとめのない会話から始まる、思いがけないこと

 日本語は基本的には室内語だと僕は思っている。そして、現実の生活にぴったりと貼りついた具体的な場のひ…

ハワイのいなり寿司

ハワイのいなり寿司

 ハワイの田舎町の、ひなびた感じのスーパー・マーケットのはじっこ。「オカズ屋」という店でたわむれに買…

紀子が住んでいた家

紀子が住んでいた家

 映画と家あるいは間取り、という主題がまっすぐに結びつくいまの僕の興味は、紀子が住んでいた家だ。紀子…

民主主義は買えなかった

民主主義は買えなかった

 戦争に負け、すっかりなにもなくなってしまった、と日本人みずからあっさり認めた空白の状態のなかへ、ア…